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024,ダイヤの大鉱脈



「ミリーさん、これは……」

「あ、ミドー様! これは、その……。すみません……」


 もうすぐ元探索者たちの雇用契約の期限が過ぎようとしていたある日のことだった。

 いつものようにミリー嬢の作業部屋に趣き、書き出された魔法式を回収ついでに本を読もうと思っていたのだが――


「身体能力を向上される魔道具……。魔法にそういった種類のものはなかったと記憶しているのですが?」

「は、はい……。その、それはお父さんの資料の中にあったものでして、部分的に欠けていて完成していなかったのですが、思いついてしまって……」

「では、これは完成しているのですか? 魔道具にできると?」

「え、はい。おそらくですが、魔法式として成立していると思います。ただ、ご存知のように魔法としては存在しないものですので……」


 魔法には、人間の体に働きかけて能力を向上させる類のものはない。

 いや、正確には一部にはあるが、その魔法は独占されているので実質的に無いも同然だ。


 なので、ミリー嬢が書き上げたこの魔法式は、存在しない魔法なのだ。

 しかし、魔法式として成立している、つまりはオレのゴーレムなら魔道具にできる。

 無論、ミリー嬢はオレのゴーレムの力を知らないので、魔道具にできない魔法式を仕事中に書いていたことになる。

 彼女は、オレに雇われ、仕事として魔法式を書いている。

 まだまだ彼女に書いてもらう魔法式はたくさんあるのだ。

 仕事中に自身の好奇心を満たすために、時間を割くのは契約違反だときちんと理解している。

 だからこそ、申し訳なさそうにしているのだ。


 だが――


「ミリーさん。これ以外にも何かありませんか? たとえば傷を治す、教会が独占している回復魔法とか」

「え? えっと……。すみません、回復魔法は父の資料にもありませんでした。ですが、そうですね。財布の魔道具をもっと大きな袋なんかに適用できそうな改良魔法式なんてものもありましたよ」

「本当ですか!?」

「えっ、あ、はい。でも、そんな魔法は」

「いえ、構いません! その魔法式を今すぐ! 今すぐに書いてください!」

「ははは、はい! あ、ああのあの、て、てをぉ……。手をはなしてくだしゃい……」

「おっと、これは失礼しました。つい興奮してしまって。では、今書いている魔法式はすべて後回しにしてください。そうですね。お父上の資料にある存在しない魔法の魔法式をすべて書き出してください。まずは財布の魔道具の改良版の魔法からです」


 顔を真っ赤にして狐耳の毛を逆立たせているミリー嬢から握っていた手を離し、取り繕うように指示を出す。

 つい興奮してしまったが、純情なミリー嬢には刺激が強すぎたようだ。

 今にも煙がでてきそうなほど茹だってしまっている。


 フーリースー商会に魔道具をみにいったときには、自分から手を握ってきたくせにこちらから握るとダメなようだ。

 まあ、オレも気をつけよう。

 いずれは日本に帰る身なのだ。

 期待を持たせるようなことをしてはいけない。


 それにしても……。

 もしやミリー嬢の父親は天才の類だったのか?

 財布の魔道具は普及こそすれ、それ以外のものは一切みたことがない。

 改良版がどの程度のものなのかまだわからないが、普通の袋などに使えれば確実に流通革命が起きる。

 だが、身体能力向上の魔法式については一部が欠けていたようだし、研究途中だったのか?

 それにしたって、存在しない魔法の魔法式を作り上げるなんて普通ではできないだろう。


 いや、まずは実際に魔道具として成立するかの確認をしてからだ。

 それ如何によっては――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ゴーレムたちの作業部屋へすぐに戻り、今製作している魔道具の工程の一部を取りやめさせる。

 毎日不思議な踊りを踊っている結果、今のオレは十センチほどの小さなゴーレムを同時に百体以上生成し、操作することができるようになっている。

 そのため、一度に製作する魔道具の量も格段に増え、さらには複数体のゴーレムでひとつの魔法式を魔石に刻ませるという荒業までこなしている。


 重要な魔道具、特にオレの自衛に使うタイプの魔道具なんかは、複数体のゴーレムで短時間でいくつも製作させている。


 そのやり方で、身体能力向上の魔道具も短時間で製作させるつもりだ。

 だが、魔石が基本的は小さいので、同時に刻める数には限界がある。


 オレもミリー嬢の父親が残した膨大な魔法式の資料の簡単なものを読んでいるので、魔法式によって必要になる魔石の大きさなんかも大体はわかるようになっている。

 それによると、武器として使う魔法の初級レベルよりも少し多いくらいの魔力消費のようだ。

 この程度の消費量なら、買い集めてある魔石で十分に足りる。

 さっそく、一度に刻める最大量のゴーレムを使って、身体能力向上の魔道具を作らせ始めた。


「向上させる能力の幅はそれほど多くはないのか? いやでも、この式だと……。くそっ! 難しすぎるぞこれ! 仕方ない。ミリーに詳しく説明させるか。……その前に深呼吸深呼吸」


 ゴーレムの作業部屋には誰も近づかず、入らないように厳命してあるので、ここでは独り言でどんなことを言おうが、大声をあげ続けなければ問題ない。

 だが、久々に前に進めそうな発見をしたことで、色々と素がでてきてしまったようだ。


 深呼吸をして、興奮した精神を沈め、しばしゴーレムたちの作業ペースを見守る。

 この調子ならば明日の朝には完成するかもしれないペースだ。

 複雑すぎる魔法式でなくてよかった。

 深呼吸をして沈めたとはいえ、早く試してみたいのは変わらないからね。


 その後、ミリー嬢の作業部屋に戻り、身体能力向上の効果のほどを詳しく確認した。

 その結果、およそ三割ほどの向上が見込めるらしい。

 ……三割とは恐れ入る。こんな魔道具が世に出たら迷宮攻略は一気に進むのではないだろうか。

 無論、渡す気はないが。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌日。

 無事完成していた身体能力向上の魔道具をコーティングして励起させ、使ってみると、確かに効果を感じられた。

 ただ、オレ自身が貧弱なので、あまり実感がわかない。

 そんなオレでも効果を感じられているのだから、三割の向上というのは確かなのかもしれない。


 オレ自身では微々たる効果だが、現役の戦士ならばどうなるか。

 この屋敷にはベテルニクス商会が保証した人材ばかりが揃っている。

 秘密を厳守できないものはいないだろう。

 だが、それでもその中からひとり選ぶとしたら、護衛のエドガーだろうか。

 彼の生真面目な性格は、護衛中にも遺憾なく発揮されている。

 だからこそ、ワイルドなマッシブと合わせるとちょうどよいのだが。


「エドガーさん、突然呼び出してすみません。実はお願いしたいことがあります。ただ、内容が内容なので、事前にこちらの契約書にサインをしていただくことになります。断ってもらっても構いませんが、受けて頂けるのならばボーナスを弾ませて頂きます」

「では契約書を拝見させていただきます」

「ええ、もちろんです」


 念には念を入れて、口外禁止の契約書も用意した。

 もし、エドガーに断られても、次はマッシブに話を持ちかけるだけだ。

 尚、エドガーは契約書を二度読んだあとに了承してサインしてくれたので、マッシブが今回のことを知ることはないだろう。


「お、お館さま……。こ、これはありえません! こんな、なんですかこれは!?」

「説明したとおりに身体能力向上の魔道具です。とあるルートから極秘で入手したものですので、他言無用です」

「わかっております。ですが、これは……」


 エドガーが身体能力向上の魔道具を使ってみると、さすがは鍛え上げられた戦士だ。

 三割の能力向上は凄まじい結果を齎した。


 彼自身、到底信じることができないと言うように、驚きを隠せず、普段の冷静沈着な態度もどこへやらだ。

 エドガーの肉体は、毎日のトレーニングで限界まで鍛え上げられている。

 それが一瞬にして三割も能力が向上するのだから、ありえないという言葉も理解できる。


 長い時間をかけて鍛え上げてきた肉体が、己の限界だと思っていたものが簡単に覆されたのだから。


 その後、色々と検証をした結果、身体能力向上の範囲は多岐に渡ることがわかった。

 単純な筋力の向上だけでなく、動体視力や反応速度など、とにかくありとあらゆる身体能力が向上しているのだ。

 さらには、使用前と使用後では、ほとんど違和感を感じないそうだ。

 特に、武器などは己の肉体の一部となるまで徹底的に扱えるように訓練しているので、三割も筋力が向上してしまっては勝手が大きく変わってしまう。

 それがないのだという。

 向上した能力そのままに、使用前と同じ様に扱える。

 もちろん、武器を振る速さも正確さも威力も上がっているのに、だ。


 これは、能力が向上した際の慣熟訓練がいらないという驚くべき結果だ。


 一部が欠けていたとはいえ、ミリー嬢の父親は本物の天才だったということがわかった。

 惜しい人を亡くしたものだ。

 だが、オレにはその娘である、ミリー嬢がいる。

 欠けた魔法式を埋めて、完全なものに仕上げられる知識と才能を持っているのだ。

 もしかしたら、父親以上の天才かもしれない。


 金の卵を産むガチョウどころか、ダイヤの大鉱脈を手に入れていたのだ。



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