022,神々へと至る家
迷宮の入り口である、魔法陣のある広場は探索者や冒険者、それらの人たちを相手にする商店やギルドなどで市場以上に活気に溢れている。
特に、ギルド付近に設けられた広場では、たくさんの人間が待機しており、彼らのほかにも大量の荷車や木箱などが山と積まれている。
「あれは資源確保用の人員と搬出道具ですか?」
「その通りです。探索者や冒険者は、必要に応じてギルドに人員と道具のレンタル申請を行えるようになっています。そうでなければ迅速な資源確保が難しくなりますから。あそこで待機している人足たちは、そうやって仕事にありつけますし、探索者たちは人手を確保できる。両者ともに得になるようにできています」
なるほど。
確かに資源の確保を主目的としている迷宮では、人足たちの需要は尽きない。
探索者や冒険者たちも、一から人を集めなくて済むし、予め待機しているなら時間もかからない。
さらには道具などもレンタルさせてもらえるなら、自分たちの装備などを用意するだけで行動に移せる。
「もちろん、迷宮初心者に大規模な人足を貸し出したりすることはありません。実績と実力に応じて判断されるので、ギルドへ加入していないものへは誰もついてきませんから」
「人足たちにも選ぶ権利があるということですか?」
「その通りです。問答無用で連れて行かれるようなことはありません」
きちんと人足たちにも断る権利が用意されているのが好印象だ。
その人足たちだが、意外なことに女性も多い。
迷宮内は治外法権の世界なのだから、男性よりも体格で劣る女性では、魔物以外にも危険が多いと思うのだが。
「旦那。女が襲われるとか思ってるな? いくら迷宮では自己責任だといっても、人の目なんて割と多いんですぜ? ギルドも目を光らせてやすからね。迷宮内で人足の女を襲ったりなんてしたら外にでた瞬間にとっ捕まりやす。まあ、その前に女どもに刺されて返り討ちにされるでしょうけどね!」
「なるほど……」
まだまだオレは日本の常識でこの世界を測ってしまっているようだ。
確かに、ミーナ嬢のように男を押しのけてバリバリ仕事をしている人もいる。
職業ギルドでだって教師を務めている女性は多かった。
それに、よくみれば探索者や冒険者にも女性は多い。
魔道具や魔法といった体格差を覆す要素がある世界なのだから、必ずしも男性優位というわけではないのだ。
エドガーとマッシブの解説を聞きながらギルドなどを見て回る。
その間にも、たくさんの人足と荷車を連れた探索者たちがワイワイと騒がしく迷宮への魔法陣の列へと並んでいく。
その列も渋滞することはなく、どんどん消化されており、待ち時間もほとんどないようだ。
ただ、荷車を引く馬などをつれた人がなぜか見当たらない。
すべて人力で引いているのだ。
「馬や牛なんかは使わないんですか?」
「人間以外は迷宮に入れないのです。理由は不明ですが、どのような動物でも、それこそ小動物などでもだめなようです」
「へぇ……。それは不思議ですね」
「馬なんか連れていけたら魔物からひたすら逃げて奥に進めちまうからじゃねぇかって言ってたやつがいたなぁ」
「だが、奥に進めば空から襲ってくる魔物もいるからすべてをかわすのは無理だろう」
「それでも、荷馬車を引けるぜ? 人間よりも遥かに便利だろ」
「それはそうだが、連れていけないものは仕方あるまい」
どうやら迷宮には、独自のルールがあるみたいだ。
馬や牛などの労働力が使えないのは資源確保でも探索でも、なかなかの痛手だ。
やはり、機動力や運搬能力は必要だからだ。
特に迷宮は、狭い空間である場合が少ない。
世界のどこかを模して空間が構築されているからだ。
洞窟などの狭い場所を模しても、その階層のすべてがそうなるわけではない。
とてつもない長さの洞窟なまだしも、そのような場所は少ない上に、迷宮が模す確率が低いからだ。
洞窟があったとしても、空間の一部であったりする場合が多いそうだ。
結果として、広大な迷宮空間において、資源を運搬するための労働力は必須であり、そのすべてを人力で賄わなければいけないのは今現在も悩みの種になっている。
逆にいえば、人足の需要が非常に多いということでもあるんだけどね。
今も大量の人足たちが、様々な探索者や冒険者に付き従い、迷宮へと消えていっている。
だが、先程の広場の人足の数は常に補充されて、減っているようにはみえない。
人足の仕事は絶えないので、仕事にありつくのには困らない状況なのだろう。
これもスラムができない大きな要因のひとつだ。
護衛の探索者や冒険者がいるとはいえ、迷宮に潜る以上は命がかかっている。
あまり高くはないとはいえ、人足へ支払われる給料はそれなりにはなるのだ。
金があれば、安宿などにも泊まれる。
好き好んで屋外で寝るようなものは少ないのだから。
さらには、迷宮はほかに十一箇所もある。
この区画だけが賑わっているわけでは当然なく、ほかの区画の迷宮も同様に活気があり、人で溢れている。
この巨大な迷宮都市の三分の一の人間は、迷宮内での人足業に就いているのだというのだから、その需要の高さが伺えるだろう。
一通り、迷宮の入り口を見て回り、次の目的地へと馬車で移動する。
迷宮へ入るつもりは毛頭ないので、本当に入り口の見学だけなのだ。
エドガーとマッシブがいれば浅い階層ならオレひとりを守りながらでも問題ないらしいが、さすがに何の用意もせずに入りたいとは思わない。
一応自衛用の魔道具は常に携帯しているけど。
そもそも、あの男のゴーレムに襲われて、足が竦んで動けなくなったオレに迷宮で魔物と対峙できるとは思えない。
平和な日本で生まれ育った草食系男子をなめないでほしい。
命を賭けて迷宮に潜るなんて命知らずなことをできるわけがないのだ。
第三区画の迷宮、トレスから中央区画まで移動し、さらに総合ギルドがある中心部の奥に行くとみえてくるのが、ミラノ大聖堂のような荘厳な建物だ。
純白の美しい外観と、鮮やかなステンドグラスが象徴的なこの建物は、神々へと至る家と呼ばれている巨大建築物だ。
管理している教会ギルドに事前に申請を行えば、一定額のお布施を支払うことで中へ入ることができる。
この神々へと至る家は、その名称が示す通り、本当に神へとアクセスが可能な場所だ。
迷宮都市のすべての迷宮の最奥にある、大結晶と呼ばれる巨大な魔石を神々へと至る家の深部にある大祭壇に捧げることにより、それが叶う。
実際に、数年に一度、大結晶が捧げられ、神々から数年の間にアレド大陸全土で起こる災害などの予言を受け取っているらしい。
ただ、神へアクセスすることによって得られるのは災害の予言だけではなく、様々な分野の質問にも答えてくれるそうだ。
数年に一度フッドフォール王国の国王が災害予言を聞くために、大結晶を捧げているのが一番有名なだけで、神々へ質問を投げかけ、その結果自分の夢を叶えたものや、大賢者と呼ばれるような存在になったものなどもいる。
そのうちのひとりが、今現在も生きる伝説と言われている大賢者、ハードリック・ノオウスターズだ。
フーリースー商会でみたホーリージャスティスの魔道具を製作した魔道具製作の天才と言われている人物である。
彼は神々に魔法の真髄を質問し、その結果、通常の人間では至ることができない領域に達することができた。
それが大賢者と呼ばれている所以だ。
神々が齎してくれる解答によって、普通では至ることができない領域に至れる。
神は、そのような人知を超えたどんな質問にも答えてくれるという。
ならば、地球への帰還方法も答えてくれるのではないだろうか。
オレ以外に異世界から来たものがいたという情報は見つかっていないので、実際に教えてくれるのかはわからない。
それに、迷宮の深部へ辿り着けるのは極僅かな強者にして、類まれなる豪運の持ち主だけだという。
実際に大賢者ハードリックとその仲間たちも、たった一度しか深部にまでたどり着けず、その後大賢者としてさらなる力を手に入れた彼でさえ、二度目はなかった。
なんとか命からがら生還を果たすので精一杯だったというのだから、恐ろしい。
数年に一度しか災害の予言を受け取れない理由もそれだ。
むしろ、数年に一度は大結晶を確保しているのだと、驚くべきだろう。
だが、可能性がある以上はそれに賭けてみるべきだ。
オレがこの迷宮都市へ来た理由でもある。
しかし、オレ個人が迷宮の最深部までいって大結晶をとってくるなど無謀もいいところ。
それに大結晶さえ手に入ればいいのだ。
入手の過程は関係ない。
金を積んで手に入れることができるのなら、金を稼ごう。
無論、大結晶を欲しがるものは国も含めてあとを絶たない。
金を積んで手に入れるのは難しいとみたほうがいい。
自分で取ってくるのも無理だ。
ならば、どうするか。
金でも自分でもだめなら、他人にとってこさせる。
それしかないだろう。
しかし、当然ながら簡単な話ではない。
大結晶は、国でも入手が難しいとんでもないお宝だ。
売り払えば孫の代まで遊んで暮らせる金が手に入るだろう。
いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
そんなものを他人にとってこさせ、あまつさえオレのものにするには、よほどの信頼関係が、むしろ、絶対的な忠誠心、または強制力が必要ではないだろうか。
まだどんな手段を用いればそれが叶うのかは考えついていない。
だが、魔法式と必要な魔石さえあれば、どんな魔道具でさえ作り出すことができるオレのゴーレムなら可能ではないかと思っている。
迷宮都市へ来た頃のノープランぶりに比べれば遥かに先に進めている、気がする。
いつか大結晶を引っさげて、再びこの神々へと至る家にやってくることを夢見て、今日は隅々まで見学していこう。
……お布施も結構な高額を要求されたからね。しっかりと元を取らなくては。
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