021,丼もの
「楽しかったですぅ! やっぱり、ハードリック様の作るホーリージャスティスの魔道具は芸術的魔法式だと思うんですよぅ!」
迷宮都市で大手の魔道具店、フーリースー商会で様々な魔道具を見て回ってきた。
同行したミリー嬢は、唐揚げの大皿いっぱいをひとりで食べきったときよりも艶々の肌をしており、非常に満足した様子だ。
腹ペコ魔人の彼女も、魔法式のほうが好みらしい。
ちなみに、うっとりした表情で頬に手をやりクネクネしている彼女が語っているハードリックとは、超一流の魔法使いにして、超一流の魔道具製作者としても有名な老人である。
特に、光系統の魔道具を作るのに定評があり、他の追随を許さない非常に強力かつ、美しい魔道具を作る人物だ。
彼の作る魔道具は、どれも目が飛び出るほどの値段がつけられ、滅多に市場に出回らず、迷宮の深部でしか穫れないかなり大きな魔石が使われている。
その魔石に刻まれる魔法式は、一般人向けに販売されている魔道具の魔法式など比べ物にならないほどの長さと複雑さを誇っている。
製作に年単位の期間がかかるのは当たり前であり、今回みることができたホーリージャスティスの魔道具など、なんと十年もの歳月をかけて製作した逸品だという話だ。
ミリー嬢が気持ち悪いほどに興奮しているのも頷けるというものだ。
オレとしては、そんなまったく手が届かないものよりも、使えそうな魔道具を見学するほうが大事だった。
ホーリージャスティスの魔道具の前からてこでも動かないミリー嬢にマッシブをつけ、エドガーとともに店内をまわってスマホでこっそり録画し続けておいた。
ほとんどの魔道具は、魔法式の刻み込まれた魔石がみえるようになっている。
ただ、もちろん魔石を保護するために、周囲を覆ってしまっているものもいくつかあり、そういうものは基本的に高額な魔道具の傾向が強い。
外観に気を遣い、各種宝石や金属で装飾するとともに守ってもいるのだ。
ホーリージャスティスの魔道具もその傾向が強いが、大きな魔石が使われているので、それ自体高い価値があることもあり、刻み込まれている魔法式がある程度みえるようになっていた。
魔法式がみえたところで、魔法が使えなければ意味はないし、他人の魔法式よりも自分の感覚に従った魔法式のほうが刻みやすいのだから問題はない。
オレのように、魔法式自体が必要なものなど、魔法式の研究をしている一部の物好きくらいなものなのだから。
「また一緒に行きましょうね! ミドー様!」
「え、ええ、そうですね。色々な魔道具がみれて結構楽しめましたし、いい気分転換にもなりましたね」
「はい! ハードリック様の魔道具以外にも、新進気鋭の魔法使いテルミッド様の――」
魔法式マニアというよりは、魔法使いマニアなのかと思わせるようなミリー嬢の話を聞き流しつつ、適当に相槌をうっておく。
好きなことなら延々喋り倒せるマニアの相手をするときのコツだ。
どちらにせよ、屋敷に戻るまではこの馬車の中に逃げ場などないのだし。
興奮で狐耳をピンと立たせ、狐尻尾をぶんぶん振りまくっているミリー嬢は、何を言っても止まらないだろうしね。
好きにさせるのが、一番被害が少ないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
屋敷に戻ってきてからは、手に入れた短粒種の米を使ってさっそく色々と作ってみた。
モーリッドには、タイ米モドキの長粒種の米が手に入ったときに色々とレシピを教えているので、その手際はかなりいい。
元々、料理人として相当な腕をもっている彼だ。
この程度は朝飯前なのである。
まず作ったのは、定番のカツ丼だ。
ふっくらと炊けた米の上に、ふわふわの卵と玉ねぎ、しっかりと出汁を染み込ませたカツが乗っている。
取り調べの席に出されればたちまちのうちに、罪を白状してしまうだろう。
オレも当然ながら、無言でご飯と一緒にカツをかっこみ、あっという間に食べ終えてしまった。
ほかにも作る予定なので、量をだいぶ少なくしていたのもあるが、久しぶりに食べたカツ丼は涙が出そうになるほど美味しかった。
ミリー嬢にも同じものを試食してもらっているが、彼女の場合は一人前分ある。
腹ペコ魔人はこの程度ではお腹いっぱいにはならないので安心してほしい。
ほかにも親子丼や、牛丼、鳥ソボロ丼など、とにかく丼ものを大量に作って試食してみた。
ただ、オレは途中でお腹いっぱいになったので、腹ペコ魔人と使用人たちが美味しく頂いたけど。
モーリッドも満足するレシピがいくつも出来上がったので、後日ミーナ嬢を招いてもう一度試食会を開くとしよう。
それはそれとして、明日は炒飯などにもチャレンジしてみよう。
あ、そうだ。豆腐の作り方もモーリッドに教えておかないといけないな。
にがりについては、海を模した迷宮で塩を作るときに手に入るそうなので、問題ない。
豆腐があれば、オレの大好きな麻婆豆腐丼なんかも作れるし、そのまま冷奴にしてもいい。
夢が広がりまくりだな!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミーナ嬢を招待しての試食会は、無事にうまくいった。
彼女も各種丼ものを気に入ってくれたし、米についてもパンが主食の迷宮都市でも米単体では難しくとも、丼ものなどにすれば受け入れられるだろうと言っていた。
米を購入した行商人からも情報収集は終わっており、さっそく栽培している地域に人を送り込んだそうだ。
それなりの規模で稲作が行われているようだが、どうもあまり広まっていないらしい。
ミーナ嬢が言っていたように、味があまりしないのもあって、パン食の方が優勢のようだ。
日本の洗練された品種とは違って、甘みも少なく、味も薄いのだから仕方ない。
だが、丼ものならそういった面を十分にカバーしてあまりあるものがある。
人気のなかった米を主力にできるのもあって、料理ギルドへの影響力も期待できるとミーナ嬢は息巻いていた。
ちなみに、この試食会にミリー嬢は参加していない。
ミーナ嬢は、迷宮都市でも有名人なので、当然ミリー嬢も知っている。
そんな有名人の前で大食いチャレンジを行えるほど、彼女の胃は繊細ではないようだ。
試作品をあれだけ食い尽くしておいて何を言っているんだと思うが、ミリー嬢は権力に弱い一般人なので仕方ない。
試食会の最後に、以前に渡していたレシピをいくつか料理ギルドに売却した書類を受け取った。
レシピひとつにつき、かなりの高額になっていたが、それだけの価値のあるものだと言われてしまえば受け取るしかない。
ミーナ嬢に言われて作っておいた、商業ギルドの管理する銀行にすでに振り込まれているそうなので、必要なときに下ろせばいいだろう。
もちろん、ベテルニクス商会の取り分を省いた金額が振り込まれている。
それでも十分に高額なのだけど。
この調子でレシピを売却していけば、すぐに億万長者になれそうだが、取り引きにも使ったりするので、すべてが売却されるわけではない。
そういったことも踏まえて提供しているので、ミーナ嬢が申し訳なさそうにする必要はまったくない。
むしろオレが直接料理ギルドにレシピを持ち込んだら、買い叩かれるのがオチだ。
ベテルニクス商会ラビリニシア支店の支配人である、ミーナ・ベテルニクスだからこそ、これだけの金額になっているのだ。
だから感謝しかない。
そう伝えたのだが――
「私の夫になれば、ソウジ様が料理ギルドにレシピを持ち込んでも同じような金額で取り引きすることができますよ! 今なら私もついてきてとてもお得です!」
などと強引すぎることをいい始めたので、マヨネーズを出しておいた。
揚げ物祭りをしたときの殊勝な態度はどこにいったのだろう。
まあ、扉蹴破り事件のときからすでにそんな素振りはまったくみえなくなっていたのでいまさらだが。
尚、マヨラーにマヨネーズは、猫にマタタビ並の効果を発揮してくれたのでオレの貞操は無事死守できた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
試食会の翌日。
護衛のふたりを伴って、オレは迷宮の入り口までやってきていた。
迷宮都市にある迷宮の数は区画と同じ、十二だ。
第三区画にある迷宮――トイスは今日も活気に溢れ、たくさんの探索者や冒険者が行き交っている。
迷宮都市にあるすべての迷宮の入り口は完全に管理されており、どこも同じような形に整備されている。
迷宮へ入るための転移陣が数箇所あり、出口となっている転移陣が同様の数、別の場所に設置されている。
それを囲むように、各種ギルドの出張所や、治療所などが設置され、さらに数多くの商店が立ち並んでいる。
衛兵の数も街中よりも非常に多く、トラブルを起こそうものならすぐに捕縛されてしまうだろう。
迷宮から魔物が溢れてくるようなことはないらしいが、もし魔物が溢れてきてもこれだけの数の衛兵と武装集団を前にしたら回れ右をして帰りたくなるだろう。オレなら帰る。
迷宮への入り口への通路は、迷宮へ行くものと出ていくもので完全に別れているため、たくさんの資源を運搬しているものたちとかち合うことはない。
出ていくほうが、通路も配置されている衛兵の数も多く、こちらの数倍の広さになっている。
特別な理由がない限りは、たとえ迷宮都市を治める領主たちでさえも迷宮の入り口内には馬車などの乗り物で入ってくることは禁止されている。
いつでも人で賑わっているため、危ないのだ。
当然オレも馬車を降りて、護衛ふたりに守られながらここまで来ている。
迷宮へ入るには、特に許可証や免許などは必要ないが、迷宮内でのすべては自己責任だ。
たとえ殺人が起こっても、明確な証拠がなければ罪にならないほどの。
だが、オレは迷宮内に入るつもりはないのでどうでもいい。
今日は、見学に来ただけなのだから。
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モチベーションがあがります。
2018.6.7 誤字修正




