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020,市場巡り



 ミーナ嬢の扉蹴破り事件より数日。

 とある商店から情報がもたらされた。

 それは、迷宮都市ラビリニシアから馬車で三日ほど離れた小さな村で、真っ黒く塩辛い調味料を発見したというものだった。

 しかも、その村で主に栽培されているのは大豆。

 見た目も悪く、塩辛いだけのものなので、村内でだけ作られ、消費されていたので、市場に出回っていなかったようだ。


 そう、醤油である。


 喜び勇んでさっそく取り寄せたところ、少し塩気が強いが、それは確かに醤油だった。

 これで、うどん料理が大幅に進展する。

 唐揚げなどにも使えるし、オレの知っているレシピの再現もしやすくなるだろう。

 モーリッドとふたりでその日はひたすらに料理を作りまくった。


 尚、ほとんどの料理はミリー嬢の胃の中に消えてしまったが。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「確かに前に食べたうどんよりも遥かに洗練された味です。ここまで違うものなのですね、そのショーユというものがあると」

「ええ、ほかにも醤油があるのとないのとでは、再現できるレシピの数が違いますからね。これからはたくさんレシピを提供できると思いますよ」

「楽しみにしています。では、その村へさっそく人をやってショーユの量産体制を整えましょう。確か、半年から一年はかかるのでしたね?」

「はい、残念ながらこればかりはどうしようもないかと。村で作っている量も少ないみたいですし」

「時間がかかるのは仕方ありません。ですが、一年後にはショーユを使ったたくさんのレシピを使って料理ギルドに大攻勢をかけられるのです。楽しみで仕方ありません!」


 醤油のおかげでたくさんのレシピの再現に成功したことで、ミーナ嬢へ提供できるレシピの量が格段に増えた。

 今日はその報告会と、醤油増産のために、ベテルニクス商会から村へ働きかけてもらうための相談も行なっている。


 実際に再現できた料理を試食してもらい、醤油の有用性を理解してもらったところ、すぐにオレの願いは聞き届けられた。

 まあ、ミーナ嬢のことだから、オレが願わなくとも醤油の確保に乗り出しただろうけど。


 だが、どう頑張っても醤油の増産には時間がかかる。

 一先ずは村にあるすべての醤油を買い上げ、レシピの再現や料理ギルドへの牽制に使うそうだ。

 ほかにも醤油を個人生産している村がないか探すとも言っていたので、運が良ければもっと醤油が手に入るかもしれない。

 そして、醤油が手に入るのなら味噌だってどこかで作っている可能性がある。


 米はタイ米のような長粒のものが、迷宮都市では少量だが流通しているのを最近発見している。

 日本の品種改良の進んだ米はなかったが、多少はこれで再現できるレシピがあるだろう。

 なので、米に関してもベテルニクス商会の力を使って探してもらうことにした。

 最初から色々と頼っていればよかったのかもしれないが、一先ずは存在するのかどうかだけでもこの目で確かめたかったのだから仕方ない。

 あるかどうかもわからないものを探させるのは申し訳ないしね。


「では、今日もよろしくおねがいします。エドガーさん、マッシブさん」

「お任せください。それと我々のことは呼び捨てで構いません」

「そうですぜ、旦那。オレたちみたいな護衛にまで丁寧に接する必要はないですぜ?」

「これはもう癖みたいなものなので、申し訳ないですが我慢してください」

「丁寧な対応を我慢ってのもなんか変だな!」

「マッシブ。貴様の態度もいい加減直せ。お館さまに失礼だぞ」

「そうはいってもよ。こればかりはどうにもならねぇ!」


 ベテルニクス支店から派遣されてきた護衛は、エドガーとマッシブの二名。

 どちらもビーストで、エドガーが犬の特徴を持ち、マッシブが熊だ。

 軍人みたいな堅い話し方をするほうがエドガーで、ワイルドな話し方がマッシブ。

 両名とも、元探索者だが、護衛歴も長く経験豊富だ。

 すでに何度も外へ出る際に護衛についてきているので、もうだいぶ慣れた。

 屋敷にいる間はそれぞれ門衛たちと協力して色々やっているらしい。


 ついでに、エドガーたちと一緒にベテルニクス商会から馬車が贈られてもきた。

 エドガーたちが護衛しやすいように改良されたものらしく、安全のために贈られたものである以上は受け取るしかなかった。

 馬ももちろん一緒に、だ。

 これで空いていた厩舎がやっと活用できるようになった。

 もう、辻馬車を拾う必要はなくなったので、色々楽になっている。

 やっぱり、自分専用の乗り物があるのは便利だね。

 できれば車がほしいが、そんなものはないので仕方ない。


 今日も市場へ調味料や食材を探しに行く。

 最近は、毎日行っているが、迷宮都市のすべての区画の市場を回るのは難しい。

 そもそもオレが住んでいる第三区画から、もっとも遠い第九区画まで馬車を走らせても、五時間もかかるのだ。

 行って帰ってくるだけで一日が潰れてしまう。

 それに、区画ごとに市場の数はひとつではない。

 区画自体がそれなりに広いので、ひとつの市場だけでは住民をまかないきれないのだ。

 毎日近くの区画の市場を回るだけでも、結構大変だ。

 それに、店舗ならまだしも、迷宮からの資源を売りにきているものもいる。

 そういったものたちの売り物は、基本的に同じものにはなり辛い。

 たまに、どこで手に入れたのかわからないものも混ざっているし、なかなか面白い。

 さらに、迷宮都市以外からものを売りに来るものたちだって当然いる。

 そういったものたちが特に狙い目で、迷宮都市ではなかなか見ることができないものにお目にかかれるのだ。

 探している食材や調味料などあった日には、ベテルニクス商会まで連れて行って売買契約をしたり、情報収集したりもするくらいだ。

 ベテルニクス商会は迷宮都市以外でも割と有名な商会なので、個人で遠くから行商にきた商人たちにとっては顔つなぎできるだけでもありがたいことだ。

 売買契約なんてできた日には箔がつくし、出世街道間違いなしとまでいわれている。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「では、ここにあるだけすべてください」

「あ、ありがとうございます、旦那!」

「次はどんな美味しいものが食べられるのか楽しみです!」

「マッシブ」

「了解ですぜ」


 第五区画の小さな市場で見つけたのは、驚くことに最近みつけたタイ米ような米ではなく、日本でも馴染み深い短粒種だった。

 さすがにコシヒカリやあきたこまちといった品種名まではわからなかったが、荷馬車いっぱいに積まれた麻袋すべてがそうだというのだから、つい大人買いしてしまった。


 今回の市場巡りには、護衛のふたり以外にもミリー嬢もついてきている。

 オレとモーリッドが作る様々な試作品を食している彼女としても、大量に食材を仕入れているということは、今日も美味しいものが食べられるという認識になっている。

 さすがは腹ペコ娘だ。

 彼女の食欲のすごさは、大量の試作品をペロッと食べてしまうことからも、我が屋敷では知らないものはいないほどに有名だ。

 それなのに、小柄な小動物のようなままなのだからおかしい。

 日本なら大食いタレントになれるレベルだろう。


 短粒種の米を売っていた行商人には、そのままベテルニクス商会へ行くように伝え、情報収集と必要であれば売買契約も結ばせるつもりだ。

 すでに何組かの行商人たちとも同じことをしているので、手慣れてきた。

 ミーナ嬢からはベテルニクス商会の正式な商会印をもらっているので、それを見せ、その場で書類を作成すれば驚きこそすれ、二つ返事で了承してもらえる。


 それにしても、短粒種まで手に入るとは思わなかった。

 タイ米モドキを炊いてみたが、やはり馴染みのある味と食感ではなかったので、いまひとつだったのだ。

 これで丼物や、もしかしたら寿司なんかも作れるかもしれない。

 ……いや、さすがに寿司は修行に時間がかかるから無理かな?

 でも、本格的なものじゃなくてもいいから食べたい。

 ただ問題は、アレド大陸には魚を生食する文化がないことだろうか。

 寄生虫とかも問題だろうし、この辺はさすがに自重すべきか。


 今日は思いがけない出会いもあり、ほくほく顔で市場をあとにする。

 何度も色んな区画の市場に出向いているが、捜し物が見つかることは滅多にない。

 ベテルニクス商会の人間も、オレが伝えた食材や調味料の情報をもとに探してはいるが、やはり現物を知っているオレが探したほうが見つかりやすい。


 それに、こうして偶然の出会いもあるのだから、市場めぐりはやめられない。

 なかなか出向けない第九区画あたりの市場にも行ってみたいものだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「旦那。あそこが魔道具関係でも大手のフーリースー商会ですぜ」

「ベテルニクス商会の支店よりも大きいですね」

「迷宮都市での魔道具の売り上げは国一番ですから!」


 市場からの帰り道、迷宮都市で一番だと言われている魔道具販売店を訪れた。

 今日、ミリー嬢がついてきたのは、このフーリースー商会へ行くからだったのだ。

 彼女にとって市場巡りはおまけのようなものである。


 ミリー嬢が作り出す数々の魔法式も大事だが、実際に販売されている魔道具を見てみるのも悪くない。

 というか、いつかは行ってみるつもりだったのだが、ここ最近は料理と市場巡りばかりしていたので、暇がなかったのだ。

 だが、そろそろ本格的に日本帰還に向けて動き出そうと思っていたのでちょうどよかった。


 フーリースー商会の正面にある駐車スペースに馬車を留め、店員にあとを任せると、さっそくミリー嬢が走り出しそうなほどウズウズしていた。

 魔法式大好きな彼女にとって、魔道具販売店を見て回るのはほとんどライフワークといっていいものになっている。

 オレの屋敷に住み込みになってからも、時間があれば近くの魔道具販売店に足を運び、魔道具をみているほどだ。

 もちろんほかにも本屋巡りをして、魔法式関連の書物を探し回ったりもしているようだけど。

 ただ、以前のように専門書に全額つぎ込んではいないようだ。

 というのも、そういったものを見つけたら、オレが買い取っているからだ。

 今のところ、順調に彼女は貯金の額を増やしているらしい。

 基本的には、寮に住んでいる限りは服などの必要なもの以外にはお金を使わなくて済むからね。

 以前は二、三着を着回していた服も、最近ではバリエーションが増えてきて、少しオシャレにも目覚めたらしい。


 本日も、よそ行き用の爽やかな春色のワンピース姿だ。

 そんな可愛らしいミリー嬢に早く早くと手を引かれて店内へと入っていった。


気に入ったら、評価、ブクマ、よろしくおねがいします。

モチベーションがあがります。

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