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018,喧嘩



 ゴーレム使いの公認免許試験で、オレの小さなゴーレムを笑い、野次を飛ばし続けたヒューマンの男に絡まれた。

 この男は、試験に落ち、オレは受かった。

 技量に雲泥の差があるのだから、当然の結果だが、なぜだかオレがすべて悪いように喚き散らしている。

 すぐにでも殴りかかってきそうなほど、青筋を立てて喚いているため、周囲の人間はいい娯楽だと衛兵を近づけさせないように囲いを作ってしまっていた。


「自分の言い分が支離滅裂だと理解しているか? 不合格になったのは、魔力の訓練をせずに怠けていたせいだろう。魔力の量も操作能力も、どちらも努力で試験の基準に到達できるものだ。それを怠ったのを人のせいにされても困る」

「黙れ! てめえのあのチビゴーレムたちが合格でオレのゴーレムが不合格のわけがねぇ! てめえが裏でなにかしたに決まってる! この卑怯者の落ちこぼれ野郎が!」


 普段の丁寧な対応は、この男には必要ないので、正論を突いてみたが、どうにも話が通じない。

 まあ、こうなるだろうことはだいたい予想できていたので、次の一手を打っておく。


 そろそろ喚くよりも殴りかかってきそうなので、準備はしておくに越したことはない。

 周囲の妨害のせいで、衛兵は近づいてこれないし、さらには男を煽るような声まであがっている。

 ……やめてほしいんだけど、ほんと。


 ちなみに、オレに殴り合いの喧嘩の経験はほとんどない。

 学生の頃にちょっとやった程度で、それから何年も人なんて殴ったことはない。

 当然、異世界にきてからも同じで、正直ちょっと足が震える。

 それでも、オレには切り札があるからこうして平静を装えるのだけど。


「てめえが全部悪いんだよ! しねええええ!」


 周囲の煽りが頂点に達したとき、ついに男が動きを見せた。

 てっきり殴りかかってくるとばかり思っていたが、何を考えているのか、やつはゴーレムを生成したのだ。

 怒りで集中力が高まっていたのか、試験のときとは比べ物にならない速度でゴーレムの生成が完了する。


 その光景に、今まで煽っていた周囲の声が消える。

 そして、次の瞬間には逃げ惑う群衆が完成していた。

 完全にパニックである。


 ゴーレムは、人間ひとりではとても運べない重量物の運搬を主な仕事としている。

 つまり、人間とは比べ物にならないほどの力を持っているのだ。

 確かに動きは遅い。

 だがそれでも、その巨大な腕で殴られでもしたら、運が悪ければ即死。よくても大怪我は免れないだろう。

 だからこそ、免許制となっており、管理されているのだ。


 当然、喧嘩で用いることなどご法度。

 最悪処刑までありうるほどの重罪だ。


 逃げ惑う群衆。

 迫りくる三メートルのゴーレム。

 衛兵はパニックを起こした群衆に押されて、とてもではないがこちらに到着できそうにもない。


 本来なら、オレも一目散に逃げたいところだったが、迫ってくる三メートルという巨体に足が完全に竦んでしまっている。

 腰が抜けていないだけマシだろう。


 だが、頭のほうはいやに冷静だった。

 おそらく周囲でパニックになっている群衆がたくさんいるからだろうか。

 誰かが興奮していると、逆に冷静になれるアレだ。


 群衆のパニックの伝播とか、集団心理とか、当事者と傍観者の違いで巻き込まれなかったのも大きい。


 それに、パニックが起こる前から下準備をしていたのもよかった。


「しねえぎゃっ!?」


 竦んでしまった足はどうにもならないが、手は動かせる。

 財布袋から取り出しておいた硬貨から生成された二体の小さなゴーレムが、もう一体を力任せに男に向かって投げ飛ばす。

 ゴーレムは力が強い。

 それは小さなゴーレムであっても同じで、さすがに三メートルのゴーレムよりは弱くとも、小さなゴーレムをかなりの勢いで投げ飛ばすくらいはできる。


 投げ飛ばされた小さなゴーレムは、男を計画通りに一撃の下に昏倒させた。


 だが、ゴーレムはある程度の命令があれば、自動的に行動できる。

 なので、ゴーレム使いである男の操作を妨害するだけではだめだ。

 だから、切り札をきった。


 男を昏倒させたゴーレム以外にも、次々と財布袋からゴーレムが生成され、そのすべてのゴーレムが、腕を三メートルのゴーレムへと向ける。

 そして、発動するのはとっておきの魔道具たちだ。


 自衛用に用意しておいた拘束用魔法、ライトニングウィップ。

 拘束するのと同時に電撃で気絶させ、無力化することを目的とした魔法だ。

 ゴーレムに電撃はきかないだろうが、対人間用としては破格の性能を誇る。


 実際に、男が昏倒したのもこの魔道具の効果だ。

 しかし、男に対して使われたライトニングウィップの魔道具の数はひとつだけだし、威力も人が気絶する程度に抑えてある。

 対して、相手のゴーレムに向かって使用された数は、合計十二個。

 当然、全力での使用だ。

 魔石の魔力の半分以上を消費する、限界レベルの超高出力。

 その威力たるや、石畳混じりの土で生成されたゴーレムを一瞬で炭化させるほどのすさまじいものだった。


 静電気が起こすパチっという音なんか比じゃない、本物の雷が落ちたかのような轟音とともに、男のゴーレムは一瞬で活動停止に追い込まれ、崩れ落ちていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――ご協力感謝致します。それでは私どもはこれにて!」

「ご苦労さまです」


 結局、パニックを起こして逃げ惑う群衆を掻き分けて到着した衛兵に男は捕縛された。

 オレは被害者ではあったが、街中での危険魔道具の使用で詰め所で少しの間拘束されてしまった。

 だが、目撃者も多く、オレが被害者であり、自己防衛のために魔道具を使ったことは明らかだったので、お咎めはなしだ。

 それどころか、ゴーレムがあのまま暴れていたら周囲への被害が出ていただろうから感謝されたほどだ。


 男は、重犯罪者として裁判なしで終身奴隷になるそうだ。

 死刑ではないのは、ゴーレム使いという有用な能力の持ち主だからだろう。

 ただ、今のままでは使い物にならないと思うけど。


 この世界には奴隷制度が存在する。

 ただ、そうそう奴隷に落ちるようなことはない。

 せいぜいが犯罪者か、戦争によって生まれる捕虜なんかが対象だ。

 ほとんどの場合は終身労働をさせられ、性奴隷などにはまずならない。

 そういったものは、きちんと娼館で立派な職業として管理されているので、高い金を払って奴隷を購入して慰み者にするという人間はあまりいないのだ。


 完全にいないというわけではないらしいけど、基本的に一般人には関係のない話だ。


 衛兵ギルドが用意した馬車で屋敷に送ってもらい、心配して駆けつけたモリスと一緒にやっと帰ってくることができた。


「ミドー様ぁ! だだだ大丈夫でしたか!? 暴漢に襲われてなぜか捕まったって! 怪我は!? 怪我は大丈夫なんですか!?」

「ミリー殿、落ち着いてください。お館様はお疲れでございますので、大きな声を出してはいけません」

「はぅ! す、すみませんぅ……。あの、でも、本当に大丈夫だったんですか? 私、その、すごく心配で」

「心配をおかけしてしまってすみません。この通り怪我はありませんよ。ちょっと詰め所で話をしてきただけです」

「よ、よかったぁ……」


 屋敷に入ると、ミリー嬢が泣きそうな顔で出迎えてくれた。

 慌てすぎてモリスに止められるほどだったが、純粋に心配してくれた結果なのだから、申し訳ない。


 ただ、オレも色々あって疲れてしまった。

 ちょっと部屋でのんびりしたい。


 ミリー嬢を落ち着かせると、今日の仕事は手に付かないようなら休んでも構わないと伝え、自室のソファーに倒れ込む。

 モリスがすぐにリラックスできる香りの紅茶を用意してくれるが、もう少しこのままでいよう。

 今まで使用人たちには、このような無様な格好はみせないように気をつけていたが、今日だけは勘弁してほしい。


 まさか、逆恨みで殺されかけるとは思わなかった。

 短絡的すぎて意味不明なくらいだ。

 何があの男をそこまで逆上させたのだろう。

 正論をついた点だろうか。


 だが、あの男だって、ゴーレムで人を襲うのは重犯罪だとわかっていたはずだ。

 もし仮にオレを殺したとして、その後どうやってもあの男が捕まるのは目に見えている。

 そこまでして、オレを襲うのは割に合わないと思うのだが……。


 だが、それはオレの考えだ。

 あの男にはあの男なりの考えがあり、その結果オレを襲ったのだろう。

 もう、出会うこともないだろうし、今日のことは勉強代として次へ活かそう。

 さしあたっては、自衛用の魔道具をもっと用意しよう。

 特に防御系の魔道具を。

 ミリー嬢に書いてもらった魔法障壁の魔法式を早く魔道具にして、耐久性などのテストもしておかなければ。


 本当に、オレのゴーレムが魔道具を作れてよかった。

 そして、ミリー嬢に出会えてよかった。


 彼女がいなかったら、今頃オレはゴーレムに押しつぶされて汚い花火を石畳に咲かせていたことだろう。


 今更ながら、異世界は怖いところだと実感した。



気に入ったら、評価、ブクマ、よろしくおねがいします。

モチベーションがあがります。


2018.6.1 誤字修正

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