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016,新たな住人



 ミリー嬢に魔法式を書いてもらうこと数日。

 明日はゴーレム使いの公認免許受験日だ。

 ぶっちゃけ、何の対策もしていないが、受験内容はゴーレムの生成と実用的な操作のみなので、毎日ゴーレムに魔道具製作をさせていたオレなら大丈夫だろう。

 問題点があるなら、その大きさ、ということになるが、教科書に書かれていた採点内容に大きさの項目はなかった。

 難癖をつけようと思えばいくらでもつけられてしまうが、それはそれ。

 ダメだったら別に免許がとれなくても問題はない。

 公認免許はゴーレム使いとして最低限のことができるという証明というだけで、あれば雇ってもらえる範囲が大幅に増えるだけだ。

 オレは別にゴーレムを一般的な用途で使用しないので、どこかに雇ってもらう必要はない。

 なら、免許自体いらないのではないかと思われるが、一応持っておいて損はないので受験するだけだ。


 今現在、オレの職業は無職ということになっているし、世間的にもゴーレム使いという職業をもっておくのはいいことだろう。

 ゴーレム使いは高給取りとして、ある程度認知されているので、公認免許があれば無職だとは思われづらい。


 本日も、ミリー嬢のために用意した執務室で、彼女はお菓子をぱくつきながら筆を動かしている。

 一昨日あたりにミリー嬢の知っている魔法式はすべて書き出しきってしまったので、今は例の専門書の写本をしてもらっている。

 オレは全部読み終わったが、持ち主である彼女の許可ももらえたのでやってもらっている。


 すでに探索者ギルドで依頼をした期間は過ぎている。

 依頼の期間の最終日に、ミリー嬢とは個人的な雇用契約を結んだのだ。

 実は彼女、オレの睨んだ通り、魔法式の知識は一般的な魔法使いを遥かに凌駕している。

 それどころか、少しだが魔法式の研究まで独自にしているのだ。


 その結果、自分では使えない魔法を魔法式として書けるようになってまでいた。

 使えない魔法の魔法式を書けても、魔道具を作ることはできない。

 さらに、その魔法式がきちんと使えるものか確認するには、魔法を使える人間にお願いしなければいけない。

 当然無料で魔道具を製作してくれる人間などいない上に、簡単な魔法ならミリー嬢自身が使えるので、必然的に高額な魔道具の製作依頼になってしまう。

 ミリー嬢にそんなお金はないので、ただの趣味で終わっていた。


 だが、オレにはゴーレムがいる。

 彼女の書いた魔法式が正しいものか、実際に作って確かめることが可能だ。

 そして、実際に試した結果、問題なく作れてしまった。


 こうして、ミリー嬢は本物の金の卵を産むガチョウだと判明し、契約へと至ったわけだ。


 ただ、彼女にもゴーレムのことは教えていない。

 知り合いの魔法使いに魔法式を刻んでもらった、と話している。

 自分の書いた魔法式が正しかったということがわかっただけで、彼女は大喜びだったので、疑問に思うことはなかったけど。

 そもそも、ゴーレムが魔道具を製作できるなんて夢にも思ってなかったようだし。


「失礼。頼んでいた魔法式は出来上がっていますか?」

「あ、ミドー様! はい! こちらです! でも、魔法障壁の魔法式なんてそもそも使える人が少なくて魔道具にするのは大変だと思いますけど……」

「大丈夫ですよ。伝手がありますので」

「で、でも、それだったら私の魔法式ではなく、その方に正規の手順で作ってもらったほうが……」


 ミリー嬢の言う通り、わざわざ魔法式を完全に指定して作ってもらうより、自分のやりやすい魔法式のほうが効率がよい。

 専門書を読み解いてわかったことだが、魔法式はひとつの魔法でも、すべて同じものではなく、個人の感性や知識量、好みに応じて少しずつ違っている。

 同じ魔法なら結果は同じでも、その過程において千差万別なのだ。

 特に難しい魔法になってくるとその傾向が顕著になる。

 魔法式の量が格段に増えるからだ。


 従って、指定された魔法式を魔石に刻むのは、なかなかに面倒な作業となる。

 ただでさえ、集中力と魔力を長い時間必要とするものなのだから。


「その辺は気にしないでください。ミリーさんには私の指定する魔法の魔法式を書いてもらえれば、ほかに何をしてもらっても構いませんから」

「ほ、本当にいいのでしょうか? 私の父もこんなに好条件で仕事をさせてもらったことはないですし……」

「ミリーさんのお父様はどういった仕事をなさっているのですか?」


 必要なのはミリー嬢の魔法式の知識だけなので、特に彼女の家族構成などは調べていない。

 そもそも、個人で雇っているのに親は関係ないだろう。

 ヤのつく自由業やマフィアなどだったらさすがに気にするけど。


「あ、えっと……。魔法式の研究者をやっていました。でも、今は、いません……」

「そうだったのですか。すみません、不躾なことを聞いてしまいました」

「いえ! 謝らないでください! もうずいぶん前の話ですし! それに、父のことは今でも尊敬していますから、悲しいことばかりじゃないです!」

「そうですか。ミリーさんの卓越した魔法式の知識はお父様譲りだったのですね。さぞかし立派な方だったのでしょう」

「はうぅ……。そ、そんな卓越してなんて……。うぅ……。ミドー様、褒めすぎですぅ!」


 不用意にプライベートなことに立ち入ってしまったが、すでに吹っ切ったあとのようで安心した。

 それにしても、膨大な魔法式の知識については、専門書などから得ただけではないようだ。

 魔法式の研究者がいること自体は想定していたが、ミリー嬢の父親がそうだとは思わなかった。

 そもそも、魔法を使えなければ魔法式が正しいかも確認できない状況では、一流どころの魔法使いくらいしか魔法式の研究者などできないだろう。

 そう考えると彼女の父親は一流の魔法使いだったのだろうか。


「えへへ……。でもお父さんも私と同じで、あんまり魔法は得意じゃなかったんですよね。だから、魔法式を試してもらおうにもお金ばかりかかってしまって。小さい頃は結構大変でした」


 ……そうでもなかったみたいだ。

 しかし、そんな父親の背中をみて育ってきた彼女も反面教師にはせず、むしろ同じ道を辿っている。

 専門書を食事を削って買い取っているのがいい例だ。

 親が親なら子も子なのだろうね。

 そのおかげで彼女と出会えたのだから、感謝しかないが。


「でもでも、私はミドー様に拾ってもらえましたので、運がいいです! 魔法式の研究者はお金持ちか、貧乏人かのどちらかですから! あ、そうそう。溜まっていた宿代もちゃんと払えたんですよ!」

「え……。ミリーさんは宿暮らしなのですか?」

「え? あ、はい。ずっとそうです。迷宮都市に来てからもうそろそろ三年くらいになりますけど、同じ宿に住んでます」


 迷宮都市には確かに安宿は存在する。

 探索者や冒険者は誰でもなれるが、命を賭ける仕事である以上、怪我はつきものだ。

 どうしても不安定になりがちで、宵越しの金は持たない人間も多い。

 そういったもの向けの安宿は、ホームレス対策として各種ギルドから補助金がでている。

 治安の維持などにも役立っているし、安宿を定宿としている人間でも、迷宮から持って帰ってくる資源の量はばかにできない。

 何せそういった人間は結構な数いるからだ。


 迷宮都市という特殊な環境でなければ、すぐにスラムの住人となり、腐っていただろうが、補助金や迷宮のおかげでそういった人間はかなり少ない。


 ミリー嬢もどうやらそういった層に片足を突っ込んで……いや、両足をどっぷりと突っ込んでいたのかもしれない。

 多少恥ずかしそうに話しているので、まだ自覚があるだけマシだが、彼女は金の卵を産むガチョウだ。

 さすがに見過ごすことはできない。


「ミリーさん。ちょっと契約の変更をしましょう」

「え……。あああの、私何かヘマをしたでしょうか……。その、今まで以上に一生懸命頑張りますので、見捨てないでください!」

「ああ、いえ、違います。クビにするとかそういうことではなくですね。使用人の寮にまだ空きがあるので、そちらに引っ越してくる気はありませんか?」

「へ……?」


 オレが雇用した結果、彼女は一般水準よりも上の給料を手にしている。

 きちんとした生活をしてもらうためにも、一部の給料を前払いで支払ったのだ。

 だが、どうやら彼女は安宿を定宿としているようだし、もう少し身の安全というものにも気を配ってもらいたい。

 確かに三年も住んでいるようだから、ある程度の自衛手段はあるのだろう。

 いや、元々武器として魔法を使えるのだから、その辺は大丈夫なのかもしれない。

 だが、それは今まで彼女が貧困層であったからだ。

 これからは高給取りとはいわないまでも、それなりに安定した収入がある。

 そうなると、安宿のような安全性の期待できない場所では、狙われる可能性がでてくる。

 最悪、殺されても不思議ではない。

 いくら治安がある程度いいからといっても、ここは異世界であり、武装した集団が日常的に通りを闊歩する場所なのだ。

 人の命の軽さは、日本を基準にしてはならない。


「申し訳ありませんが、これは今後の契約に盛り込ませていただきます。断るのであれば、残念ですが」

「引っ越します! 明日、いえ、今日から! 今すぐに! だ、だからここで働かせてください! お願いします!」

「あ、はい。では、使用人を何人かつけますので、荷物の搬出に馬車も用意させましょう」

「あ、いえ、その……。私物は本くらいしかありません……」

「そ、そうですか。では、馬車と使用人をふたりで間に合いますか?」

「いえ、私ひとりでも」

「だめです」

「は、はい! それでお願いします!」


 ミリー嬢の安全を確保するためにも、少々強引ではあったが使用人寮に引っ越しさせる。

 彼女も、好条件の仕事を投げ捨ててまで安宿に居続けるつもりはないようで、すぐさま了承してくれた。

 賃貸や持ち家があるなら、さすがにこれほどの強権を振るうつもりはなかったが、安宿ならいいだろう。

 むしろ、うちの使用人のように、住み込みで仕事をするのはどちらかというと好条件だ。

 三食つくし、住む場所も提供される。

 その分ほとんどの場合は、給料から諸経費が差し引かれることになるが、ミリー嬢の場合は引かない。

 こちらがいい出したことでもあるし、その程度で彼女の安全を買えるのなら安いものだろう。

 ミリー嬢が生み出すだろう、利益を考えれば。


 こうして、オレの屋敷に新たな住人が増えた。



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