014,できちゃった
魔道具の製作方法は、魔石に対して魔法式を魔力を使って彫り込んでいき、彫り終わったら魔石全体を魔力でコーティングして励起するだけだ。
魔力を使って彫り込むものが、発動する魔法を使えない場合は、励起しても魔道具として機能しない。
この辺りの研究はあまり進んでいないようで、なぜ使える魔法しか魔道具として機能させられないのかはわかっていない。
ただ、それは人間が魔道具を作った場合の話であって、ゴーレムが作った場合もそうなのかは書かれていない。
いや、ゴーレムに小さな魔石に魔法式を彫り込むような繊細な作業はできないのだから当たり前の話だが。
では、その繊細な作業ができてしまう、うちのゴーレムはどうなのだろうか。
ゴーレム自体は、生成した際に込めるゴーレム使いの魔力で動いているので、魔法式を刻むことは可能だろう。
小さな魔石は、安く手に入るのでいくつか入手してある。
失敗しても大した痛手にはならないし、気になったのだからやってみる、その程度の気持ちだ。
オレのゴーレムは、三メートルの普通のゴーレム同様に動きは早くない。
ただ、小さい分だけ燃費もよく、手先も器用だ。
動きは遅くとも、命じた作業を延々とこなせるのがゴーレムのメリットなので、それは大きさが変わっても同じだ。
小さな魔石を一体のゴーレムに渡し、ミリー嬢が紙に書いてくれた種火の魔道具の魔法式を彫り込ませる。
思った通り、ゴーレムの魔力のおかげで魔石に彫り込むこと自体は可能なようだ。
生成の際にある程度形をいじれるので、指の形を彫金するのに適した様々な形に変えてある。
それらを魔石に当て、ゆっくりと紙に書かれた魔法式通りに刻み込んでいく。
魔力で刻まれていく跡は、実際に魔石を削っているのではなく、魔石の内部に魔力を固定していくものらしい。
魔石に宿る魔力がその跡を維持し続けるので、魔道具が効果を発揮するたびに魔石の魔力が消費され、最終的に魔石の魔力がなくなると刻まれた魔法式を維持できなくなり、霧散するようだ。
これが魔道具が使い捨ての消耗品である理由となっている。
外部から新たに魔力を補充することは、できないことはないらしいが、小さな魔石ひとつに魔力を補充するのに、その数倍の量の魔石が必要になる上に失敗することもあるそうだ。
失敗すると魔石が割れて、内部の魔力とともに魔法式が霧散するので、あまりやるひとはいない。
補充に必要なものもかなり稀少なものらしいし。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔石に魔法式を刻む不思議な音だけが、作業部屋を満たしている。
すでに、深夜をまわっているが、魔法式を刻む作業は終わっていない。
作業開始から六時間以上経過しているので、一般的な魔法使いよりも時間がかかっている計算になる。
それでも、着実に作業を進めているゴーレムをたまに確認しつつ、買い取りした教科書を読んでいる。
特に魔道具関連の教科書を何度も読み返しているのだが、魔法式の話は後半に少しでてくるだけであまり詳しく書かれていない。
それよりも、魔石の見極め方や内部魔力量の測定方法、魔法式を刻む際の道具など、作業を行う前工程の話ばかりだ。
まあ、実際にゴーレムにやらせて思ったのだが、魔石に魔法式を刻むのはすごく地味だ。
ひたすらに地味で静かで、集中力のいりそうな作業なので、ミリー嬢の適正とあっている。
彼女の集中力はなかなかのものだしね。
結局、作業部屋で寝落ちしてしまったようで、執事長のモリスの作業部屋の外から掛けられた声で目覚めた。
迷宮都市ラビリニシアの気候は過ごしやすい環境だが、朝方は冷え込むこともある。
風邪はひかなかったようだが、モリスにお小言を頂いてしまった。
次からは気をつけよう。
ちなみに、ゴーレムは作業を終えて停止していた。
丸一日以上稼働させていても、魔力がつきず、形を保っているのだから、燃費がいいなんてもんじゃない。
一体何日連続稼働ができるのだろうか?
銅板に装飾を彫り続けている、ほかのゴーレムたちの魔力がつきればいずれわかるだろう。
銅板いっぱいに装飾が彫り込まれると新しい銅板に変える、という行動もとれるので、結構曖昧な命令でもゴーレムは動いてくれるのもいいところだ。
これがプログラミングで動くロボットだったら、汎用性の無さで圧倒的に負けているだろう。
いや、それ以前にバランサーなどもなしに二足歩行や、物を持って歩けたりしている時点で比べ物にならないのだが。
とにかく、魔石に魔法式を彫り終わったので、魔力でコーティングして励起してみる。
ミリー嬢曰く、オレの魔力操作の腕は一流の魔法使いレベルらしい。
実際に、教科書で読んだ程度の知識でも、魔石に魔力のコーティングを簡単に施せた。
魔力の励起は、この段階で魔力を適量流すだけだ。
そして――
「魔道具できちゃったけど、ほんとどうなの?」
種火の魔法式が刻まれた小さな魔石の上部から、人差し指の第一関節程度の火がしっかりと燃え上がっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本日も探索者ギルドに趣き、依頼をする。
ただし、今回は指名依頼と呼ばれる個人または、探索者の集団であるパーティやクランといった団体を直接指名できる依頼にした。
指名依頼は通常の依頼とは異なり、依頼料が割高になる。
だが、指名された方が断らない限りは、依頼遂行者を選べる。
ひとつの依頼に対して、複数の応募などがあった場合は、依頼者が選択可能ではあるが、応募者以外からは基本的に選べない。
確実に依頼を受けてほしい人がいる場合などに用いられる形式なのだ。
「ミリー様はあまり探索者ギルドには顔を出さないので、時間がかかる可能性があります。もしよろしければオプションで彼女に連絡をすることも可能ですが如何でしょうか?」
「では、連絡をとっていただけますか?」
「畏まりました。ミリー様の現在の滞在先はここから遠くありませんので、不在でなければすぐに連絡が届くはずです」
「わかりました。それではよろしくお願いします」
昨日の段階では、ミリー嬢が受けた依頼と同じものを頼む予定だった。
だが、オレのゴーレムたちが魔道具を製作できるとわかってしまった以上は、魔法よりも魔道具だ。
ぶっちゃけ、魔道具が製作できるなら、魔法を無理に使えるようにする必要はない。
魔道具を使えばいいんだから。
それに、探索者ギルドを訪れる前に、数軒の本屋をまわってきた。
魔法式や魔道具関連の書籍を探すためだ。
だが、手に入ったものは、教科書をちょっとマシにした程度のものばかりで、魔法式が書かれているものは少ない。
ミリー嬢も、魔法式の専門書は珍しいと言っていたし、こんなものなのだろう。
別に魔法式さえ知ることができればいいのだから、どうしても買い集める必要はない。
ミリー嬢にみせてもらえばいいのだ。
それに付け加え、彼女は実際に魔道具を製作している人間なので、色々と話しを聞くのに最適だろう。
何より、魔道具製作に関する指導を約束したからね。
彼女自身は社交辞令だと思っているだろうけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
辻馬車を走らせて、別の区画にある本屋もまわってきた。
結局手に入った魔道具関連の本で使えそうなものはあまりない。
パラパラとめくってみたが、魔法式が書かれているものはやはり少ないからだ。
専門書もないか聞いてみたが、滅多に出回らないレア本であることが再確認できただけだった。
一応すべての本屋に入荷したら連絡をよこすように言っておいたが、期待はできないだろう。
確かにこれほどまでに入手難易度が高いのなら、食事を削ってでも手に入れたミリー嬢の気持ちがわからなくもない。
オレの場合は、食事を削らなくても買えるけど。
屋敷の使用人たちにも、今日は珍しく命令を与え、数人を本屋やフリーマーケットのようなものを開催している市場に走らせている。
明らかにぼったくっていなければ、高額でも購入してくるように言ってあるので、もしかしたら一冊くらいは手に入るかもしれない。
特に、武器として使える魔道具の魔法式が書かれているものが手に入ればラッキーだ。
珍しく外で昼食をとり、迷宮都市にやってきた初日以外では、第三区画以外に初めて足を運んだということもあり、通りをのんびりと眺める。
区画が定められてはいるが、別の区画に入ったら雰囲気がガラッと変わるわけではない。
今いるここは第四区画だが、第三区画と大して変わらない。
通りは石畳が敷かれ、道行く人たちは武装したものが多い。
種族もバラバラだが、差別されたりもせず、皆表情は明るい。
ミリー嬢の様に、その日の食事にも困ったりする人もいれば、オレのように本を求めて馬車を走らせるものもいる。
色んな人がおり、それぞれに色んな人生がある。
地球で生活していたころと、その辺はあまり変わらない。
ただ、あくせく働いていたころと比べれば、今はなんとものんびりした生活を送っているのがちょっと不思議な気分だ。
日本に戻れたら、またあの生活に戻ることになるのだろうか。
料理のレシピは金になる。
申請すれば特許もいくつかとれるだろう。
むしろ、ベテルニクス商会の力を借りればもっとたやすく可能だ。
さらに、ゴーレムが魔道具を作れることがわかったので、さらに稼げるはずだ。
こちらの世界のほうがいい生活ができるのではないだろうか。
いや、実際に今の生活を考えるとできている。
ぼんやりとそんなことを考えながら通りを眺めていたが、残してきた家族もいるのだ。
せめて帰れないことが確定するまでは、帰還の手段を探し続けよう。
そのためには、魔道具の知識をもっと集める必要がある。
待たせていた辻馬車に乗り、次の本屋に向かった。
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