013,ポンコツ娘
ポンコツ娘疑惑が出てきたミリー嬢だが、自覚はあるのか、顔を真っ赤にして狐耳も狐尻尾もシュンとしてしまっている。
まあ、オレとしては依頼内容をちゃんとこなしてくれればいい。
彼女の私生活に介入するほど彼女を知っているわけでも、親しいわけでもないのだから。
「専門書となると、やはり私のような一般人ではとてもではないですが読めないでしょうね。ミリーさんは博識なのですね」
「そそそ、そんなことないですぅ……」
識字率が低いこの世界において、専門書を買い求めるなど、それだけで十分な知識があることを意味しているだろう。
もちろん、ただのコレクターという線も無きにしもあらずだが、魔道具を実際に作っているミリー嬢だ、それはないだろう。
「もし機会があれば魔道具の製作方法なども教えていただけませんか?」
「はい! 喜んで! 実は私、そっちのほうが得意なんですよ」
「ええ、期待しています」
短い間だが、彼女の人柄は好感が持てる。
魔法に関しても観察するのに十分なものだし、魔道具の知識も持っている。
食事を削ってまで専門書を買い求めているほどだし。
彼女にとっては社交辞令程度にしか思っているかもしれないが、今後も依頼をしてもらえるかもしれないという希望が出てきただけでも相当嬉しそうだ。
今日の結果次第では実際にそういう芽も出てくるだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミリー嬢の魔力の動きや形を真似て、魔力操作を行なったりして試してみたが、結局魔法は一度も発動しなかった。
ミリー嬢からの助言で、明確なイメージをしてみたりもしたが、こちらはそもそも実際に発動している魔法を身近にみてイメージしてもだめだったので、あまり意味はないかもしれない。
実際に魔道具に刻み込んでいる魔法式を紙に書いてもらって、魔力操作で正確に描いてみたのだが、これもだめだった。
ゴーレムの生成や操作はできるのだし、オレが異世界人だからだめということだとは思いたくない。
もしくは、純粋に才能なのか。
ただ、こればかりはわからない。
魔法のある世界でも、眠っている才能の有無がわかるようなものはないのだから。
適正職は別として。
「はぁはぁ……。ま、まだいけますぅ!」
「いやいや、無理しないでください。確かに魔力が尽きるまでという契約ですが、休憩しながらでいいんですから」
「で、でも、私何の役にも立ってないですからぁ! えいっ!」
依頼内容は、魔力が尽きるまでこちらの指定する魔法を打ち続ける、というものだ。
なので、オレが魔法を使えるようになるということは依頼内容にはない。
食事と引き換えに、魔法の指導に関しても追加されてはいるが、それも必ず魔法を使えるようにしなければいけないわけではない。
だが、どうにもミリー嬢は責任を感じてしまっているのか、無理に魔力を絞りだして、フラフラになりながらも魔法の指導を行なってくれている。
まあ、ぶっちゃけ、もう何十回もみた魔力の流れと形なので今更何が変わるというわけでもないのだが。
……それにしても、こんなにフラフラになりながらも正常な状態と同じ魔力操作を行えるのだから、なかなかのものだ。
魔力操作は、集中力次第で簡単に崩れてしまうものだ。
彼女の集中力はそれだけすごいということだろう。
「はうぅぅ……。もうだめですぅ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「ごめんなさいぃ……。ちょっと休憩させてくださいぃ……」
だが、どんなに集中力があっても、魔力が底をつけばそこまでだ。
魔力が底をつくと、精神的な疲労が大きくなり、めまいや頭痛などの症状が出る。
精神的なリミッターのおかげで、完全に魔力を使い尽くすことはできないみたいなので、心体に深刻な影響が出ることは少ない。
魔力も安静にしていれば少しずつ回復するので、今のミリー嬢に必要なのは休息だ。
ちょうどおやつ時でもあるので、モーリッドにはお菓子を焼いてもらっている。
砂糖は若干値段が高く、高級品の部類の上に、甘ければ甘いほど貴族や富裕層で受けている。
砂糖をそのまま使った、甘すぎて頭が痛くなりそうなお菓子が流行っているというのだから酷い。
その影響か、地球のスイーツの類はまったくみない。
ケーキ類も一切みないので、モーリッドのうどん戦争が終わったらお菓子のレシピをいくつか渡してみよう。
今回は、一般家庭向けの砂糖を使わないお菓子を作ってもらっている。
どういったものがあるのかも把握しておかないといけないしね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さくさくさく。んー……。美味しいですぅ!」
「樹液系のシロップのクッキーか。んー。普通に美味しい」
モーリッドが作ったクッキーは、バターや卵、砂糖を一切使わないヴィーガンクッキーだった。
メープルシロップのような樹液は、迷宮で割と穫れるメジャーな甘味だそうで、一般家庭でも十分に買える値段で普及しているそうだ。
お昼をたんまり食べたはずのミリー嬢だが、モーリッドの計らいで山盛りに用意されたクッキーをリスのように頬を膨らませながら食べている。
その速度は、オレが一枚食べる間に五枚は頬袋に溜め込んでいるほどだ。
そんなに食べて、口の中の水分が全部もっていかれないのかちょっと心配だ。
紅茶も用意されているけど、彼女はあまりそちらには手を付けていない。
結局、八割方ミリー嬢の胃袋に消えたおやつだったが、おかげで彼女は完全復活したのでよしとしよう。
夕食もご馳走することにしたので、それまでとにかく魔法を打ちまくってもらう。
初歩の初歩の魔法すら使えないので、武器として使えるような魔法は難易度が高すぎる。
なので、今日は本当に彼女は数種類の魔法しか打っていない。
とにかく努力あるのみと、数をこなしてみたが、さすがに一日では何の成果もなかった。
だが、ミリー嬢の親しみやすい性格のおかげで、それなりに楽しかったので落胆するほどではない。
元々、そんなに簡単に魔法が使えるとは思っていない。
執事長のモリスだって、魔法が使えるようになるまでかなりかかったそうだし。
それでも初歩の初歩が限界だった。
まだまだ諦めるには早すぎるのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今日は本当にありがとうございました! あんなに美味しい料理を食べたのは本当に久しぶりです!」
「いえいえ。お気に召したのなら幸いです」
「それでは、おやすみなさい!」
「ええ、おやすみなさい」
夕食もご馳走し、書類に完了のサインをすれば、依頼は無事に終了だ。
あとは、その書類を探索者ギルドに持っていけば、預けてある報酬をミリー嬢が受け取ることができる。
明日も同じ依頼を探索者ギルドにしにいくつもりだが、残念ながら同じ人は受けられない条件にするので、ミリー嬢がまた来ることはない。
結局ミリー嬢の魔力の動きや形を真似ても、魔法は発動することがなかったので、ほかにも多くの人を雇って観察することにしたのだ。
次からはひとりではなく、複数人同時に雇う予定だ。
観察する程度なら丸一日費やす必要はないとわかったし。
ミリー嬢を門まで見送り、自室へと戻る。
オレの自室には寝室やリビングのほかに、衣装部屋など色々な部屋が揃っている。
その中に、作業部屋として活用している部屋がある。
「……ふむ。これも魔力操作が向上しているからなのかな。どうみても腕があがっている」
作業部屋では、十センチほどのゴーレムたちがそれぞれに下した命令を愚直なまでにこなし続けている。
本来の三メートルほどのゴーレムは、繊細な動きができない。
だが、オレの小さなゴーレムたちは、一流の彫金師もかくやというほどに細かく、丁寧な仕事が可能だ。
用意した銅板には、人間の手ではどれほどの技量が必要になるかわからないほどの細かな装飾が、びっしりと刻まれている。
ちょっと刻まれすぎて気持ち悪い感じになっているが、試しに彫らせていただけなので、問題ない。
これはこのゴーレムが、どの程度のことができるのかを検証するための作業だからだ。
朝からやらせて、一体につき一辺が三十センチほどの銅板いっぱいに装飾が彫り込めるのならかなり早いのではないだろうか。
次は商品になりそうな形にしてみよう。
役に立たないと思っていた小さなゴーレムだが、これだけできれば十分だろう。
それに、普通のゴーレム使いはゴーレムにつきっきりで仕事をするようだが、オレの場合はある程度の命令を与えれば放置できる。
刻む図形などは予め指定しておかないといけないが、人間と違って疲労せず、延々と作業できるので助かる。
小さいからなのか、普通のゴーレムよりも遥かに燃費もいいみたいなのも利点のひとつだろう。
一日作業させていても、まだまだ動けるようだし。
これが普通のゴーレムだったらそうはいかない。
日に何度も再生成するのが当たり前なのだから、うちのゴーレムは優秀だ。
「しかし、これだけ彫り込めるなら……。魔道具とか作れたりしないだろうか。いや、魔法使えないとだめなんだよな……。いやでもやってみないとわからないんじゃ……」
今日ミリー嬢と魔道具の話をした際に、今作っている魔道具をみせてもらった。
小さな魔石に彫り込まれた魔法式は、かなり細かく、ひとつ作るのにも相当大変そうな印象だった。
ミリー嬢は、一般的な種火の魔道具などはひとつ二時間程度で作ってしまうそうだが、慣れていない魔法使いでは倍はかかるそうだ。
教科書にもそのようなことが書かれていたし、ミリー嬢はかなり早いほうといえるだろう。
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