001,お嬢一行
GWにどばーっと書けたので投稿です。
連載中の『女神が使命を果たした勇者と駆け落ちしたあとの世界で尻拭いをすることになりました』もよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n3949en/
日課のウォーキングを終え、小さいながらも住み慣れたアパートへ帰るところだった。
あの角を曲がればアパートが見えるはずだったのだが、角を曲がったオレの視界は緑と青に染まってしまっていた。
大草原と透き通るような青空。
排ガスに汚れた都会の空気とはまったく違った、大自然の清浄な空気。
「なにこれ」
大自然の雄大な景色を前に、オレが絞り出せた言葉はこれが限界だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
突然身ひとつでこの大草原に放り出されてから三日。
そろそろ限界だと思う。
幸いだったのは、ウォーキングの帰りだということ。
ペットボトルに水を入れ、栄養バーを一箱持っていくのが習慣となっていたのだ。
人間は水だけで一週間くらいは生き延びられるという。
逆に水がなければ三日と持たない。
さらに、高カロリー食である栄養バーが一箱もあったのも運が良かった。
普段なら四本入りのうち一本を食べながら帰るのだが、今回はひとつも手を付けていない新品の箱を持ってきていた。
おかげで四本の栄養バーを少しずつ食べることで、衰弱するのを防ぐことができた。
大草原の気温もよかった。
昼は熱くなりすぎず、夜もそれほど寒くない。
薄手のジャージでもなんとか風邪を引くことは免れている。
そうやって、当て所なく緑の海をさまよっているが、一向に人工物を発見することは叶わない。
なぜこんなことになっているのかさっぱりわからないが、とにかくスマホの電波が入るところまでいければなんとかなると信じるしかない。
もしくは、誰か人を見つけるか。
日本でもこれほどの雄大な大草原が残っているところは限られる。
なので、ここが日本である可能性は低いだろう。
一応英語なら少し、フランス語やイタリア語なら挨拶程度は可能だ。
日常会話はさすがに無理だが。
だが、外国でもボディランゲージで意外となんとかなるのは、少ない海外旅行の中で体験済みだ。
きっとなんとかなる。
今はそうでも思っていないと心が折れて、足が前にでなくなりそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最後の栄養バーを噛みしめる。
水の残りももうほとんどない。
朝露を集めて飲水として用いるなどのサバイバル技術など、現代日本で生まれ育ったオレはもっていない。
川を発見することもできなかったし、池などもなかった。
あったとしても煮沸消毒せずに生水のまま飲んだら、腹を壊すのは目に見えていただろうけど。
ここ数日、ずっと歩きづめだ。
さすがにウォーキングの域を遥かに超えているため、ずっと足が痛い。
だが、ここで足を止めるわけには行かない。
オレはまだ死にたくないのだから。
必死に足を動かし、目の前にあった小さな丘を越えると、緑の海の中に一本の筋が通っているのが見えた。
それは曲がりくねっているが、明らかに道だ。
そして、その道を一台の幌馬車が走っていることが確認できた。
そのときのオレは狂喜乱舞という言葉が生ぬるいほど嬉しかったのだろう。猛然と走り出していた。
痛む足などすっかり忘れ、転げ落ちるように丘を下り、道へと向かう。
何度も草に足を取られ転倒しても、すぐに起き上がって、喉が裂けんばかりに大きな声で呼びかけながら。
そんな必死の形相で大声をあげながら向かってくる輩を、相手がどう思うかなんて考えずに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お嬢、こいつ丸腰ですぜ」
「おいおい、魔法使いかもしれないだろ」
「杖の一本も持たない魔法使いなんて聞いたことないぜ?」
「発動体は杖だけとは限らんだろ」
「とりあえず、指折っとくか」
目の前で交わされる恐ろしい会話を、オレは腕を上げて跪いた状態で聞いていることしかできなかった。
突きつけられる鈍い光を返す直剣のせいで、思考が恐怖で塗りつぶされてまったくまとまらない。
「待ちなさい」
「お嬢。しかしどうみても怪しいですぜ?」
「魔封じの枷があったはずです。それを使いましょう」
「殺しちまったほうが確実だ」
「あなたたちの職業意識に難癖をつけるつもりはありませんが、私の商人としての勘が告げています。この方は殺してはなりません」
「まあ、お嬢がそういうなら構いやせんが、拘束だけはしっかりさせてもらいやすよ?」
「それはもちろんです。あなたも命が惜しかったら抵抗などしないでくださいね」
どうやらオレはこの場で殺されないで済んだらしい。
お嬢と呼ばれる青銀の髪をした女性に向かって、首がとれるのではないかと思うほど縦に振ることで、抵抗の意思はないことを伝えるのがやっとだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お嬢一行。
ベテルニクス商会の幌馬車に揺られ、オレは何度目になるかわからない安堵の息を吐いていた。
あのあと、三日かけて野盗などの類ではないことを説明し、なんとか一定の理解を得られた。
ただ、オレには身分を証明するものなどがなかったので、魔封じの枷と呼ばれる魔法を封じる拘束具はそのままだ。
魔法。
物語やゲーム、漫画などで出てくる空想上の技術または秘術。
目の前で実際に魔法を行使されるまでは、何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
黒魔術など、今でもそういったオカルトにのめり込む人間がいるように、彼らもそういったものを信じている集団かと思ったのだ。
何せ、彼らの姿は日本人のオレからみれば、どうみてもコスプレ。
しかも年季の入った本気のコスプレ具合だったからだ。
使い込まれた革鎧に、剣や盾。
急所はしっかりと鉄製の防具で固め、歴戦の猛者を思わせる古傷など、本気度がすごい。
だが、それもそのはず。
彼らはコスプレ集団などではなく、本物の武装集団だったのだから。
だが、その手にあるのは鉄製や革で構成された武具ばかり。
銃の一丁も、防弾防刃ジャケットの一着もない。
しかも、彼らが乗っているものは幌馬車だ。
時代錯誤も甚だしい。
今や熱帯のジャングルの奥地の部族ですら、スマホを使う時代だ。
そんな時代に、幌馬車って。
深まる疑問は、彼ら――主にお嬢と呼ばれる女性との会話によってさらに増えていく。
彼女たちはどうみても彫りの深い外国人顔。
だが、喋っているのは日本語なのだ。
そのことに気づいたのは、魔封じの枷以外の拘束を解かれた辺りだったのだが、オレも数日の徒歩移動でだいぶ疲れていたのだから仕方ない。
そして決定的だったのが、やはり魔法だ。
地球のどこを探したって、本物の魔法なんてお目にかかれない。
それをさも当然のように行使している武装集団に、空いた口が塞がらず、オレはアホ面を笑われていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「違う世界……。それが本当なら大変なことですね」
「え、ええ……。私自身どうしたらいいのかさっぱりでして……。ですが、あなたがたに出会えたことは幸運だと思っています。本当にありがとうございます」
「いいんですよ。本当にたまたまです。ですが、私以外でしたら殺されていても不思議ではなかったですから、今後このようなことはないと思いますが、もし遭難したとしてもあのような行動は控えるべきです」
「本当に申し訳ない」
お嬢一行――ベテルニクス商会の次女、オーナ・ベテルニクスは微笑みを絶やさない人当たりのよい少女だ。
明らかに怪しいオレの命を助け、話を聞いてくれる。
最低限の拘束はされたけど。
オーナ嬢を守っている武装集団は、ベテルニクス商会の専属護衛の皆さんだ。
彼らは怪しいオレを迷わず殺すべきだと主張していたが、オーナ嬢の鶴の一声で今やそんな殺伐とした雰囲気は微塵もない。
「ミドー様のお持ちのこの箱……、スマホでしたか。迷宮から産出されるアーティファクトのようにもみえますね」
「アーティファクト、ですか?」
「ええ、太古の遺産ともいわれる不可思議な魔道具です。ですが、その大半は何に使うのか用途不明のものが多く、ほとんどは美術品としての価値のみしかありません。ですが、貴族にコレクターが多く、見つければ物によっては一財産ですね」
「貴族……」
未だに信じられないが、オレ――御堂宗治は地球外の惑星に迷い込んでしまったらしい。
スマホをみせたときの彼女の表情は、明らかに興味津々といった具合だが、それが何なのかまったく理解していなかった。
挙句の果てにはアーティファクトときたもんだ。
「もしよろしければ、私の伝手でこの箱、スマホを売却することが可能ですが、いかがでしょうか。アーティファクトは伝手がなければギルドで買い叩かれるのがオチです。それでもかなりの額にはなりますが」
「そうですね……」
オーナ嬢の提案は非常にありがたい。
ここが別の世界だとすれば、戻れる保証などどこにもない。
スマホに電子マネーが入っているので、ウォーキングの際には財布を持ち歩かないようにしている。
たとえ財布を持っていたとしても、こちらで日本円が使えるとは思えないが。
先立つものがなければ、たとえ街についても食事も住む場所も得られない。
住所不定の人間が得られる職は少ないのだ。
……あ、でもここは日本じゃないのか。どうなんだ?
気に入ったら、評価、ブクマ、よろしくおねがいします。
モチベーションがあがります。