第三話
「また一番はアイツェールさんですって。マナ値の試験。」
「たしかに魔力が高いことはいいことだけど。その使い道が大魔術じゃあ、ねぇ?」
「わたしたち魔力は微力ですけど、繊細な魔法が使えますわ!それにほら、そのほうが魔法使いとしても女の子としてもお上品ですもの。」
この地区の上流階級の子女たちが通う名門学校でチェルシャーに友人が少ないのは、彼女が大地主の娘だからというだけではないのだった。大魔術で高い魔力を見せればお手洗いでこんな陰口をたたかれるのは目に見えていることだが、彼女の生来の負けん気が手抜きすることを許さないのだ。そのため決して成績が悪いわけではないのに、試験の後にはこうして惨めな気持ちを味わうのだった。
「いつか誰も倒せないような強敵を倒して大魔術のすごさを見せつけてやりたいわ…!」
一人ぼっちで帰り道を歩きながらチェルシャーはたくさんの強い敵を蹴散らす自分を想像して自らを元気づけた。
「いつか誰も行ったことのないようなところに勇敢に入って…」
襲い掛かってくる小さな未確認生物-ひとまず兎のような形にでもしておこうかしら-を一気に群れごとふっとばし、次に彼女より一回り大きな生物たち-狼のような感じかしら-の足元を焼き尽くし、いよいよ最後の敵を倒しに森の奥深くへ、というところで彼女の背後に突然、妙な甘い香りが漂った。何かおいしいものかしらと振り返ると全身を黒い布で覆った大柄な男が彼女のすぐ後ろに立っていた。
「誰ですか?!」
不自然なほど迫った距離にいた男のその見た目と香りのつりあわなさに、思わずチェルシャーはすぐに魔法を放てる距離まで後ずさった。
「惜しいなぁ、その力。せっかく大きな力を持っているのにそれを使う機会もなく、まだ自分の限界を知らない哀れな魔法使いよ!私だったら耐えられないがな。」
「なにがいいたいんですか。」
チェルシャーは冷静さを保とうと静かな声で男に尋ねた。
「なんていったっけ。この地区にある深い森があるだろ。あそこに行けばきっと手強い動物やもしかしたら化け物とかもいるのかもなぁ。自分の力を試してみなに知らしめるにはもってこいの場所だとは思わないか?」
「セントリアの森は立ち入り禁止区域ですよ。いままで帰ってこれた人はいないと記憶しています。そんなところに入っていくのは無謀です。」
「怖いのか?」
「なっ!そんなことはありません!わたしは地主の娘として家の信頼を失うような無責任なことはできないと言っているのです!」
見知らぬ人に身分を明かすような真似をしてしまったことに気づいたがもう遅い。
「へぇ。まぁいいや。あの森の中心に虹色の宝石があるって知ってるか?あれ、見つけられたら“本当の愛”を手に入れられるって噂だぞ。」
「そんなことに興味はありません!失礼します。」
チェルシャーは黒い服の男に背を向けると早歩きで立ち去った。つけられては困ると思ってわざと遠回りをしたが、最初の角を家とは反対方向に曲がった時にちらりと確認した時にはすでに男の姿は路地から消えていた。遠回りをしながらチェルシャーはいつの間にか遥瀬のことを考えていた。親が決めた婚約相手であるし、事実彼女は遥瀬のことが好きだ。最初は彼の容姿にひかれていたが時間を共にするにつれその優しさや剣の強さにも魅力を感じるようになっていった。いずれにせよ二人はいつか結婚するだろう。
「でも…遥瀬は私のことをどう思っているのかしら…。」
家の繁栄のためとはいえ、我が家に養子に来たことをどう思っているのか、自分のことを決められた婚約者としか思っていないのかなどと考え始めたらもうチェルシャーの頭の中は遥瀬と虹色の宝石のことでいっぱいになっていた。
家についたチェルシャーは地下にある図書室へ向かった。立ち入り禁止に指定されている森のことなど到底家族には聞くことができないが、113年間この家を支えてきたこの図書室でならなにかしらの情報を見つけることができると考えたのだ。
埃まみれになりながらそれらしい本を探すこと数時間、ケリマーの貿易についての歴史書の後ろに不自然に隠されているような羊皮紙の表紙の本を見つけた。題名はかすれているがかろうじて「セントリア」の文字を識別することができた。
「これだわ!」
チェルシャーは古びて黄ばんだページを破る勢いで本を開いた。
『セン×リアの森、×じて侵すべか×ず。森の中心×色の宝石には繁栄の×××し。男子欲しくば××.....』
「あの森の虹色の宝石には男子の子宝に恵まれる魔法があるってことかしら…。もし、その、私と遥瀬がいつか結婚したとして。い、いつか!きっと子どもができたら…。それは男の子に恵まれたほうがいいに決まっているわ。」
ここ数十年男子に恵まれず婿養子をとったり遥瀬のように養子の兄弟と結婚する形でなんとか血筋をつないできたアイツェール家にとってチェルシャーと遥瀬の間に男子が生まれることは誰もが願っていることだった。
「でも『私たちの間に男の子が欲しいから』なんて遥瀬には絶対に言えない!そうだわ、二人で腕試しをしたいって言えばきっとわかってくれるわ。大魔術の力も見せつけて男子にも恵まれるチャンスを手に入れることができるなんて一石二鳥というやつかしら。早速遥瀬に話をしましょう!」
思い立ったらすぐさま行動に移す彼女は本をしまうことも忘れて地下図書室から走り出て行った。彼女のあわただしい足音の後ろでかの本のページがめくれた。
『女子が続くは××が足りず。森の××に女子の贄をささげよ。その絶望を××げよ。』




