第二話
「遅いですね…」
夜の帳が下り、街を街灯が彩り始めた頃。
朝から書き置きだけを残してダンジョンに向かった遥瀬が一向に戻らない。
心配だから探しに…なんて言ってもこんな時間に、ましてやダンジョンに向かうなんてお許しが出るはずがない。
最悪の場合、立ち入り禁止区域に無断で侵入したとして遥瀬が捕まってしまうかもしれない。
そんなこと、絶対にあってはならない。
自尊心から出た我儘に遥瀬を巻き込んでおいて、遥瀬を見捨てるなんて出来るはずがない。
チェルシャーは屋敷が寝静まった頃、誰にも内緒で一人屋敷を抜け出した。
屋敷からこっそりと抜け出すことは難しくなかった。
今日の見張り番はゴードンというサボり癖のある中年の男だったし、遥瀬と一緒に作った秘密の抜け穴もあった。
舗装もされていない道をただひたすら進み、森の奥深く、ダンジョンの入口付近で足を止めた。
立ち入り禁止の立て看板がひどく色褪せ、その先に続く未知なる世界への恐怖と不安を煽る。
「やっぱり明るい時間に来たらよかったかしら…」
チェルシャーが小声で不安を漏らすと、突如背後からガサッと草木が揺れる音がした。
即座に後ろを向き、臨戦態勢を取るチェルシャー。
心拍数が高まっていくのがわかる。
落ち着け、と心で唱えながら深呼吸を繰り返すも、その鼓動はなり止むことを知らないらしい。
再度、同じ方向からガサガサと草が揺れる音がした。
少しずつ後退し、距離を取る。
チェルシャーのメイン攻撃である魔法は、近すぎると当てにくく、こちらが不利になる。
チェルシャーの攻撃範囲ギリギリの位置まで距離をとり、声をかけた。
「遥瀬、ですか…?」
問いかけに呼応するようにガサガサと草が揺れる。
そしてその背後から、見覚えのある男が姿を現した。
「遥瀬…?」
頭に葉っぱを乗せ、キョトンとした顔でチェルシャーを見ているのは、間違いなく遥瀬だった。
「あれ?チェルシャー?」
「遥瀬!今まで一体どうして…」
チェルシャーは安堵から肩の力を抜いて遥瀬に近寄る。
あと数歩、というところで遥瀬の表情が歪んだ。
「残念、ハズレ」
その声は明らかに遥瀬のそれとは別のものだった。
突如、遥瀬の服を貫いていくつもの触手が伸びてきた。
安心しきっていたチェルシャーは反応が遅れ、その触手に四肢の自由を奪われる。
「ふふふ、ふふふふふふふふ」
遥瀬だったそれはみるみる姿を変え、人間の女性の形を形成した。
「ふふ、遥瀬、遥瀬、そんな人間は、もういない」
その声は人間というにはあまりに冷たく、感情を持たない機械が話しているようだった。
「嫌っ、離して、離してください!」
チェルシャーは触手を解こうと必死に抵抗するが、女の子1人の力ではどうにもならなかった。
それどころか縛る力はだんだん強くなり、チェルシャーの手足の感覚は奪われていった。
「どう?どんな気持ち?」
冷たい声は問いを投げる。
チェルシャーは口を噤んで目を逸らす。
「あっそ」
さらに低く、冷たく、背筋が凍るような声。
その直後、チェルシャーの腹部に激痛が走った。
咳き込むと同時に赤い液体が口から漏れる。
同じ液体が腹部から流れ、地面に滴る。
痛い、怖い、寒い、死にたくない。
負の感情が一気にチェルシャーを襲い、そのまま気を失った。
「あら、もうおしまい?」
抑揚のない声で残念がると触手でチェルシャーを縛り上げたまま、ダンジョンの奥へ奥へと向かっていく。
「彼は希望と快楽を。私は絶望と苦痛を」




