成長のために
生まれて三か月がたった。上質な肌触りのベッドに横になり、天井を見上げている。寝て覚めても状況が変わらないところを見ると確かにこれが現実であると実感する。首を意図的に動かそうとしても反応は少し鈍い。首が座ってないのだろう。自由に動けないのはなんとも歯がゆいが仕方ない。声を出そうと思い単語を行ってみるが、発音が少しし難い。ただ、いきなり赤ん坊が言語を話すのは気持ち悪いと思ったので自重することにした。ベッドの上で情報収集に徹することに決め、侍女らしき女性達の会話や父のような人と母の会話に聞き耳を立てた。言語は日本語に聞こえるが、それが実際日本語であるのか不明だ。転生者にはそう聞こえるだけかも知れないが、何にせよ理解出来るのは有難い。
「あうあっ」
適当に声を出すと側に寄ってきてくれる。
「ライル坊ちゃんおきたんですね〜。はい、
なんですか〜」
「あっあっ」
「あっあっですね〜」
この侍女のエミと呼ばれている。エミは多少はお転婆なところはあるが明るくてよく機転の聞く女性だ。母とも良い関係を築いているようだ。エミは両手に本を抱えている。本を見つめていると閃いた。本なら動けずとも効率よく情報を仕入れることが出来ると考えたが、「その本を読みたいでちゅ」とか声を発するわけにもいかず、ただ、母音とボディランゲージで伝えようと試みる。
俺が本を指さしながら「あ〜」というと、エミも「あ〜」と笑顔で返してくる。かわいすぎてGIFにして永遠見てられそうだが、けど違う。本を読みたいという念を込めながら続けるが、伝わらない。言葉をそのまま発したいが、言えないもどかしさで思わず絶叫した。
「あ゛〜」
「あ〜坊ちゃん泣かないで」
急に大きな声を出したことを泣いたと思ったエミは本をベッド傍に置いてあやしくれたが、俺は本が欲しい。しかし、困った顔をしながらあやしてくれているエミをみて、諦めることにした。
「う〜(すまない)」
今のところはあまり人を困らせるようなことは避けて、手に届く範囲でできることをしていくことにした。屋敷で働いている人達、特にエミは俺の傍によくいる為困らせたくはない。
頭の後ろで手を組み、足を組み、天井をみながらという赤ん坊らしくない姿勢で、今日は今知っている情報を整理することにした。ここはローグゾー市で王都への宿場町として発展したらしく、周辺都市との交易の場となっている。市街は城壁で囲まれていて商業が盛んになっている。古代の石碑が出たことで有名で王都から研究機関が設置されている。周辺の町村から原材料が集まることから加工業が盛んで食品から金属加工品まで様々なものが輸出されている。職人が数多くいることからスミスタウンとも言われている。中でも刀剣の技術は王国一ということだ。
この世界についても聞きかじったが、この世界なんと魔法が使えるらしい。アニメや漫画でしかなかった魔法が使えるかも知れないというのは否が応でも興奮してしまう。ただ、生まれて三ヶ月魔法の「ま」の字も感じたことがないし、見たこともないので確かめたいが確かめる方法も今のとことない。
一日中寝てるだけというのも辛くなってきた。俺は本来ならまだ早過ぎるが、最近首が座らせることができたのでので立ってみたところ多少ふらつくものの立てた。赤ん坊の体のせいなのかベッドのせいなのか踏ん張りが効かないのでベッドから降りて立った。足の裏から伝わる自重の感触が心地良い。周りを見回してみると机の上に本があり、バランス感覚がまだ悪いがベッド沿いの机があるので問題なくよちよちとベッド沿いに歩いた。自分の意思で両足を動かし体全体でバランスを取っているが、すぐによろけて倒れてしまいそうになる。久しぶりの歩く感覚に感動していたところ何か視線を感じた。ドアに目をやると目を見開いた状態で停止しているエミが口をわなわなさせて立っている。どうしたらいいのか分からなくて茫然としていると突然エミが絶叫した。
「ぼぼぼぼっっちゃんがタッテ、たってっ立ってるーーーーー!!!!おくさまーー!!!クラウスさーーー!!」
壁か何かに何回かぶつかる音を立てながら屋敷を走る音が遠くなったと思ったら今度は大勢の足音が聞こえた。今日俺が立って歩いたささやかな宴があった。
翌日から俺は部屋を多少歩くことができるようになった。最初は立ち上がろうとしただけで心配されたが、やがて部屋を一人で歩いても何も言われなくなった。まだ生後四ヵ月弱なので立ち上がるだけでも異常だと思うのだが、しばらくいきなり立ったばかりか歩いている俺に驚愕していたが、屋敷の中のほとんどが俺が歩ける子供としてもう認知しているので助かった。意外と話初めても問題なさそうだが、もう少しの間知らないふりをすることにした。
歩けるようになってから毎日屋敷をよたよたと歩きながら以前よりも多くの話を聞き、屋敷外にも少し連れて行ってもらえるようになった。エミが良く本を持っているのを見るとどこかに書庫とかその類のものがありそうなことが想像できるが、今の俺ではドアノブに手が届かないので自由に部屋に出入りできない。とりあえずドアの傍で待ってことあるごとに部屋からの脱走を試みているがなかなか屋敷に仕える皆さんはしっかりしているので扉を開け放しにしない。素晴らしい従者だと思うが、今の俺にとっては困ったことだ。このまま何もしないでいると脳がとろけてしまいそうな感じがする。前は寝ることができないくらい追い詰められたり、そもそも寝る時間がなかった時もあったが、この世界に来てからというもの話を聞いて、窓の外を見て、寝るの繰り返しで暇すぎて頭がおかしくなりそうだ。赤ん坊がたまに何の前触れもなくぐずる理由が分かるような気がする。人間暇すぎてもいけないのだなと再認識した。
ベッドから降り、最初エミに読んでもらおうと本棚近くでこれ見よがしに本を凝視していると優しいエミが案の定声を掛けてくる。
「ライル坊ちゃん何ですか?本に興味があるんですか?勤勉ですね。」
エミの目をじっと見つめながら上目遣いに本を読んでと頼んだ。
「あー!ああうあ!」
ズキューン!!エミが落ちた。
「ああ、ライル坊ちゃん良いですよ。なんでもしてあげますよ。本読みましょうね。」
しばらく本棚を眺め一冊の本を取り出した。本の表紙には剣と盾を持った勇者らしき人物が描かれていて、エミはソファーに腰掛け俺を膝の上に座らせ本を読み始めた。
「坊ちゃん、この本はこの世界を救ったすごい人のお話なんですよ。坊ちゃんにはこの主人公みたいな勇気のある気高い強くてかっこいい人になってほしいですね。では、はじまりはじまりぃ~。」
驚いたことに識字能力があるらしくこの世界の文字を初めて見たがなぜか読めた。本が読めるのでわざわざ読んでもらわなくても良いのだが、エミは可愛らしい声で感情たっぷりに読んでくれて面白かったからそのまま読んでもらった。この物語はよくある勇者が魔王を倒すという王道ストーリーなのだが、これは史実を元にした話らしく物語に出てくる場所は現在観光名所となっているところもあるようだ。物語を読み終えたエミはまた読んであげますねと言って俺をベッドに横にして寝かしつけたのでおとなしく昼寝たふりをした。エミがそっと部屋の扉を閉めたのを確認した後でベッドから降りて本棚