魔族の城
辺りにはうっすらと霧が立ち込め、そして目の前に広がる深い森の奥に朧気にお城の影が見えている。
(・・・ここは200年経っても相変わらず妖しい雰囲気が漂ってるな~。でも・・・何か前世で来た時と違って気配がおかしいような・・・)
なんとも言えない妙な気配に、私は険しい顔をしながらじっとシルエットだけ見えている城を見つめていた。
(う~ん、これは念のため幻覚の魔法で魔族に見えるようにしておいた方が良さそうだね。一応城の中にまで入る予定だし・・・上級魔族ぐらいに見えるようにしておくか)
そう心の中で決めると、私は自分の周りに闇魔法でベールを纏い幻覚の魔法を掛けたのである。
それでもさらに念のため、マントのフードを被りなるべく顔が出ないようにしたのだ。
そうして私は、目的地でもある城に向かって歩き出したのであった。
しかし森の中を歩き出して暫くすると、私は何か違和感を感じ始めたのである。
(・・・あれ?確かこの辺りって、下級魔族達が住んでいる辺りだったような・・・だけどなんか凄い寂れているみたいだし、ボロボロになってる家が所々にあるけど・・・住んでる気配が無いような・・・)
森の中に点在する家々を怪訝な表情でじっと見つめたのだ。
するとその時、住んでるとは思わなかった家から下級魔族が一人出てきたのである。しかしその様子はどこか少しおかしい。
何故ならその下級魔族は、キョロキョロと周りを警戒しており姿勢を低くしてコソコソと動いていたのだ。
私はその様子に、小首を傾げながら不思議そうに見つめていた。
するとその私の視線に気が付いた下級魔族が、私の方を見て・・・恐怖におののいた表情になり慌てて家の中に入って行ってしまったのである。
(・・・私の顔、そんな恐く見えたの!?一応ベースは私の顔なんだけどな・・・幻覚の魔法で上級魔族に見えるようにしてあるけど、目が魔族の特徴である血のように真っ赤な瞳にしてあるのと、耳が少し尖って見えるようにしてあるだけなんだが・・・)
そのあまりの態度に、密かにちょっとショックを受けていた。
「おい、お前!ここで何をしているんだ!」
「え?」
突然後ろから声を掛けられ、肩をビクッとさせながら恐る恐る後ろを振り向く。
するとそこには、つり上がった目が特徴の武装した上級魔族の男がこちらを怪訝そうに見ながら立っていたのだ。
「え、えっと・・・」
「ん?お前・・・上級魔族だろ?なんでこんな所を彷徨いているんだ?」
「・・・ちょっと用事で外に出てて、今帰って来た所なので・・・でもそれを言うなら、あなたも上級魔族だよね?あなたもなんでここに?」
「ん?俺は下級魔族達が逃げ出さないように見回りしてるに決まってるだろ。それよりも、そろそろ時間だぞ!」
(ん?下級魔族達が逃げ出さないように?何で・・・って・・・)
「へっ?時間?」
「はぁ?何言ってるんだ?俺みたいな見回り以外の上級魔族は、全員謁見の間に集まるように言われてただろ?だからそれに合わせて帰って来たんだよな?」
「あ、ああそうそう!そうだった!!ちょっと用事やっててついその事忘れてしまってたんで・・・」
「おい、しっかりしろよ。もし遅れでもしたら・・・上級魔族でもただじゃすまないぞ」
そう最後の方は声をひそめ、眉間に皺を寄せながらヒソヒソと言ってきた。
私はその様子に、何かこれ以上聞いてはいけない気配を感じ黙って唾をごくりと飲み込みゆっくりと頷いたのである。
「じゃあ遅れないように急げよ」
「ありがとう!」
そうして私はそのただならぬ忠告を受け、急いで城に向かって駆け出したのであった。
城まで到着した私は、前世の記憶を頼りに謁見の間に急いだ。
そして大きな扉をゆっくり開けると、そこには大勢の上級魔族達が集まっていたのである。
私は気が付かれないようにこっそり中に入り、端の方の柱の影に目立たないように立つ事にした。
そうして暫くすると、謁見の間の奥にある数段高い壇上の奥から一人の男が堂々とした足取りで現れたのである。
その男は、燃えるような真っ赤な髪のショートカットに魔族の特徴である深紅の瞳。見た目の年齢は20代前半ぐらい。その背中にはコウモリの羽のような大きく黒い羽が生えており、そしてほぼ人間に近い容姿をしている事から最上級魔族である事が伺い知れた。
しかしその整った顔は、どこか周りの者を見下しているような嫌な笑みを浮かべていたのだ。
そしてその男はなんの躊躇いも無く、壇上に置かれている玉座に堂々と座り足を組んで寛いだのである。
(・・・誰だあれ?)
予想外の男が壇上の奥から出てきて、さらに当たり前のように玉座に座ったものだから、私は目を大きく開けて驚きに固まってしまった。
(え?ゼクスは?ま、まさか・・・もうゼクスもこの世には・・・)
もしかしたら唯一前世の知り合いで会えるかもと期待していただけに、その衝撃の事実に私は思いの外ショックを受けていたのである。
そうして一人落ち込んでいると、壇上のその男の近くにいつの間にか一人の老人が寄り添うように立っている事に気が付いた。
その男は尖った耳に真っ赤な瞳をしており、レンズの小さな眼鏡を掛けボサボサの白髪をしている。
しかしその老人は所々汚れている白衣を着ている事から、まるで研究者のような出で立ちをしていたので、その玉座に座っている男の傍らに立っているのにはとても不自然であったのだ。
(・・・なんだあの男は?)
そう思いじっとその老人を見つめていると、その私の視線に気が付いたのかその老人はチラリと私の方に視線を向けてきたのである。
私はその視線に慌てて柱の影に身を隠し、なんとか見付からないように身を潜めた。
(・・・なんだろう。幻覚の魔法で分からないようにしてあるのに・・・なんとなく嫌な感じがして思わず隠れてしまった)
そのなんとも言えない感じに戸惑いながらも、そっと柱の影からもう一度老人の方を見ると、もう老人はこちらを見ていなかったのでホッと息を吐いたのである。
「皆、時間通りよく集まった。明日もちゃんとこの時間に集まれよ!」
突然そんな声がこの謁見の間中に響き、私は驚きながらその声の主である玉座に座る男を見た。
その男は玉座に深々と座り、肘掛けに肘を置いて手で顔を支えながらニヤリと笑って目だけで周りを見回していたのだ。
するとその時、近くにいた魔族の男が小声で近くの男と話し出した。
「・・・なにがよく集まっただよ。毎日決まった時間に集めて俺達が反逆しないように見張るためだろ」
「だろうな。・・・正直ガザール様のやり方には付いていけないんだよな」
「ああ俺も」
そうコソコソ話している内容から、どうやらあの玉座にいるのはガザールと言う名前だと分かり、さらにあのガザールは強制的に毎日上級魔族達をここに集めているのが分かったのだ。
そしてよくよく周りを見ると、ここに集まっている上級魔族達の様子は其々違っている事に気が付いたのである。
恐怖に怯えた表情でじっとガザールを見ている者、嫌悪感を露にしている者、だが中には崇拝しているかのように興奮した表情でじっとガザールを見つめている者までいた。
(・・・なんだろう、この不思議な状態)
そう思っていたその時、さらにさきほどの男達が話しを続けたのである。
「・・・本当、ガザール様が王になってからここ住みにくくなったよな」
「まあな・・・」
「絶対ゼクス様が王の頃が良かった・・・」
「お、おいお前それは・・・」
「おい、そこのお前・・・今、ゼクスとか言わなかったか?」
地を這うようなとても低い声が聞こえ、そのあまりにも恐ろしい声を発したガザールを恐る恐る見ると、さっきまであった笑みが消え眉間に皺を寄せながらまるで射貫くような目でじっと話していた男を睨み付けていたのだ。
「ひっ!!」
「もう一度言ってみろ。確か・・・俺よりもゼクスが王の頃が良かったとか言ってなかったか?」
「い、いえそれは・・・」
ガザールの鋭い視線を受け、男は全身をガクガクと震えさせながらなんとか言い訳を言おうとしているが言葉が続かないでいる。
そして一緒にいたはずの男はいつの間にか側から離れていなくなり、さらにその男の周りから魔族達が離れて行ってしまった。
すっかり一人目立つような形で立つ事になり、その男はさらに激しく震えだしたのである。
「・・・そうか、お前は俺が王なのが気に入らないんだな。分かった・・・ならばお前は消えろ」
「ギ、ギャァァァァァ!!!」
ガザールがそう言い放ち指を男に向けた瞬間、その指から物凄い早さで闇の玉が男に向かって飛び、その震えていた男にぶつかるとあっという間に男の体は闇の炎に包まれてしまったのだ。
そして男は断末魔の声を上げると、その場に倒れ伏してしまった。
そうして闇の炎が完全に消えた頃には、男の姿は跡形もなく消え去ってしまったのである。
そのあまりにも突然の出来事に、私は為す術もなくただただ呆然と男がいたであろうその場所を見つめていた。
だがそれは周りにいた魔族達も同じようで、皆呆然と同じ場所を見ていたのだ。
しかしその魔族達の中から、ガザールに向かって両手を上げだした者が現れたのである。
「ガ、ガザール様万歳!!」
そうその両手を上げだ男が声高だかに言うと、今度は皆つられたように両手を上げだしガザールを褒め称えだしたのだ。
「ガザール様最高です!!」
「ガザール王!!」
そんな声が謁見の間中に溢れだし、ガザールはその様子に満足気な笑み浮かべたのである。
(・・・恐怖政治)
そのやり方に私は嫌悪感を抱きながら、ガザールに見付からないように柱に身を潜めこの状況を見守ったのだ。
するとその時、ガザールの近くに控えていたあの老人がガザールに何か耳打ちする。
するとガザールは一つ頷き、玉座から立ち上がった。
「よしお前ら!死にたくなかったら絶対ゼクスの名前なんて出すんじゃ無いぞ!では今日は解散!明日も絶対来い!!」
そう言い放つと、ガザールはその老人と共に再び壇上から出ていったのである。
しかし私はその二人の様子がどうも気になり、まだガザールコールが鳴り響く謁見の間から密かに抜け出して、壇上の奥に繋がっている道に向かって急いで走り出したのであった。




