帰還
再びアルカディア王国の城門をくぐり中に入ると、城門近くで不安そうに待っていたリムのお母さんがこちに気が付いて慌てて走り寄ってきた。
「リムーーーー!!」
「か、母ちゃん!!」
リムのお母さんの叫び声に、リムも私の手を離してお母さんの方に走って行ったのだ。
そしてお母さんは駆け寄ってきたリムをぎゅっと抱きしめ、涙をポロポロと流したのである。
「リム、リム!無事で本当に良かった!!」
「ひっく、母ちゃん、心配、掛けてごめん・・・」
「本当に心配したんだよ!何であんな時間に湖なんて行ったの!私は何度も夜は街の外に出たら駄目だよと言ってたでしょ!」
「ご、ごめんなさい・・・でも、どうしてもこれ取ってきたかったんだ・・・」
そう言ってリムは少しお母さんの胸から離れ、懐の中をゴソゴソと探りだしそしてそこから一輪の白い花を取り出した。
「あ・・・潰れちゃってる・・・」
「これは・・・」
「今日、母ちゃんの誕生日だろ?だけど何も贈り物用意出来なくて・・・だから、せめて母ちゃんが好きだと言っていたお花贈ろうと思ったんだ。でも街中探してもどこにも売ってなくて・・・その時この花が街の外の湖の畔に咲いてるの思い出したんだよ」
「リム・・・」
「でもなかなか見付からなくて・・・結局日が暮れるぐらいにやっと一つだけ見付けれたんだ。だけど・・・潰れちゃった・・・ごめんなさい」
「ううん!良いのよ。リムありがとう。お母さんとても嬉しいわ!でも、もう二度とこんな事しないでね。リムに何かあったら、私・・・生きていられないから」
「うん・・・もう絶対しないよ」
そう涙声になりながら、再びリムはお母さんの胸に抱き着き泣き出したのである。
私はその様子を見ながら、本当に良かったと心からホッとしたのであった。
「・・・無事に再会出来て良かったな」
「はい」
二人の様子を見ていた私の横に衛兵のおじさんが立ち、同じようにホッとした表情で二人を見ていたのだ。
「とりあえず、捜索隊で来てくれた兵と魔法使いの方々には帰って貰っといたから。・・・その方が良いんだろ?」
「あ、すみません。助かります・・・」
「まあ、魔法使いの方々に帰って頂くのはちょっと大変だったがな。凄く興味津々な表情で君を見ていたから」
「うっ!・・・本当に助かりました。あ、そうだ!ちょっと聞きたい事があったんです」
「ん?なんだ?」
「魔物についてなんですが・・・何であの魔物達の目は、皆血のように赤い目をしてるんですかね?確か赤い目は魔族だけの特徴だったような・・・」
「さぁ~?私も詳しい事は知らんのだが・・・20年ぐらい前だったかな、あのような魔物が急に現れだしてその時から魔物の目は赤かったらしいぞ」
「20年前から!?・・・私が生まれるより少し前からなんだ。あ、じゃあ魔族はどうなってるんです?」
「魔族?いや、普通にいるぞ。まあ確かに魔物が現れだしてからあまり見掛ける事は少なくなったらしいがな。だが魔物が現れだす前は、魔族が各地で暴れていたから正直どっちでも変わらんな」
「へっ?各地で暴れまわってた?魔族が?」
「ああそうだが・・・何故そんなに驚く?」
私が驚いた表情でいるので、衛兵のおじさんは不思議そうな顔を私に向けてきた。
「いや、だって確か和平条約を結んでるはずじゃ・・・」
「は?和平条約?そんなの100年程昔にとっくに破棄されているぞ?」
「え?破棄!?」
「ああ、まあ私の生まれる前の事だから詳しくは知らんが、どうやら魔族側から一方的に破棄してきたらしい」
その話を聞いて私は、あの魔族達を束ねていた王の顔を思い浮かべたのである。
(あのゼクスがそんな事するとは・・・ん?と言うか、ゼクスは今も存命なんだろうか?ん~なんとなくだけど生きてる気がする)
200年前ですでに数百年生きてるとか言ってたけど、あのゼクスの様子からすると200年なんて問題無さそうな気がしたのだ。
(でもだったら・・・余計あのゼクスがわざわざ和平条約を破棄するとは思えないんだよね。ん~なにかあったんだろうか・・・)
私はそう考えに耽り、暫くじっと地面を見つめたまま動かなかったのである。
「おい君、どうしたんだ?」
「うん、よし!決めた!ここで考えてても埒が明かないし行ってみるか!」
「は?何処に?」
「あ、でももう城門が・・・」
突然の私の発言に驚いている衛兵のおじさんに気が付かず、私は城門の方を振り返り固く閉ざされている城門を見て困った表情になった。
「い、一体何がしたいのか分からんが、もう朝まで城門は開けれないぞ」
「ですよね・・・あ、それによくよく考えたら木刀も壊れてたんだ。さすがに剣無しで行くのは・・・そうだ!おじいさん、どこか良い武器屋紹介してください!」
「は?武器屋?あ、ああそれなら・・・」
「お姉ちゃん!武器屋なら僕のお家おいでよ!」
「え?」
私の剣幕に圧されながらもなんとか教えてくれようとした衛兵のおじさんの声に被るように、突然リムが笑顔で割り込んできたのだ。
「リム君のお家?」
「うんそうだよ!僕の父ちゃん鍛冶師なんだ!」
そうリムは胸を張って自慢気な表情をした。
するとそこに、リムのお母さんも近付いてきて私に向かって深々と頭を下げてきたのである。
「リムから聞きました。あなたが来てくれなければ今頃リムは・・・本当にありがとうございました!」
「いや、べつに大した事はしてないですから・・・」
「いえいえ本当にありがとうございました。それで・・・お礼と言ってはなんですが、是非我が家に来てください。我が家では武器屋も経営してますので、お好みの剣が見付かるかもしれないですよ。そうだわ!もう日も暮れましたし我が家に泊まっていってください」
「え?いや、さすがにそれはご迷惑かと・・・」
「いいえ!迷惑などと思いませんわ!」
「そうだよお姉ちゃん!泊まっていってよ!」
「う~ん、まあ泊まるかは置いといて、とりあえず剣見たいですし行きますね」
「はい!ありがとうございます!あ、そう言えばまだお名前お聞きしてませんでしたわ」
「あ、レティシアって言います。レティって呼んでください」
「レティさんですね。分かりました。では我が家までご案内します」
「レティお姉ちゃん行こ!」
そうして私は衛兵のおじさんに別れの挨拶をしてから、再びリムと手を繋いでリムの家に向かったのであった。
様々なお店が建ち並ぶ中の一軒に私達は入っていく。
そして様々な武器が置かれた店の中を通り、奥にある扉を開けて中に入った。
そこは居住スペースとなっており、どうやらリビングのようである。
「ただいま~!」
そうリムが元気よく中に向かって言った時、奥の部屋から突然ドスンと何か大きな物が落ちたような音が聞こえてきたのだ。
「え?何の音・・・」
「まさか!あなた!!」
リムのお母さんがそう叫ぶと、慌てたようにその音が聞こえた部屋に向かって駆けていく。
そしてリムも遅れてお母さんの後ろを追い掛けて行ったのだ。
私は訳がわからないながらも、二人の後を追ってその部屋の中に入っていった。
するとそこには、ベッドの横の床に倒れ込んで右足を押さえているガタイの良い男の人がいたのだ。
しかしその右足にはしっかりと包帯が巻かれていた。
「あなた!大丈夫!?」
「父ちゃん!!」
「だ、大丈夫だ。それよりもリム・・・無事か?怪我は無いか?」
「うん、大丈夫だよ!どこも怪我無いよ!」
「良かった・・・母さんが血相変えて、お前が街の外に行ってしまったと言って飛び出して行ってしまったからな。俺だって本当は探しに行きたかったんだ。だがこの足で・・・本当に心配で堪らなかったんだぞ!」
「ごめんなさい・・・」
「無事で本当に良かった・・・」
そう言ってリムのお父さんは、包帯の足を引きずりながらリムに近付きその小さな体をぎゅっと抱きしめたのである。
その様子にリムのお母さんは、目に涙を浮かべながらも嬉しそうに微笑んでいたのであった。
しかしこの状況に一人置いてけぼりを食らってしまった私は、どうしたものかと困った表情になりポリポリと指で頬を掻いていたのである。
「あ、あの・・・」
「あら、レティさん!お見苦しい所お見せしてごめんなさいね。あなた、あの方がリムを助けてくださったのよ」
「なんと!あのお嬢さんが!?・・・ゴホン!この度は俺の息子を助けて頂き本当にありがとう。ただこんな格好でお礼を言って申し訳ない」
「いえ、私は気にしないので大丈夫ですよ。それよりもその足どうされたんです?」
「ああこれか・・・俺は鍛冶師をしているんだが、ちょっと鍛冶の作業中に不注意で剣を足に落としてしまって・・・暫く鍛冶が出来ない程の怪我を負ってしまったんだ」
「・・・そして主人の怪我が治るまで私が店番をしていたので、リムが裏口から出ていった事に気が付かなかったのです」
「本当にごめんなさい・・・」
其々三人が申し訳無さそうな顔で落ち込んでしまった。
(なるほど、お母さんがリム君を探しに来てたのにお父さんは居なかった理由がよく分かった)
私は状況を理解し大きく頷くと、ニッコリと三人に向かって微笑んだ。
「すみませんお母さん、ちょっとお父さんをベッドの上まで運ぶの手伝って貰えますか?」
「え?あ、はい」
リムのお母さんは私の言葉に不思議そうな顔をしながらも、私と一緒にリムのお父さんをベッドまで戻し横に寝かせて貰った。
「すみません、ちょっと包帯取らせて貰いますね」
「え?いや、客人にそんな・・・っ!!」
私が包帯を取り出した事に驚いたお父さんは、身を起こして慌てて止めようとしたがやはり痛いのか苦痛の表情で再びベッドに倒れ込む。
「すぐ済みますので、少しだけ我慢してくださいね」
そう言って完全に包帯を取り除くと、そこには痛々しい程大きな切り傷があったのだ。
「うわぁ~これは確かに痛そう・・・それに今動いたから、出血もしてきてるし・・・急いだ方が良いね」
そうして私は、その切り傷に両手をかざし意識を集中させた。
するとすぐに私の手から光が溢れだし、その傷口に降り注いだのである。
するとみるみるうちにその傷口は塞がっていき、そしてとうとう完全に傷口が無くなったのであった。
「ふ~これでもう大丈夫だと思いますよ。だけど抜けた血はさすがに補充出来ないので、それは沢山栄養あるもの食べて補ってくださいね!」
そう言って私はお父さんから離れるが、お父さんもお母さんも唖然とした表情ですっかり綺麗になっている足を見つめていたのである。
しかしリムは一度経験してた事もあり、むしろ自慢気な表情で立っていたのだ。
「お、おお!全く痛くないぞ!!」
「あ、あなた!良かった!!レティさん!息子だけでなく主人まで助けて頂き本当に本当にありがとうございました!!」
「レティさん、俺からもお礼を言わせてくれ!ありがとう!!」
「レティお姉ちゃん!父ちゃんの怪我も治してくれてありがとうね!!」
そうして代わる代わるお礼を言われ、私は照れながらもそのあまりの喜びように若干引いていたのであった。




