佐久間迅
買い物に行っている途中、トラック事故が!
二人とも無事・・・なはずが、迅が倒れてしまい・・・?
「幸い、外傷はありません。状況を説明したいので保護者の方が来たら、お知らせください」
「わかり、ました」
少し年配に見える看護師の女性が、元気のない声で言う。
その看護師に会釈しながら帰るのを見送り、オレは何も言えず病室の方を仰ぎ見た。
迅ちゃんが倒れた。
今実際起こっていることなのに、現実味がないのはどうしてだろう。
あの時と同じだ。兄さんが死んだ時と。
死んでしまったという事実が受け入れられず、どこかで生きてるんじゃないかって意固地になって叫んだことを覚えている。
迅ちゃんはただ気を失っているだけで、今は眠っている。
でももし、彼がいなくなってしまったら?
考えるだけで、ぞっとする。
また、大切な人がいなくなるんじゃないかって……
「瑠夏!」
そこに、聞きなれた声がした。
振り返ると、そこに走ってきた朔也と要がいた。
「迅は?」
「大丈夫、気を失ってるだけ」
「そうなんだ……よかった。何があったの?」
「オレにもよく、わからなくて……」
事故には巻き込まれていない。ただ、見ただけだ。
それなのに迅ちゃんは倒れた。
考えてみれば、オレは彼のことを何も知らない。
もちろん、要やブッキーのことを。
グループとしてやっていくのに、このままでいいのかな?
色々思いながら二人を仰ぎ見ると、彼の後ろに見慣れない女性がいた。
彼女はオレと目が合うと、小さく会釈する。
「その人は?」
「迅の保護者だよ。病院前にいたから、案内してたとこ」
「初めまして。このたびは、ご迷惑をおかけしました。迅ちゃんの母です」
青白い肌と痩せた体は、とてもじゃないが迅ちゃんとは全く似ていなかった。
母と名乗った女性は、もう一度オレを見ると少し驚いたような顔をした。
「あなたはもしかして、朝倉瑠夏君?」
え、オレの名前なんで知ってるの?
そう思ったのは、オレだけでなく残りの二人もだ。
彼女はそっかとつぶやきながら、少し笑った。
「どこかで見たことあると思ったら、やっぱりそうなのね」
「あの……どこかでお会いしましたっけ?」
「いえ、姉が残していった遺品のアルバムに迅ちゃんと三人写っていたものだから」
何を、言っているんだ? 遺品のアルバムに、オレが?
「これに、見覚えある?」
そういって彼女が出したもの―それは、オレがキーホルダーとして付けてあるガラス製のネックレスだった。
青く光るそれは、昔歩美と迅ちゃんと作ったものと全く同じ。
まさか、まさか……
「迅ちゃんは昔、近所で仲が良かった二人の男の子がいたそうなの。名前は、朝倉瑠夏君と大園歩美君」
「ってことは、やっぱり迅ちゃんは……!」
「ええ。あなたの知ってる、幼馴染の迅ちゃんよ」
やっぱり、そうなんだ。
会った瞬間から、迅ちゃんだってわかった。
オレがあの迅ちゃんを、見間違えるはずはない。
でも、オレを覚えてないのはどうして?
「それなら、迅はどうして瑠夏のことを覚えてないんですか?」
「それは……昔に色々あったから……」
「色々?」
「迅ちゃんの両親、幼い頃に亡くなってるの」
え……おばさん達が?
知らなかった、親父から何にも聞かされてなかったから。
迅ちゃん、あんなにお母さん達のこと好きだったのに。
「大型トラックと衝突事故があって。迅ちゃんの両親は即死で、そのショックからか迅ちゃんはそれまでの記憶を失ってしまったの」
「……そっか……だから瑠夏君のこと、忘れてるんだ……」
「私は両親の親族なの。一人になった迅ちゃんを引き取ったんだけど、あの二人が残していった遺品に迅ちゃんの記憶を失うまでの記録も残ってたから。ごめんなさいね、つらい思いさせちゃって」
そっか。だから、迅ちゃんは何も知らなかったんだ。
オレのキーホルダーをみてめまいがしたり、トラックが突っ込んできたときに気絶したのも、記憶がよみがえる前兆だったのかな?
迅ちゃんは、怖かったんだ。
だから記憶を失う形で、両親を亡くしたつらさを紛らわして。
もし全部思い出すことになれば、迅ちゃんはあのつらさまで思い出す。
思い出してほしいと思うのは、わがままなのかもな。
「では迅はなぜ、アイドルをしようとしたのですか?」
「私にもわからないけど、惹かれるものがあったのかしら。グループ活動をするから家にはあんまり帰らないって聞いた時、迅ちゃん言ってた。彼らとアイドルするの、楽しみだって」
『アイドルになって、三人一緒に再会しよう!』
迅ちゃんは、あの時の約束を覚えていてくれたのだろうか。
かすかに残っている記憶の中から、少しでもオレと過ごした時間はあるのだろうか。
なくしてしまった記憶は、もうよみがえることはない。
そういえば、昔のことを聞いた時迅ちゃんはかたくなに話をしなかった。
言い出せなかったのかな、記憶がないんだって。
あのころの迅ちゃんはいなかったとしても、同じ人物には変わりない。
だって、迅ちゃんは迅ちゃんなんだから。
「ありがとうございます、話してくれて。オレ、迅ちゃんの力になれるように、頑張ります」
そういって笑えたのは、嘘じゃないって証拠かもしれない―
*
『じゃあ、今度は迅ちゃんが鬼だよ!』
明るく気楽に言い放たれる、その声―。
顔がぼやけてよくは見えないが、その少年がにっこり笑っているのが分かる。
『ええ!? 僕、鬼なんて無理だよ~』
『鬼に最初にタッチされたの、迅が一番最初だったろ? 文句言うな』
少しお兄さんっぽい別の少年の声が響く。
彼のいじわるっぽい声に、少年は首を振った。
『だって僕、この中で一番足遅いんだよ? 勝てっこないよ』
『うーん、じゃあオレも鬼になったげる!』
『へ?』
『二人で歩美捕まえようよ! そしたら簡単でしょ?』
『ちょっと待て、瑠夏。それは卑怯じゃないか?』
『捕まらなきゃいいことでしょ~。ってことで、いくよ! 迅ちゃん!』
『ま、待ってよ! 瑠夏君!』
うっすらと浮かぶ光景、うやむやに思い出される記憶。
その記憶は、一瞬の光となって消えてゆく―
「迅ちゃん」
夢の中と、同じ呼び方が聞こえる。
この声を、自分は知っている気がする。懐かしくて優しい、温かい声。
ゆっくり目を開けるとそこには瑠夏と要、朔也の三人が自分をのぞき込んでいた。
「おはよ。よく眠れた?」
いつも見ている顔、なのになぜか懐かしいような気がした。
瑠夏の笑みを見ると、いつも不思議な感覚に襲われる。
それが何なのか、彼にはまったくわからなかった。
「体起こして平気か、迅」
「うん、まあ。三人して、どうしたの? なんで、病院なんか……」
「迅ちゃんがいきなり倒れちゃったんだよ~まったく運ぶの大変だったんだから~」
「でも、無事でよかった。みんな、心配してたんだよ」
心配? みんな?
その言葉が妙に引っかかり、胸の奥に何かが詰まったような気がした。
三人は優しく微笑みかけながら、自分に声をかけている。
あの時と、同じだ。
あの二人と一緒にいた時もそうだった。
それが誰で、どこにいるのかはわからない。
ただ迅はそれが嬉しくて、つい顔がほころぶ。
「どうしたの、迅ちゃん?」
「いや、別に……迷惑かけて、ごめんね。それと、ありがとう」
迅の優しい笑顔は、とてもきれいでさわやかなものだった……。
(続く・・・)
だと思ったぁ~~と思った読者のみなさん、正解です。
え! そうなの!? という読者のみなさん‥‥
まんまとはめられたな、ぐへへへ
おっとすみません、なんでもありません
次回、待ちに待った公演をする・・・・かもしれません。