幸福な時間
「今日は特別冷える」
ある男が言った。
「外は−40度だとよ」
受話器の向こうにいる、もう一人の男が答える。
「温度計が寒さでイカれてるんだな」
と、最初の男。
「息と一緒に言葉も凍るってもんだ」
もう一人の男がうけ合う。
「そういえば、隣村の奴が息を凍らせて女に渡して、『その中に好きって言葉が詰まってるんだ。春に2人で聞こう』なんて言ってな。どうやらその女、オチたらしいぜ」
最初の男が言う。
「おめでたい奴らだ」
もう一人の男は、鼻でふんと笑う。
「で、そのあと暖房の効いた部屋にシケこんで、朝になったら氷の溶けたしずくも残ってなかったって話だ」
と、また最初の男。
「気の毒で涙が出るね」
そう言いながらも、もう一人の男は笑いを漏らした。
「こんな話もある。うちの親戚の爺さんはな、言おうか言うまいか、言葉を出し入れしてるうちに言葉が凍って喉に詰まって死んじまったんだ」
そう言って2人の男が大笑いしたあと、沈黙が訪れる。
幾らでも時間はあり、男たちは沈黙を楽しむ。
受話器を片手に、それぞれが手にしたグラスを見つめ、氷がウイスキーに溶ける音に心を澄ませる。
雪に閉ざされた冬の間、男たちは電話で無駄話をして過ごす。
豪雪の重みでたるんだ電話線が居心地のよい沈黙を伝え、沈黙の後ろには暖炉の薪のはぜる音が聞こえる。
言葉のない温かな瞬間が凍ることはない。




