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勇者様、おひまをいただきます。

作者: 千条 悠里

「勇者様、おひまをいただきます」


 そう言って、少女は深々と頭を下げました。

 彼女の前には、呆然とした様子の少年と、彼の傍に付き従う多くの女性達がソファに腰掛けています。

 今日という日まで冒険者の仲間として共に戦ってきた人々ですが、少女の願いが受け入れられたならそれも今日限り。

 外で偶然出会うことはあっても、今のように同じ屋根の下に住むことはきっともうないでしょう。


「え、ええ……!? その、急に何故?」


 戸惑う少年から理由を問われて、少女は頭を下げたまま言葉を返す。



「以前から、考えてはいたのです。しかし魔王関連の事件が終わるまでは言うべきではない、と胸に控えておりました」


「そ、そうなんだ……けどその、理由は?

 もし何かトラブルがあったなら俺が助けに……」



 少年は、困った人を助けずにはいられない優しい人物。

 少女が彼の力になりたい、と冒険者を続けていたのも、少年に命を救われたからだった。魔王討伐の任を国王様より託される程の凄まじい能力で、数多くの人々の窮地を救ってきた英雄。

 『勇者』ヒロト――それが少年の名前でした。



「特に問題が起こったわけではありません。

 問題があるとすれば、私の心なのです」



「こ、心……? ストレスが溜まっているとか?

 それならしばらく休んでもいいから、これからもいっしょに」



「報われない恋に生きるのに、もう疲れたのです」



 はっきりと理由を言うと、少年はまた戸惑うように「ええ!?」と声を乱しました。今度は彼の傍にいる多くの女性達の間にも動揺が走ったようですが、少女はそのまま言葉を続けます。



「貴方に命を救われた日から、お慕いしておりました。モンスターに襲われていた私を颯爽と助け出してくれたあの日のお姿は、今もはっきりと覚えています。

 その恩を返したい、貴方の力になりたい。その思いで戦ってきました。

 

 浅ましくも、あわよくば貴方に愛されたいと……そのように願ったこともあります。ですが今の貴方にはたくさんの仲間がいて、貴方を慕う美しい方々も大勢いらっしゃいます。私ではもう、貴方の迷惑にしかなりません。なのでいつかは仲間からの離脱を、と考えていたのです。

 ですから、もしも魔王討伐の旅で私が生き残ったのなら、それを機会におひまをいただこうと思っておりました」


 心に秘めていた想いを言葉にするにつれて、平静を装う少女の顔に苦悩の感情が浮かびました。離れたくなんてない、自分を愛してほしい、これからも傍にいたい。そう思う一方で、早くここから出て行きたい、二度と会いたくない、関わりたくない。そんなことも思ってしまう。

 相反する想いを恩人に対して抱いてしまう自分という存在に、少女はもう耐えられなかったのです。



「め、迷惑だなんて……! 俺達、仲間だろ? これからもいっしょに……」



「――たくさんの女性に好意を寄せられて困る、と。

 貴方が呟かれているのを聞いたのです」



 その一言にざわついたのは、少年を慕う女性達の方でした。

 少年はというと、急所を貫かれたかのように言葉に詰まり「あ、え……」と意味を成さない声を漏らしています。



「あの言葉を聞いた日、私なりに色々と考えました。好意を抱くことが迷惑になってしまうのなら、貴方への恋慕を消して、ただ貴方の役に立つ人材であり続けることはできるだろうか、と。


 無理、でした。貴方の傍にいる限り、貴方への恋心を消し去ってしまうことはできませんでした。何より……初めての恋を、伝えることもないまま生きていくことに、私は耐えられなかった。だから、私の恋心を伝える日を……この初恋を終わらせる日にしよう、と。そう決意したのです」



 少年にとっては何気ない呟きだったのだろう、とは少女も思います。

 しかし、その頃から少年の傍にはたくさんの女性がいました。

 出会いの形は様々だけど、皆が少年に恋をしていることは、傍目にもよく分かりました。

 彼女達の想いに、鈍感な彼は気付いていないと思っていましたが……気付かないふりをしていただけ、のようでした。

 その事に文句を言うつもりなんて少女にはありません。彼にも色々と思うことがあったのだと思います。


 ですが、自分より余程魅力的な女性達の愛情でも迷惑であるのなら、自分の想いなど報われるとは到底思えません。

 彼の傍にいる女性達の中には、美貌だけでなく社会的の地位も立派な方々がいました。

 その最もたるは、この国のお姫様でしょう。優れた能力に御心も優しく、人々に愛される第一王女様。

 かつては冒険者とお姫様という身分の違いがありましたが、今では少年は世界を救った勇者です。 二人が望むのなら、その恋は多くの人に祝福されたものとなるでしょう。


 それに比べて少女の身分は、今となってはただの孤児でした。

 かつては辺境の村娘として平和に生きていましたが、その村も彼女を残して滅んでいます。勇者にとっては軽く倒せてしまう魔物も、村人達にとっては絶望的な存在です。


 自警団の一員として日々鍛錬を積んでいた兄は、勇敢に立ち向かいながらも真っ先に殺されてしまいました。

 他の村の人々も泣き叫びながら逃げて、あるいは勇気を振り絞って戦いましたが、皆帰らぬ人となりました。

 少女もまた、両親に庇われながら逃げていましたが、やがて逃げ場を失って追い詰められました。


 最後まで少女を守ってくれた両親も魔物に殺されて、少女もまもなく殺される。そんな時に、後の勇者であるヒロトは現れたのです。

 彼はその凄まじい力で魔物の群れをなぎ払い、瞬く間に殲滅してみせました。

 絶望を打ち払い、自分を地獄から救い出してくれた少年のその姿に、少女が恋に落ちたのは、きっと無理からぬことでしょう。


 その後もヒロトは、数多くの冒険を続けて、世界中に希望をもたらしました。

 今や世界中に彼の名声は響き渡り、その名前は幼い子供にも知られています。

 そんな彼を慕う人はそれこそ世界中に存在しています。

 自分など比べるのもおこがましい程に魅力的で、見た目麗しく、英雄に相応しい数多くの美女達が、彼の虜となっています。

 そんな彼女達を差し置いて、自分の恋が成就するとは思えませんでした。



「貴方にとって、あれは何気ない呟きでしかなかったのかもしれません。

 けどあの言葉をきっかけに色々と考えているうちに、気付いてしまったのです。

 私は貴方がいないと困るけど、貴方は私がいなくても困らないって。

 そんな自分では、貴方の恋人になんてとてもなれません。かといってこの想いを胸に秘めたまま、死ぬまで傍にいることは……私には、耐えられないんです」



 少女はそこまで言うと、初めて顔を上げました。

 その顔からは涙が零れ落ちそうになって、悲痛な想いが伝わってくるような、悲しそうな……笑顔でした。

 せめて最後は笑顔で別れたい、と懸命に笑おうとする少女ですが、溢れてくる感情は抑えられませんでした。

 けれど少女は唇をきゅっと噛み締めて、なんとか涙を堪えながら、用意していた荷物を彼の前にある机に並べます。



「今まで冒険者としての活動の中で得た金品を、まとめてあります。

 鞄に入りきらない装備の類は、私に与えていただいた部屋に置いてあります。

 これをお渡しするくらいでは、命を救っていただいたご恩に到底報いることはできないとは思いますが……せめてものけじめとして、お返しいたします」



「……ル、ルクティ……」



ルクティ。それは少女の名前でした。

彼に名前を呼ばれている――以前ならそのことに喜びを感じていましたが、今では辛くなってしまいます。

視線を向けられて、名前を呼ばれたら……それだけでなんだか嬉しくて、もっと傍にいたくなってしまうから。

けれど、そうやって彼に甘えて傍に居続けることが、辛くなってしまったのです。

だから、もう――終わりにしなければ、もっと辛くなってしまうだけだから、と。



「今まで、ありがとうございました。

 大好きでした――どうか、お元気で」



零れそうになる弱音を堪えながら、ルクティはもう一度、深々と頭を下げました。





    〇




「お父さん、お母さん。お兄ちゃん……村の皆、帰ってきたよ」



 数日後、ルクティは故郷の村に帰ってきていました。

 攻め滅ぼされてから廃村となっていた故郷は、荒れ果てていました。

 復興しようにも、魔王との戦争の影響でその余裕がなくて、このように捨てられてしまった村は今では珍しくありません。

 魔王が倒されたことで魔物が消えて、これからようやく復興が始まるところなのです。

 

 それも、王都に近い場所や重要の土地の周辺が優先されるでしょうから、この村のような辺境は後回しにされてしまうでしょう。

 そもそも、復興させる意味がないと国に判断されて放置されることもありえるかもしれません。

 故郷が荒れ果てたままになることを良しとしなかったルクティは、故郷を復興するためにこの村に戻ってきていたのです。

 

 幸い、時間はたくさんあります。勇者の仲間として戦い続けてきた経験があるから、盗賊が現れても身を守る術には多少の自信がありました。

 人手については、魔王討伐隊の一員として働いた報酬として、王家の方より支援をいただける約束になっています。

 故郷に帰ってくるまでの馬車も、同乗した御者や護衛の方々も、これからの復興を助けてくださる貴重な人手となってくれるでしょう。

 

 金銭については、路銀としばらくの生活費として少しばかりいただきましたが、残りは勇者様へお返しした荷物に同封しています。

 できれば魔王の被害に合った方々への募金などに使いたかったのですが、いただいた金品は本来なら勇者様がいなければ得られなかった報酬です。

 路銀と生活費をいただくだけでも心苦しいのに、それ以上のお金をいただくことはルクティには納得できませんでした。

 これからの復興資金や生活費は、地道に働いて稼いでいこうと少女は決意を新たにしました。



「ずっと、離れていてごめんね。これからはまた、この村でいっしょに暮らしていこう」



 出立の日に、勇者様と共に作った家族の墓に手を合わせて、ルクティはこれからの日々を思います。

 たくさんの辛いことがあるでしょう。王都で勇者様と共に暮らしていればしなくてもいいような、大変な苦労が数多くあるでしょう。

 しかし、ルクティの心は晴れやかでした。恋を終わらせた苦しみはまだ消えそうにありませんが、それでもひとつのけじめをつけられたことに満足しています。

 空を見上げれば、青空が澄み渡っています。穏やかな風が頬を撫でていき、その風に乗って大空を飛んでいく鳥達が見えました。

 魔王が現れてからは不穏な黒雲に覆われていた世界も、安穏な青空を取り戻せました。

 自分の心もいつか、この澄んだ空のようになれたらいいなと、ルクティはまだ見ぬ未来に願いました。



「それじゃあ、人を待たせちゃってるから、そろそろ行くね。また来るから……どうか、見守っていて」



 いつまでも墓前にいるわけにもいかず、ルクティは歩を返しました。

 ――頑張って。

 懐かしい声が聞こえた気がして、振り返ります。

 そこにあるのは物言わぬ墓石のはずなのに、今は亡き家族の姿が重なっているように見えて、思わず彼らを呼びそうになりました。

 しかし一際強い風が吹いて、思わず目を瞬いた瞬間、その姿は見えなくなっていました。

 おそらくは感傷に浸る心が見せた、幻だったのでしょう。

 けれど、例え幻でも家族の姿が垣間見えたことに、ルクティは天国の家族が励ましにきてくれたのだと……そう、信じたくなりました。



「……ありがとう。私、これからも頑張って――幸せに、なるからね」



 そう言って、ルクティはとても澄んだ微笑みを浮かべるのでした。







 その後、村はルクティとその協力者達の尽力によって見事に復興を遂げました。

 忙しくも充実した日々を生きる中で、少女は新しい恋に出会います。

 恋人はやがて夫になり、愛して愛されて、やがて子供が生まれて、年月は瞬く間に過ぎ去っていきます。

 子供達も成長して、恋をして。そうしてまた新しい命が生まれて。

 いくつもの朝と夜が繰り返されて、少女は女性になり、やがて老人となりました。

 復興の立役者であるルクティは村長として、年老いてからも働き続けましたが、やがて命の終わりがやってきます。

 彼女はあたたかな部屋の中で、子供に、孫に囲まれて、天寿を全うしました。

 

 勇者の仲間として戦い抜いた彼女には、もっと絢爛な生活も送れたかもしれません。

 勇者の傍に立つ者として、死線を潜り抜けた苦労に見合う贅沢な暮らしができたかもしれません。

 ですが、普通の村娘として生まれて、その村の一員として生涯を生きた彼女の最後の寝顔には。

 穏やかに澄んだ青空のような、安らかな微笑みが浮かんでいたのでした。

登場人物


ルクティ

彼女自身は勇者パーティでは2軍で、装備を返却した時点ではそのまま冒険者として働くのは困難なくらいの実力。けれど装備を整えて仲間を募れば十分現場で通用する。そんな一般人枠。

よくも悪くも村娘。村が滅ぼされずに平和なままなら、冒険者になろうとはせずに、たまに買い物にいく都会での生活にに憧れるけれど結局は村で生活を好んで続けている、みたいな人生を送っていた。


今回の短編は、いわゆるハーレム物のアンチとかざまあ系というわけではなく「ハーレムの一員であり続けること以外にも幸せの形があっていいんじゃないかな」と思って、それをテーマに書いてみました。そのためできるだけ否定的な意見などは文章にしないようにしたつもりですが、作者の実力不足で描写が拙い部分などがあったらすいません(汗)。


勇者ヒロト

いわゆるテンプレチートトリップハーレム勇者様。

鈍感なふりをしている、などがありますが「女の子侍らせてやるぜぐへへ」というタイプではなくて「好意をもたれてるのは分かったけど、誰を選んでも角が立つしどうしよう」とずるずるとハーレムを続けてしまってる優柔不断系の主人公をイメージして書きました。


ルクティとの会話を経て、彼がそれでも流されながらハーレムを続けるのか、「皆幸せにしてみせる。もう女の子を泣かせたりしない」と覚悟完了形ハーレムを目指すのか、一人だけの愛する人を見つけるのか……不幸な結末を迎えるのか。

彼のその後については、読者の方のご想像にお任せしたいと思います。

ただ、ルクティを無理矢理ハーレムに連れ戻そうとするような行動だけはとりませんでした、とだけ。


今回の話では、他のハーレム構成員からの嫌がらせとかそういった面を書いてしまうとハーレム系のアンチ小説になってしまいそうなので、そういった描写を省いてたら、他のヒロイン達がざわざわ騒ぐだけのモブ役で終わってしまいました(汗)。


彼女達がルクティの行動を否定したのか、賛成したのか、ライバルが減ることに喜んだのかなどもまた、読者の方のご想像にお任せさせていただきます。

ただ、ルクティの幸せを邪魔するような真似はしなかった、とだけ。

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― 新着の感想 ―
[一言] たまたまたどり着き、拝見いたしました。 とても気持よく読めました。よい時間をありがとうございました。
[良い点] しっとりとした文体がとても良かったです。
[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 一部一人称に寄っているように感じられる所があり、そこを読んだ時に少し混乱してしまいました。
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