‐
「お前……」
シャルは苦虫を噛み潰したような表情でハロルドをにらむ。
「腹黒いな、相変わらず。とにかく、あいなに気安く話しかけるな。俺の婚約者だぞ」
「君はそんなに狭量な男だったかな?シャル」
「何とでも言え。行くゾ!」
あいなの手を引き、シャルは早足で庭園を抜けた。
珍しく、シャルが言いくるめられていた。しかも、物腰の柔らかい紳士的な美青年に。
「ぷっ」
思い出しただけで、あいなは笑いがもれた。
その後、あいなの部屋に戻った二人はソファーに向かい合って座った。
「アンタがあんなにやり込められるトコ、初めて見た!」
「初めて見たってほど、知り合って長くないだろ」
「言葉のアヤだよ。けど、ハロルドさんいい人だね。あの人もどっかの国の王子様なの?それっぽい衣装着てたし」
「アイツは、バロニクス帝国の第三皇子だ。王位継承権はほぼないに等しい。そのせいかノホホンとして見えるけど、何考えてんのか分からないヤツでな。俺は苦手だ」
「そう?すごい優しそうな人じゃん。アンタのこともさりげなくフォローしてたし。少なくとも、アンタよりは紳士的だし『王子!』って感じがした」
シャルのことを見直したものの、すぐさま態度を変えるのは難しかった。今までの仕返しとばかりに、あいなはハロルドを褒めた。
「……面白くない」
「何が?」
「他の男ばっか褒めて、お前、楽しんでないか?」
「楽しんでるけど、それが何か?」
「お前っ!くぅぅ……」
「あいな様もようやく、シャル様の扱いに慣れたようで安心しました。お茶にしましょう」
執務室で仕事をしているはずのルイスがティーポットを乗せたワゴンを引いてあいな達の元に現れる。シャルはますますムッとした顔になり、「仕事を放り出して盗み聞きか?お前もたいがいだな、ルイス……」と、肩を落とす。
「おや、そのような不躾な真似いたしませんよ。あいな様にお茶をお出しするのも私の仕事。ちなみに、執務室での仕事は、シャル様の分も合わせて全て片付けさせて頂きました。シャル様がどこぞで油を売っているものですから、仕方がありません」
「悪かったよっ。たく……」
一人、庭園に残されたハロルドは、シャルとあいなが出ていった城への入口を見つめ、つぶやく。
「……シャル。君は本当に鈍感だよ。罪深いくらいにね……」
今、ハロルドの瞳には影が差していた。それは、空に広がり始めた雲のせいではない。
「僕が君の恋の伏兵になっても、怒らないでね?って、それは無理な話かな。君はきっと、慌てふためくのだろうね。いや、激昂するのかな?」




