呟く奴(ツイッター)
「えーですから、この例を当てはめてみましょう。えー、二つの素数の出現率を、短形波で描写してみますと、えー……」
白髪の教授があまり口を開かないでくぐもった声を上げながら、大儀そうに白墨を振るっている。
この世のどのような生物が聞いても、退屈しか感じない授業であった。しかも、これがあと四十五分も続くというのだ。堪ったものではない。
集中力を失った生徒たちの雑談が小波のような呟きとなって講堂を満たしている。
だが、それが教授を煩わせることもない。過去五十年、教授がこなしてきたのとと同じペースで授業は淀みなく続いていた。
講堂の中央に荒海幸江は座っていた。その顔には笑みを浮かべている。
授業を楽しんでいるわけではない。一方で、退屈さが彼女を惑わすことはないのだ。
彼女の心のメーターを指す針は、0から動かない。それは、彼女が許したときのみ揺れるものなのだった。
喜ぶべき理由。今は他ならぬ至福のポッキータイムなのである。
退屈な講義とひそひそ声をBGMにポッキーを食べる。これほど心を弾ませることがあろうか。
以前まで、自分で自分にご褒美をあげるべきと厳正に判断した時のみ、ポッキーを食べていた。
今では、ゼミの最中にも、ポッキーを食べることにしている。自分を甘やかしているわけではない。荒海は他人を甘やかさない以上に、自分を甘やかさない人間であった。
決まりは変化したのだ。限られた時にしかポッキーを食べないと言う、硬直したシステムを脱却することに成功したのである。
変化とは柔軟性の証明である。自らの殻を破り、限界を超越するために荒海は柔軟なる強さを追い求めていた。
「ポッキー♪ ポッキー♪」
荒海は、小声で歌いながら赤い箱を開く。
『授業中にポッキー食べ始めたぞ』
『太らないのかな?』
どこか、後ろの方でヒソヒソ声が荒海のことを噂していた。
ほんの一瞬、荒海の手が止まる。だが、すぐにポッキーに意識を戻した。
噂話の呟きに、耳を貸す価値などなかった。
荒海は太らない。太ったことなどないし、これからも太らないだろう。
かかりつけの医者によると、荒海の体は常に精神が鋭敏な状態に保たれていて、極度にカロリーの燃焼効率が高いそうである。血中のアドレナリン濃度が、常人なら致死量のレベルに維持されているのが関係しているのかもしれない。
細かいことは知らないが、とにかく、荒海は望むときにポッキーを食べたところで、体型が変わることなどないのである。
ポッキーを食べ始める前から痩せていたし、これからもそうだろう。
『彼女、お菓子食べても、太らない体質ってことなんじゃない?』
『羨ましいことで……』
『むしろ、彼女痩せすぎだと思うよ。顔は美人だけど、体は痩せすぎだよ』
『痩せすぎだよ。胸とか。あと、胸とか』
呟き声がどこかで言った。荒海の眉間に皺が寄る。
痩せてて何が悪い。この飽食の時代、痩せていることは素晴らしい事実だろう。
荒海はポッキーを抜き取りながら思う。
『貧乳はステータスというわけか』
そうそう。
荒海はポッキーをかじりながら頷く。
『敗者のいいわけだ』
『性的及び生殖的観点から見て、巨乳の方があらゆる面で勝っている。体脂肪が少なすぎることは、育児に問題があると、人間の本能はとらえるのだよ』
『進化論的に巨乳が優れているのは明らかだ』
これは聞き捨てならなかった。
荒海の周囲の気温が一気に十度は下がる。
今の戯言は、誰が言ったのものだ?
荒海は刃物のような視線を、呟き声がした方へ向ける。
間の抜けた顔をこちらに向けている男子生徒がいた。彼は、荒海に睨みつけられて、目を丸くした。
次の瞬間、荒海と目のあった男子は白目を剥いて、ぱたりと倒れた。傍目には、講義中に睡魔に負けて居眠りを始めたように見えることだろう。
だが、違う。荒海の仕業だ。荒海は、眼力で相手を睨み倒したのだ。
さながら、目に見えない刀で、相手に峰打ちを食らわすような攻撃だった。
荒海は昔から、小鳥ぐらいなら、睨んで落とせた。
最近では、鍛錬のおかげか、弱い人間でも倒せるようになっている。
目と目が合いさえすれば、荒海は眼力を発動させて、相手を倒すことができた。
それなのに、まだ、呟き声が聞こえてくる。眼力を食らわせた男子生徒は無関係の人間だったようだ。
声は変わらず、荒海のことをコソコソと噂している。
なぜ、どいつもこいつも呟くのだ。荒海は憮然として思った。
『どいつもこいつも?』
『この呟きは、単一の意志を持って、君に向けているものだよ』
四方から呟き声が応じていた。
『フォロワーは、君一人だ』
『僕らは呟く』
『呟く』
『呟く』
森が笑うかのように、周囲で一斉に呟き声が上がった。
周囲の大勢の人間が、呟やいているように聞こえる。それが、一人の人間によって発っせられているものだと?
荒海の顔が険しくなった。思わず、辺りを見回す。だが、授業に退屈した生徒たちの姿が見えるだけだった。
『僕は呟く者』
呟き声が名乗った。
ツイッター……。聞き覚えのある名だ。同名のネットサービスが存在した。百四十文字の呟きでもって単文をやりとりするものだった。
今日では、ネットとリアルの境が曖昧になってきている。リアルの側に顕現したツイッターが、ネットの機能そのままに、ひそひそ、ぼそぼそ呟いているわけだ。
短い言葉でズバっと核心をつくのは、荒海好みだが、ひそひそ言うのは、全く受け入れられない。
堂々と言ってこそ、伝わるものもあるだろうに。心も籠もらず、一体どこから話しかけているとも分からない呟きで、どうやって意志の疎通ができようか。呟き声でコミュニケーションしようだなんてこと自体、理解できなかった。
『君には理解できない』
『君が理解できるのは、君が理解できることのみ』
呟き声が言った。
呟き声ながら、それと分かる侮蔑の感情がこめられている。百四十文字の短文の中に、ひやりと敵意の刃が忍び込ませてあるのだ。
荒海は鋭い視線で周囲を探る。
「どこだ……? どこにいる?」
『僕はどこにでもいるし、どこにもいないよ』
『探しても無駄だ、幸江ちゃん』
「幸江って呼ぶな」
荒海は呻いた。
お緒くられている。荒海はお緒くられるのが嫌いだった。
まず、荒海幸江は荒海と名字で呼ばれることを好む。周りの人間にもそれを徹底させていた。幸江というのは、平成というより、大正の人間の名前に感じる。とても使う気にならない名前であった。
「コソコソしないで姿を現すがよい、腑抜けめ」
荒海は拳を握りしめ、目をゆっくりと動かし、講堂を探る。
『現代は弱さを好み、惰弱を称える』
『一対一の立ち会いなどと言うのは、時代遅れも甚だしい』
『僕は姿など現さない』
「何が目的だ」
『なに、大したことじゃない』
『君が特定のお菓子をひどく気に入っていると聞いてね』
『だから、お菓子がどういうものか軽く教育してあげようと思ってね』
『レクチャーなう』
呟き声は、ふてぶてしい口調で呟いた。
「何様のつもりだ……貴様」
荒海は、そのオーラを戦闘モードに切り替える。空気中の粒子が震えた。
こうなると、よほど修練を積んだ者を除いて、荒海に面と向かっていて平然としていれる人間はいない。
だが、姿を巧みに隠した敵は余裕の笑い声を呟きに乗せるだけだった。姿が見えないため、荒海の敵意の焦点がかわされているのだ。
『僕の正体が気になるのかい?』
『教えてあげよう』
『僕はお菓子の害悪を伝える、お菓子研究部部員』
お菓子……研究部? そんな集団がいるのは初耳だった。
いろんなサークルや研究部のある大学なので、存在を疑うつもりはない。
だが、お菓子研究部とは気に食わない響きだった。
荒海にとって、お菓子というのは、味わうべきであって、調べるものではないのだ。
お菓子研究部の男は、何を仕掛けてくるつもりなのか。荒海は神経を張ったまま、自然体を保つ。どんな攻撃にも対応できる、無形の構えであった。
何か、お菓子を使った攻撃をしてくるのだろうか。ポッキーよりもおいしそうなお菓子で誘惑してくるとか?
そんな攻撃が効くと思っているのなら、敵は愚かである。
荒海は攻撃に備えながら、愛するポッキーを摘もうと手を伸ばした。だが、手は何も摘むことができなかった。机の上からポッキーの箱は消えていた。
「あれ?」
ポッキーはどこへ行った?
荒海は釈然としない表情を浮かべるが、すぐに気を持ち直して、鞄へと手をやった。
荒海は鞄の中に、常に何箱もポッキーを持ち歩いているのだ。
だが、荒海は、はたと凍り付く。鞄もなくなっていた。
「バカな……?」
荒海は慌てて机の下を探り、椅子の下を覗き込んだ。
ない。鞄は煙のように消え失せてしまった。
いや、鞄はどうでもいい。その中に詰まったポッキーがなくなってしまったのだ。
荒海の顔が、さっと青ざめる。
しまった。ポッキーが尽きた。まずい。
荒海がポッキーにハマってから数ヶ月、肌身離したことのないポッキーは失われてしまった。
血糖値が降下する。それに合わせて偏頭痛が始まる。頭の中が、目の奥が、炙られるように痛みだす。頸動脈に不気味な拍動の癇癪を感じる。全身の筋肉が硬直する。
ポッキーに含まれるエッセンスを体が渇望している。自分に不可欠なものが足りていない。
そう考えると居ても立っても居られなくなる。
ポッキーの欠如が、自分に回復不能の傷害を及ぼしていくのを自覚できる。
『どうした? 何をうろたえているのかな?』
『誰も君に何もしていない。それなのに、その取り乱し様だ』
『それでも、自分のことを強いと思っているのかね?』
呟き声が嘲笑する。
「うるさい! ポッキーは別だ」
荒海はかすれた声を返した。
荒海がの瞳が震え、暑くもないのに額に汗が浮き出て来る。満足に呼吸ができない。
動悸が速まっている。脚で貧乏揺すりしながら、呼吸に専念しようとする。目の焦点が合わなかった。
こんなところにいる場合じゃない。この状態を抜け出さねば。あるべき自分に戻らなければならない。どうにかして。
荒海は、餓えた獣が餌を探す目つきでポッキーを探した。
『ポッキーが落ちていたよ。君にあげよう』
『感謝したまえ』
『進呈なう』
赤いポッキーの箱が机を滑ってくる。荒海は脊髄反射的に箱に飛びついた。
だが、それは普通のポッキーの箱ではなかった。
荒海の目が丸くなる。
ポッキーの赤い箱の表面には、タバコのパッケージのような、警告の表示がでかでかと乗っていた。
『お菓子の食べ過ぎは貴方の健康を損ない、体型を著しく変化させる恐れがあります』
文字の下には写真があった。
人間とは思えない、異形の姿と化した病人の写真であった。
その人間は骨格が消失してしまったのか、スライム状に身体が溶けてしまっているのだ。
お菓子ばかり食べると、脳や骨が溶けるという説がある。この写真の人間は、お菓子を食べ過ぎた者の末路というわけなのだろうか。
『タイで販売されているタバコを見たことあるかな?』
『タバコのパッケージに警告の文句とガン患者の写真を載せて、購入をためらわせようというのだよ』
『それを参考に、お菓子研究部で発案した新時代のパッケージだ』
『おぞましいものだろう? それを見ても変わらず、お菓子を食べることができるのかな?』
呟き声が問いかける。
荒海は不気味なポッキーの箱を掴んだまま、じっと見つめていた。
敵は、ポッキーに対する迷いを抱かせようとしているのだ。
『なに、箱の中身はいつもと変わらないポッキーさ。味わいたまえ』
『こんな脅しに屈しないと言う強さを見せつけてくれよ』
『あるいは、それは果たして強さと呼べるのかな』
『君の目指す強さと、お菓子を食べるという行為は対局に位置すると思っていたんだ』
皮肉たっぷりな呟き声が周囲から降り注ぐ。圧倒されてしまいそうだった。
呟き声ながら、それは耳元で怒鳴られるよりも、よほど確実に心に染み入ってくる。そういう声であった。
声の出所が分かれば、まだ備えることができよう。が、この声の出所は全く分からない。悪夢のようだ。
身を隠す方法も、避ける方法もない。
『君には巨大な自己矛盾が内在しているようだ』
『君は現実の直視を避けている。幻想の鎧に引きこもっている』
『そうまでして強がる必要もないだろう?』
『まことに強い者は強がる必要などないのではないかな』
『でも……君は違う』
『認めてしまってはどうかな?』
『君は弱い』
『あきらめろ』
『あきらめろ、幸江ちゃん』
無数の呟き声が荒海を取り巻き、溺れさせようとしていた。
欲しいものはただ一つだけだった。
欲しいものなど他になかったし、他に何かを欲しいとも思わなかった。
なけなしの力をかき集めて、ポッキーの箱を掴む。肩で息をしながら、ばりばりと、ポッキーの紙の箱をこじ開ける。
ビニールの包装を開こうとする。手に力が入らない。
激情が心の麻痺に打ち勝った。ありったけの闘志をかき集め、姿のない敵に対して、なんとか立ち向かおうと、執拗に足掻いていた。
『おやおや』
包装が開くと、待ちかまえていたようにポッキーの柄が飛び出てきた。
荒海はそれを掴む。そして、勢いよく噛みついた。
一本食べただけで、声高に叫んでいた精神の欠落が消えていった。荒海の瞳に光が戻る。
『健気だな』
『僕の言葉が聞こえなかったのかな』
『あるいは、自己矛盾を抱えて生きる甘ったれた道を選んだのか』
嘲りを込めた呟きが畳み掛けてくる。
荒海は、きっと姿ない敵を睨んだ。
「黙れ! 汚濁も矛盾も私の一部だ!」
荒海は歯を食いしばりながら、吐き捨てる。
他人に何かを言われて、やめるぐらいなら最初から選んでいない。
他人に自分の行動の決定権を売り渡すような惨めな状況に陥るぐらいなら、死んだほうが遙かにマシだった。
弱さが氷解する。荒々しい生の感情が決意へと変わる。意識の中へ染み入ってきていた絶望と敗北を打ち払った。
『お菓子にそこまでの感情を込める奴などいない』
敵は呟いた。
だが、屈しようとしない獲物のしぶとさに驚いているに違いない。
「私はこめる」
自ら選別して、食べると決めたポッキーだ。人生に一度の選択をしたのだ。
そこいらでお菓子を食べている奴らとは、迷った量が違う。想った量が違う。絶対的な覚悟の差がある。
『強情だな。実に強情だ』
『いつまで持ちこたえられるかな?』
『壊しがいがあるというものだ』
『いたぶりなう』
周囲からひそひそ声が響きわたる。
誰が喋っているのか、全く分からない。
いかな荒海といえども、こうも狡猾な敵に打つ手はなかった。
見えないところから、相手の精神を攻撃し続けてくる。究極のアウトレンジ攻撃であった。
荒海が眼力を使って倒せるのは、敵と眼を合わせた時のみなのだ。
いたずらに力を放射しても、敵には効果がない。やがては、荒海の力も尽きる。敵はそれを待つだけでいいのだ。
荒海は、眼を閉じる。
安全な暗がりからチクチクと刺してくる敵に、どう対処すればいいのか。
……手ならある。
敵が隠れることを得意としているのなら、引っ張り出してやればいい。
荒海は立ち上がる。
周囲の生徒達が、授業中に立ち上がる荒海に驚くのが分かる。
手を机に叩きつける。銃を発砲するような音が響きわたった。
居眠りしていた奴から、携帯やゲームボーイをいじっていた奴まで、全ての生徒の目が集まった。荒海は全ての視線を意識する。そして、身のうちに蓄えた気を、円周状に発した。
荒海を注視していた人間は、荒海の気をもろに食らって、昏倒する。
台風になぎ倒される稲穂も同様に、バタバタと生徒が倒れていく。そして、最後に黒板の前の教授が倒れ伏した。
教室は静まりかえる。弱き者は、皆倒れた。
残るは、彼女を攻撃しようという、強い意志を持つ者のみ。
荒海は肩で息をしていた。
力を使いすぎた。視界が歪んでいる。眼球が充血して、ボイルドエッグのような有様になっている。神経にも焼け付くような痛みを感じた。
力を使った代償は払うことになるだろう。
だが、目的は達した。
「お見事……! 形ないものを斬ってこそ達人だ」
教室の端で声がした。
ゆらり、と一人の男子生徒が立ち上がる。手入れのされていない髪の下に、さえない顔つきの男子であった。しまりのない顔に、無精髭を生やしている。ひどく暗い目つきの奴だった。
「貴様か」
「そう。僕だ。対面なう」
彼は言った。当然のように、呟き声で喋っていた。
「僕は松谷。そして、これは僕の試練だ」
松谷は言った。彼の見た目は冴えない。声は弱々しい。にも関わらず、彼からは絶対的な自信が感じられた。
松谷は、じとりとした眼で荒海を見つめ、口を開く。
「スイーツ好きは甘ったるい人間が大半だが、君は明らかにモノが違う。すばらしい素材だよ、幸江ちゃん」
「幸江って呼ぶな」
氷の声音で言いながら、荒海は箱からポッキーを抜く。
真剣を構えたのと同様、空気が張りつめる。触れれば切れるような緊張が充満した。
荒海は半眼になる。彼女の心から一切のノイズが消える。
「どうした、松谷。呟いてみろ」
「楽しい一時だったよ、幸江ちゃん。ごきげんよう」
松谷は荒海の敵意を無視して、背を向ける。
荒海は松谷の背に、ぴたりとポッキーの切っ先を突きつけた。松谷が立ち止まる。
ポッキーを突きつける荒海と、突きつけられた松谷。双方とも微動だにしない。
恐ろしいほどの沈黙と、凛とした緊張が場を支配する。
やがて、ゆっくりと松谷が呟いた。
「形のないものを斬った君だ。形あるものなど……無防備な背中など、つまらなくて斬れないだろう?」
「形あるものも遠慮なく斬るわ」
荒海は即答する。松谷は肩越しに荒海を眺めた。
「僕は呟くだけさ。どうしようもない弱者だ。弱い者いじめなんて下衆の行為、君の行動基準が許さないだろう?」
「残念だったな。私には自分の行動基準を破る力がある」
荒海は、ひどく静かな口調で告げた。
ぞわり、と松谷の全身の毛が逆立つ。その顔から、初めて余裕の色が消えた。
「そして、私は、あんたのやった事だけじゃなくて、あんたの人間性に反吐が出そうだからぶっ飛ばす」
荒海の死刑宣言だった。
「……こいつは参ったな」
松谷はしんどそうに溜息を吐いて、肩をすくめた。
荒海のポッキー牙突が松谷を襲う。ポッキーに込められたのは、途轍もない威力であった。
松谷の身体は冗談のように吹き飛び、講堂の天井で跳ね返ると、壁に叩きつけられた。
校舎そのものが揺れるようなインパクト。そこら銃で窓ガラスが割れ、蛍光灯が火花を散らした。
そんな騒ぎにも関わらず、講義室にいる人間は誰一人として目を覚まさなかった。
もうもうと粉塵の立ちこめる中、荒海は倒した敵を睨んでいた。
瓦礫が転がる音に混じって、微かな呟き声が聞こえた。
『我々お菓子研究部は……我々自身よりお菓子を極めた君を……認めない』
「認めてくれなくていい」
荒海は吐き捨てながら、ポッキーをかじった。
「私は、立ち塞がる者を滅するだけだ」
荒海の顔に凄みのある笑みが上がる。
強者の笑みだった。