園芸部の噂
「あ、せんせー。何してるんですか?」
去っていく清水を見送っていると、今度は男子生徒に声をかけられた。
「谷崎くん、仕事ですか?」
「そ。文化祭は準備期間も含めて何あるかわかんないから、たまに見回りしなきゃいけないんですよ。」
めんどくせー、と笑って言う。
谷崎潤平は風紀委員長を務めている二年生だ。五月の事件で関わって以来、こうしてよく声をかけられるようになった。スポーツ少年らしい爽やかな笑みと高校生らしい均整のとれた体格。そして風紀委員長でも驕らない性格に、女子にも男子にも支持されているようだ。
「あ、それ文化祭のプログラム?見せてください!」
手に持っていたプログラムに気づき、潤平が声を上げる。別に企業秘密でもなんでもないので素直に渡した。
彼はおー、と言いながらパラパラとめくっていたが、部活紹介のページになって手を止めた。
「え?園芸部これだけ?」
やはり同じ反応をした。字数が少なすぎるのだ。かえって目立つのかもしれない。
(もしかしてそれが狙いとか・・・)
そういう考えがちらりと頭をかすめたが、それでは拓哉の遠慮する態度の説明がつかない。やはり違うだろう。
しかし潤平は少し納得したように頷いた。
「でも仕方ないかもな。今、園芸部は評判よくないし。」
「どういうことですか?」
「ほら、樋口の事件の時に植木鉢落とされたじゃないですか。あれ、置いたのは美化委員だけど、提案して用意したの園芸部だから。ただでさえ地味な部活なのに、この上変に目立てないとか思っちゃってるみたいですよ。」
確かにそんなこともあった。一花を退学させようとした前島亜紀が、二年六組の植木鉢を一花の上に落としたのだ。
「でもあれは落とした人が悪いわけで、園芸部には何の非もないでしょう。」
「ニュースでもよくあるじゃないですか。アニメや漫画の模倣した事件が起きたらそのせいにしたり、遊具を間違った使い方して怪我したら、遊具のせいにして撤去したり。それと同じ心理なんじゃないですか?」
「そんな・・・。」
「もちろんそこまで公に避難されてるわけじゃないけど、そういう責任転嫁する奴らはどこにでもいますから。」
バカバカしいとは思いますけどね、と付け加えた。
それで何の罪もない園芸部が肩身の狭い思いをするのはおかしいだろう。
しかし、潤平の言っていることも理解できた。そもそもの問題から目をそらし、重箱の隅をつつくように他者の欠点に目をこらして槍玉に挙げる人物というのは確かにいる。誰かを貶している間は自分が優位に立っていると勘違いして、無粋で無遠慮な正義感を振りかざすのだ。
おそらく今になってそんな噂が立てられるのも、犬飼と前島の件がある程度落ち着いたからなのだろう。人間はいつだってスキャンダルに飢えている。
「せ・ん・ぱ・い?」
考えにふけっていると、後ろから声がかかった。
一花が仁王立ちしている。腕章をつけているところを見ると、彼女も巡回中なのだろう。
潤平は一花の姿を認めると、げ、という顔をした。
「うるさいやつが来た・・・。」
その言葉に一花はますます青筋をたてた。五月の事件中にみた、他者をはねつけるような表情と比べたら、随分と豊かになったものだ。
「何サボっているんですか!巡回中でしょう!・・・て、三島先生?」
「樋口さん、お疲れ様です。」
小首を傾げた一花に会釈して答える。
潤平は制服のポケットに手をつっこんで一花に向き合った。
「サボりじゃねーよ。先生とちょっと世間話してただけだ。」
「それをサボリと言うんです!いいから行きますよ!」
「へーへー。」
「先生すみません、失礼します。」
「はい、頑張ってください。」
潤平を引っ張っていく一花に手を振って見送った。
よく風紀委員の仕事中に二人で組む姿を見るが、なかなかいいコンビのようだ。一花があそこまで言えるということは、ある意味潤平を信頼している証だ。
兄の死を乗り越えて一歩一歩前に進んでいる一花が、少し眩しくみえた。