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園芸部の業績

 文化祭まで一週間を切ると、校内は浮き足立ってきていた。生徒たちは一年に一度の大イベントに興奮を隠しきれないようだ。先程も準備中に走り回って、教師に注意されているのを見たばかりだ。

 それでも作業の手は止まらない。時間はいくらあっても足りないとばかりに、生徒たちは休む暇なく動き回っている。

 そんな中雪春も、生徒会の顧問とは言えないような雑用に追われていた。

「三橋くんはいますか?」

 三年三組の教室に近づき、入口付近に立っている男子生徒に声をかける。男子生徒は不思議そうな顔をしてから、中に呼びかけた。

「三橋ー。先生呼んでんぞー。」

 その声に気がついて一人の生徒がよってきた。

 中肉中背の背格好に大人しそうな容貌。ネクタイを少し緩めて首元のボタンを開けていることでちょっとした遊びを見せているが、それが返って少年を普通の印象にしていた。今時きっちり制服を着ている方が目立つものだ。

 少年は一重のまぶたを瞬かせて、先ほどの少年と同じく不思議そうな顔をしていた。

 それは仕方ない。なんの接点もない音楽教師が訪ねてきたら、こんな顔にもなるだろう。

三橋拓哉みつはしたくやくんですね。園芸部部長の。」

 少年はもう一度目を瞬かせてから「はい。」と言った。

「文化祭のプログラムの件で少しお尋ねしたいことがあって。部活展示の紹介文、これでよろしいんですか?」

 拓哉は雪春の差し出した仮のプログラムを見つめた。

 そこには部活名がずらりと並んで印刷してあり、その下に文化祭の活動内容が記載されている。その中の園芸部の欄を指差して、もう一度尋ねた。

「字数制限がまだ結構残っていますけど、もうこれだけでいいんですか?」

 その言葉でやっと雪春の意図を理解したようだ。今度は少し困ったような表情をした。

 すると拓哉を呼んだままそこにいた生徒が、後ろからプログラムを覗き込む。

「園芸部・・・は?それだけかよ。」

 その内容は“花壇展示”とだけ書かれてあった。他の部活が、行う店の名前や展示のテーマを字数制限ぎりぎりまで使って書いてあるのと比べると、この生徒の反応も仕方ないと言える。

「ほんと園芸部地味だなー。もっとなんかないわけ?こんなんじゃ誰も見ねーし。」

「・・・いや、本当にそれだけだから。」

 拓哉が困ったように笑う。

「なので、それで構いません。」

 今度は雪春に向けて言った。

 言い方は悪いが、感想は少年と同じだったので少し気になっただけだ。そう言われてしまったらそれ以上は言えない。余計なお世話だったかなと納得することにした。

「わかりました。ではこれで決定します。準備中にお邪魔しました。」

 一礼して教室をあとにした。



 園芸部の部員数は中等部も合わせて12名と、ほかの部活に比べると少ない。昔は花壇自体も大したことはなかったそうだ。

 しかし今の園芸部の顧問になってから活動内容は大幅に変わり、校門脇の花壇も花の種類が増えた。今年に着任したばかりの雪春は昔を知らないので比べることはできないが、今の花壇の見事さはわかる。十分に自慢できる出来栄えだろう。だからどうして部長である拓哉があそこまで遠慮がちなのか、雪春にはわからなかった。

(ペチュニア、マリーゴールド、サルビア・・・ユリまであるんですね。)

 一つ一つ説明も加えてあって、丁寧に育てている様子がわかる。花には詳しくないが、簡単な作業ではないだろう。花壇の前に屈んで、しっとりとした土を撫でた。

「花がお好きなんですか?」

 突然かけられた声に振り向くと、作業着を着た男性が立っていた。手には軍手、頭にはタオルを巻いたその姿は、まるで用務員のようだ。

「綺麗でしょう。部員たちが頑張ってくれたんですよ。」

「清水先生・・・。」

 彼が件の園芸部顧問、清水哲也しみずてつやだ。

「見事ですね。」

 簡単な感想だが、気持ちは伝わったようだ。細めの目を更に細めて嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。良かったら声をかけてあげてください。一番綺麗に咲くための肥料は愛ですから。」

 それから「ちょっとクサいですかね」と照れたように頭を掻いた。

 彼は雪春より四歳年上の非常勤講師だ。本来なら部活の顧問をする必要はないのだが、自ら進んで引き受けたと聞く。教員採用試験も毎年受けているようだが、何が原因なのか今のところ一度も受かっていない。しかし彼はそういった陰りは一切見せず、いつも意識高く取り組んでいた。密かに尊敬する職員の一人だ。

「文化祭は取り立てて何かをするつもりはないのですが、部員たちが一生懸命育てた花壇こそ、一番の成果だと言えますので。」

「あの、そのことなんですが・・・。」

「はい?」

 その一番の成果も、プログラムのあの紹介では伝えきれないだろう。清水がそのことを知っているのか聞いてみようかと思った。

 しかし拓哉のあの態度の理由がわからない以上、余計なまねはしない方がいいかもしれない。彼は彼なりに考えがあるのだろう。

「・・・いえ、なんでもありません。」

 清水は首をかしげたが、それ以上は聞いてこなかった。 


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