ジンクスの効果
最終回です。二話続けて更新しています。最新話から来られた方は、前話からお読みください。
“まもなく、キャンプファイヤーを始めます。校舎に残っている生徒は、グラウンドに集合してください。繰り返します・・・”
17時を告げる鐘がなった後、その放送が校内に流れるのが外にも聞こえてきた。いつの間にかそんな時間になっていたようだ。
「先生、急がないと遅れますよ。」
夏目は雪春の手を取ると、グラウンドに向かって歩き出した。
キャンプファイヤーは学園の生徒のみだ。歩いてまもなく、帰り始める一般客たちの集団にぶつかった。
それを夏目に引っ張られながら避けていると、一つ疑問が頭をよぎった。
「そういえば、よくヴィヴァルディが赤い司祭と呼ばれていたことを知っていましたね。」
調べればわかることではあるが、それなりに音楽の勉強をする人でなければ知り得ない情報だ。誰かに聞いたのだろうか。
しかし夏目は前を見たまま答えた。
「先生がよく読んでいた本に載っていたんです。」
「え?」
「音楽史の本。昔からよく読んでいたでしょう?」
確かに雪春は分厚い音楽史の本を読みながら音楽を聞くのが唯一の趣味だった。それこそ中学生ぐらいの時からだろうか。
「それって――・・・。」
「好きな人が楽しそうに読んでいる本を、僕も読んでみたいと思ったんですよ。」
あまりに綺麗な笑顔で言われて、雪春は二の句が告げなかった。
「あ、もう点火されるみたいですよ。」
夏目の声につられて見ると、確かに火を灯すところだった。井桁に組まれた薪を全校生徒たちが囲み、今か今かと待ち構えている。
輪の後ろについて目を配ると、朔太郎と龍之介がなにやら言い合いしているのが見えた。あの様子だと仲直りできたのかどうかわかりにくいが、険悪なムードではないので大丈夫だろう。隣では賢仁と亮太が静かに薪を見つめている。腕章をつけた一花と潤平もいた。おそらく、校内に残っている生徒はいないか見回りしてから来たのだろう。
そういえば幸太郎はどこに行ったのだろうと探そうとした時、夏目が隣で呟いた。
「これで、僕の愛も報われますね。」
言葉の意味がわからなくて夏目を見ると、彼はにやりと笑いながら手に力を込めた。そこで雪春はまだ手を離していないことに気がついた。
“キャンプファイヤーに点火するとき、好きな人の体に触れていたら恋が叶うらしいわよ!”
ふいに朔太郎の言葉が脳裏に蘇る。
「―――っ!」
「無駄です。」
慌てて手を振り払おうとした雪春を予想していたのか、指を絡めるように握られてしまった。
「は、離してくださ「嫌です。」
一言で切り捨てられる。
こんなところを誰かに見られてしまったら何を言われるかわからない。輪の後ろにいるので、キャンプファイヤーに注目する生徒たちが気づくことはないだろうが、それでも万が一ということもある。
しかし雪春がもう一度手を払おうと引っ張ると、逆に引き寄せられた。そして夏目はつないだ手を持ち上げ、あろうことかそのまま雪春の手に唇を押し当てた。
「離しません。」
愛おしそうに、そして追い詰めるように呟く。
手の甲に感じる唇の感触と熱が込められた瞳に、雪春は頭が真っ白になった。
火の光に照らされた夏目の顔が、今まで見た夏目のどの表情とも違うように見える。キャンプファイヤーを囲んで歓声を上げる生徒たちが遠くに感じた。
夏目は口を開けた状態で固まった雪春にくすりと笑うと、手の甲を親指でゆっくりと撫でた。自分の手との大きさの違いに、何故か横から頭を殴られたような衝撃を受ける。
「今はこれだけで勘弁してあげます。」
「は、え?い、今はって・・・。」
「覚悟しておいてくださいね?」
吐息が頬を優しく撫でて背筋がぞくりとする。その黒い瞳に映っているのが確かに自分だと確認すると、言い逃れる言葉も浮かばない。夏目は無表情で混乱する雪春に顔を近づけたまま、くすり、と薄く笑った。
「――逃がす気はありませんから。」
それは高校生がする表情じゃないとか、覚悟ってなんだとか、色々と言わなければいけないことがあったが、雪春は声を出すことができなかった。
とりあえず自分がやらなくてはいけないことは。
(幸太郎に、護身術を習わなければ・・・!)
このままではまずいことになると、身の危険を感じて震えた。
幸太郎はそんな二人を、遠くからじっと見つめていた。
その視線に込められた想いには、誰も気づくことがなかった。
これで第二部の終了です。ここまでお読みいただきありがとうございました。恋愛はあまり進みませんでした・・・。夏目がセクハラしたぐらいです。すみません。話の都合上、夏目をあまり出せなかったので。
第三部を始める前に、スピンオフ作品を投稿します。「あしたへ贈る歌」内では割と不憫な彼がメインです。時系列で言えば「あしたへ贈る歌3」の前の夏休みのお話で、雪春や夏目もちらりと出ます。幸太郎は他の人に見えないので出てきません。空気です(笑)「君へ贈る歌」というタイトルですのでよろしくお願いします。全13話の短めのお話です。
これまで家族愛、友情、師弟愛?ときて、第三部は恋愛がテーマです。夏目の過去話や雪春と幸太郎の関係にも少し変化があります。少しラブコメちっくな雰囲気になりそう。もしかしたら内容的にR-15をつけるかもしれません。このまま夏目のセクハラがエスカレートしたら、いつか月光サイトに行きそうですね(笑)
それでは、スピンオフと第三部でもお会いできることを楽しみにしております!