幸太郎の願い
二話更新しています。
最新話から来られた方は前話からお読みください。
音楽室には誰もいなかった。犯人がいるところというわけでもなかったのだろうか。
しかし朔太郎もここまで来たら幸太郎の言葉に賭ける気になったのか、大人しく探し始めた。
並ぶ机の中を一つ一つ探し、個人レッスン室の前のギター保管庫の中も覗く。こうしてみると音楽室も意外に広い。
そして最後に教壇に立ったとき“雪春はいつもこの風景を見ているんだなぁ”と感慨深くなった。そして、そんな雪春を自分は見つめているのだと。
この小さな体で教室を見渡して、眠りかける生徒がいたら突然ショパンのスケルツォ二番の出だしを弾いてみたりとか。激しい旋律に目を覚ました生徒に「すみません。ここまでしか弾けないんです」と無表情で謝ってみたりとか。好きな曲を説明する時、少しだけトーンが上がる声も、緊張している時、しゃべりだす前に一度下唇を噛む癖も、驚いたとき、無表情で目を二回瞬かせるのも、幸太郎はこの二ヶ月ずっと見ていた。
雪春が昔どうだったか知らない。しかし、今の雪春は一番よく知っている自信がある。
美咲が言うように、自分のことを構わずにいるところは確かにある。しかし逆に言えば、そういう相手が目の前にいる限り雪春は足を止めないだろう。一花の時のように悩んで、悲しんで、そして最後に得たものは、きっと雪春の中に積もっていく。たしかに面倒くさい性格だと思うし、膝を折りたくなるようなこともあるだろう。
それでもいつか、裸足で茨の道を歩く彼女をそっと抱き上げてくれる人物が現れてくれればいい。幸太郎はそう願う。
自分がずっとそばにいることはできないのだから。
「あったわ!宝!」
朔太郎の声に目をやると、観賞用のCDがしまわれている棚の中に、宝石箱のようなものが置いてあった。
「リストではオルゴールって書いてあるわね。」
「他には何も置かれていなかったのか?」
「ちょっと待って・・・あ!」
蓋を開けると、また同じ暗号カードが入っていた。
“congratulation!よくここまでたどり着いたね。君たちにはトレジャーハンターの称号を与えよう。最後に私から一つだけ問題だ。『忘れられた曲を奏でよ』さあわかるかな?健闘を祈る!”
「最後の最後までよくわからないやつね・・・。」
朔太郎が呆れたようにぼやく。
しかし幸太郎はまさかという思いに駆られていた。朔太郎のオルゴール曲のことを言っているようにしか思えない。ただ単になぞかけということもありえるが、あまりにもタイミングが良すぎる。
一体この泥棒は何を考えているのだろう。本当にただの愉快犯なのだろうか。
(幸太郎。ごめんなさい。)
考えを巡らす幸太郎の心に、再び雪春の声が届いた。
なんのことだと問う前に、中心からぐいっと押しやられる感覚がした。