魔王の陰謀
生徒会執行部――第二次世界大戦後の連合国軍最高司令官総司令部による民主主義定着政策の一つとして、学校における生徒の自主活動を推進され設けられた。教員の適切な指導のもとに学校生活の充実や改善向上を図る活動、学校行事への協力に関する活動、ボランティア活動などを行う――Wikipediaより抜粋。
つまりは学校における中心的組織であり、またその顧問も重要な役割である。従って普通は年数のたったベテラン教師が受け持つ。少なくとも、着任して一年も満たない新米教師が担うものではない。
はずなのだが。
「ようこそ生徒会執行部へ。お待ちしてましたよ、三島先生。」
「・・・そうですか。」
その普通でないことをしでかした張本人である男子生徒は、胡散臭いほどの笑顔で雪春を迎えた。
鼻筋の通った端正な顔立ちに切れ長の涼やかな瞳。窓から差し込む光を背に悠然と座る様は、まるで世界を掌握する王のようであった。
(王は王でも、きっと魔王に違いない。)
心の中でそっと付け足す。
きっと、いや、絶対意見が覆ることはないだろうが、一応尋ねた。
「どうして私が生徒会の顧問なんですか。」
彼は組んだ両手に顎をのせて微笑んだ。
「本来なら五月の時点でお願いしようとは思っていたんですよ?ですが松枝先生と綾倉先生に止められていまして。それでこんなに遅くなってしまったんです。」
すみません、と申し訳なさそうな顔で謝られて、雪春はどん引いた。
どうしよう。話が通じない。
松枝に聞いたところによると、今まで生徒会には固定の顧問がおらず、どうしても大人が必要な場面には松枝が臨時で付き添っていたらしい。それが今年度になって顧問に望んだのが雪春だったので、松枝と綾倉が反対していたそうだ。今回の突然の辞令にも松枝が講義しに生徒会室へ来たそうだが、先ほどの反応を見る限りうまくいかなかったのだろう。
「・・・松枝先生にはなんて言ったんですか。」
「いえ、特には。ただ松枝先生には好きな方がいらっしゃると小耳に挟んだので、ご協力しましょうか?と提案してみただけです。そしたら顔を青くして退室されました。」
どうしたんでしょうね、と一片の曇りもない爽やかな笑顔で言われ、雪春はいよいよ気が遠くなった。
松枝は昔から同期の綾倉が好きらしいが、本人には全く気付かれていない。
それを暗にバラすと言われた上、綾倉にあそこまで罵倒されてしまったことを考えると不憫でならない。
雪春は心の中で松枝に合掌した。
「相変わらずおもしろいなー、こいつ。」
幸太郎が後ろでニコニコと笑う。相変わらずの能天気さだ。
すると彼が笑顔の温度を下げた。
「僕がお呼びしたのは三島先生お一人なんですけどね。」
その目は雪春の隣に立っている幸太郎を見据えていた。
この男子生徒――生徒会長・夏目綜一郎は、雪春以外に幸太郎が見える唯一の人物であった。
一花が狙われていることを知って戸惑うばかりだった雪春たちの前に颯爽と現れて、その類まれな行動力と推察力、そしてこれが一番よくわからないのだが、呪術(家が陰陽師の家系らしい)を使って事件を解決まで導いた。
それから何故か音楽準備室に入り浸るようになり、諸事情もあって極力二人きりにはならないように気を付けていたのだが。
(まさかこんな手段に出るとは・・・)
雪春は深々とため息を吐いた。
すると同じタイミングでため息を吐く音が聞こえた。顔を上げると、実はずっと夏目の横に立っていた副会長・宮下賢仁と目があった。
相変わらず人生の機微を知り尽くしているような達観した目だ。ただの諦観かもしれないが。
賢仁は夏目の代わりに謝った。
「突然こんなことを頼んでしまってすみません。・・・言いだしたら聞かないので。」
それは、すごくわかる。
雪春は海よりも深く納得した。
「顧問といっても文化祭の準備を手伝っていただくだけで大丈夫です。一応期間も文化祭が終わるまでで結構ですので。」
どうかよろしくお願いします、と賢仁は深々と頭を下げた。
二葉亭学園は、二週間後に文化祭を控えていた。中等部との合同で、規模もそれなりに大きい。生徒会は文化祭実行委員を束ねなければいけないので、これから特に、それこそ猫の手ならぬ新米教師の手も借りたい程忙しくなるだろう。
そこまでされて断るほど雪春も子供ではない。それに期間限定なら自分にも手伝えるだろう。雪春はそう思い直して了承することにした。
「わかりました。それまででしたら、できる限りのことはお手伝いします。」
その言葉に賢仁はほっとした表情をみせる。同時に夏目も機嫌を直したように微笑んだ。
「まぁ、なし崩しに顧問を続けてもらうつもりですけどね。」
この生徒会長は、あえて空気を読まないというか、マイペースというか、つまり天上天下唯我独尊を地で行くような人物であり、五月に数日間一緒に行動しただけでそれが痛いほどわかった。
ずっと行動を共にしなければならない賢仁はもっと大変だろう。
再び二つのため息が生徒会室に漏れた。
それはブラームス交響曲第四番にも負けない、深いため息だった。
①「ブラームス交響曲第四番」・・・メロディーが「ため息のモチーフ」と言われています。モーツァルトの交響曲第四十番では音程を二度下げて使っているこのモチーフを、ブラームスは三度下げることによってより深いため息を表現しています。