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秘密の花園

 宝探しを再開したとたん、次の宝の場所が放送されてしまった。ファッションショー中に見つけた人物がいたのだろう。

 場所は学園の敷地内の南東奥に位置する広場だった。

「でもあそこって“秘密”かもしれないけど“花園”ではないわよね。」

 朔太郎が首を傾げる。

 次の暗号は“秘密の花園”だった。

 広場は校舎からも食堂からも離れているため、利用者はほぼいない。一つだけポツンと東屋が設置してあったが、周りに何もなさすぎて、返って淋しい空気を作り出すのに一役買っていた。たしかに花園という言葉は似合わないかもしれない。しかし広場に出ると、それは撤回しなければいけなくなった。

「う、わ・・・」

「すごいなこれは・・・。」

 そこには、バラの花が栽培されていたのだ。大きさはさほどではないが、東屋を囲むように植えられた色とりどりの薔薇はどれも見事だった。東屋に誘引している蔓薔薇つるばらもまだ完全に咲き誇ってはいないものの、優美な雰囲気を醸し出している。

「なるほどねー。これなら秘密の花園っていうのも頷けるわ。私全く知らなかったもの。」

 おそらく他の生徒も知らなかったのだろう。放送を聞きつけてやってきた宝探しの参加者たちも感心したように鑑賞している。東屋に入り込んで写真撮影しているものもいた。

「これは・・・」

 後ろから呆然としたような声が聞こえて振り向くと、先ほど講話をした清水教授がいた。

「これも、清水先生がされたんですよ。」

 校長が隣で説明をしている。おそらく来賓として宝探しに強制参加させられたのだろう。やはり夏目の提案に逆らえなかったようだ。

 すると二人に近づく人物がいた。園芸部顧問の清水だ。

「父さん。」

 その言葉に、二人が親子だということを悟る。そういえば苗字が同じだ。

「哲也・・・。お前のやりたいことってこれのことか。」

 清水教授が清水の姿を認めて声をかける。そのどこか寂しそうな姿に、清水は力強くうなづいた。

「父さん、大学で父さんと一緒に研究したい気持ちももちろんあるよ。でも、僕は父さんに教えてもらった園芸の楽しさを、生徒たちに教えていきたいんだ。ここは僕と父さんの母校じゃないか。」

 清水は一歩前に踏み出す。

「いつか二葉大学の農学部に、未来の研究者となる人が増えるような手助けをしたいんだ。」

 何度採用試験に落ちても諦めなかった理由はそれだったのか。次の試験に受からなければ講師もやめなければいけないという条件をつけられたからこそ、清水は自分の意思を知って欲しかったのだろう。そしてその上で見極めてもらおうと。

 清水教授はしばらく押し黙って東屋を見た。清水は思いを伝えるように真剣な眼差しで父親の後ろ姿を見つめる。

 あまりにも長い沈黙に、見ている幸太郎も伝わらないかと落胆しかけた頃、清水教授がポツリと言った。

「・・・追肥はすんでいるのか?」

 幸太郎にはわからない単語だったが、清水はぱあっと顔を明るくして頷いた。

「もちろん!九月になったら剪定せんていもするつもりだよ。」

 どうやら栽培に関する言葉だったようだ。そのまま東屋に近づいてなにやら議論を始めた。あの様子ならきっと大丈夫だろう。

 幸太郎が安堵の息を吐くと、同時に後ろから息を吐く音が聞こえた。園芸部部長の拓哉が、幸太郎以上に安堵の表情を浮かべていた。

「三橋――・・・」

「思い出したわ!!」

 唐突に朔太郎が声をあげてびくりとする。彼は目を輝かせて身を乗り出してきた。

「歌よ、歌!そういえば薔薇の歌だったわ!」

「薔薇の歌?」

 そういえば、朔太郎のオルゴールの曲名を思い出すという作業もあったのだった。幸太郎は音楽に詳しくないのですっかり忘れていた。

 しかし、バラの歌と言えば一つだけ知っている曲がある。

「もしかして、シューベルトの“野ばら”か?」

 ドイツ歌曲をたくさん世に送り出したシューベルトの有名な歌曲の一つ「野ばら」。歌詞は知らないが、メロディはよく聞くので覚えている。

 しかし歌ってみても、朔太郎は首をひねっただけだった。

「違うわねー。そんなのじゃなかったわ。第一シューベルトの名前ぐらいは私も知っているもの。」

 たしかに幸太郎が知っているぐらいだから朔太郎も知っているだろう。しかしそれ以外に知っている曲はない。こういう時、雪春なら色んな歌を思いつくに違いないのに。

 美咲の名前を囁いた以外、雪春はずっと息を潜めている。気配は感じるのに、なんだか雪春が遠くなった気がしていた。

(声が聞きたい)

 あの静かで透明な声で名前を呼ばれるのが、幸太郎は好きなのだ。

「あ、そうそう。今日は私と龍ちゃんの小さいころの写真を持ってきたのよ。」

 朔太郎は胸ポケットから生徒手帳を出し、その間に挟んであった写真を幸太郎に見せた。

「龍ちゃんは恥ずかしがってなかなか写真を撮らせてくれなかったから、この一枚しかないんだけど。」

「へぇー。」

 渡された写真に視線をやり、幸太郎は目を見開いた。

「これって・・・。」


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