愛人のつぶやき
今日は二話更新しています。
最新話からこられた方は前話からお読みください。
一花は楽屋から出て雪春たちの集団を見つけた。どうやら見に来てくれていたようだ。
思わず笑顔になってそちらへ足を一歩踏み出した。
「一花。」
多分に艶を含んだ声。嫌になるほど聞き覚えがあって、心の底から嫌悪感を抱いているそれに、一花は気分が一気に降下した。
振り向くと案の定、母親の浮気相手が立っていた。今日も外国製のスーツに身を包み、雑誌の表紙でも飾れそうな綺麗な笑顔を浮かべている。それでもホストのように見えないのは漂う品の良さのおかげであろうか。
気づかなかったふりをして立ち去りたかったが、思い切り目が合ってしまったために一花は渋々立ち止まった。
「なんであなたがここに・・・。母なら来ていませんけど。」
険を含んだ声に、男はくすりと艶やかに笑う。
「お前なんか勘違いしてない?俺は別にお前のお母さんとは何もないよ。」
「そうですか。」
別に興味ない。一花にとって、この男がカンに障ることには変わりない。賛辞に冷たく応対しても男は気にした様子もなく、笑みを深めた。
「それより二位おめでとう。やるな。」
「別に、たまたまです。」
雪春に言われたら嬉しいこの言葉も、今となっては神経を逆なでする効果しかない。
一番に三島先生に言われたかったのに、と一花は理不尽な怒りを覚えた。
「ところで、三島先生と一緒にいる男は誰だ?」
「え?夏目先輩ですか?」
突然考えていた名前が出てきて、思わず素直に答えてしまう。すると男はふうんと言いながら夏目を眺めた。
「・・・雪春は一人ぼっちでいてくれると思っていたんだけどなぁ。」
「え?」
言葉は聞き取れなかったが、なんだか不穏な空気を感じて訊き返す。しかし彼はそれには答えず薄く笑っただけだった。
「いや、なんでもない。じゃーな。」
男は手を振って、あっさりと会場から出て行った。
今日は何だかよく雪春と夏目のことを聞かれる日だ。
「ねぇ一花ちゃん!今の人誰!?」
「めっちゃイケメン!知り合い?」
男が去っていくと同時に友人たちが駆け寄ってくる。
それを聞く前にお疲れとか何とか言うことはないのか、と思わなくもなかったが、変な誤解されるのも嫌なのではっきり答えてやった。
「別に、全く知らない赤の他人です。」
「えー?そんな風には見えなかったよ?」
そりゃあそうだろう。しかし母親の浮気相手(仮)ですとは言えない。一花は不満そうな友人たちの声を聞き流した。そして同時に疑問も浮かび上がってくる。
(そういえば、なんで三島先生のこと知っているんだろう?)
聞こうにも、男の姿はもう見えなかった。