不吉な予感
職員室のドアを開けると、涼しい風が肌を撫でた。
クーラーがあるのとないのとではこんなに違うのか。先程までの気温に慣れかけていた自分が信じられないぐらい、職員室は涼しかった。
(やっぱり音楽室にも欲しい・・・)
楽器の管理があるので本来なら空調がついている方がいいのだが、ギターを並べて保管している廊下は比較的風通しがいいので必要ない、と言われているのだ。
雪春は今までの分も満喫しようと少しの間入口で深呼吸した。
脳内でハイドンのオラトリオを流しながら目を閉じて涼むことしばし。
(ん・・・?)
なにやら見られているような気がする。
閉じていた目を開いて周りを見ると、思わず一歩下がってしまった。
職員室中の教師たちが雪春を見つめていたのだ。
もしかしてそんなに変な行動だったろうか。ラジオ体操の深呼吸をしたわけではないのだから、別に目立たないはずだが。
(でも、視線がなんていうか・・・)
雪春は内心首を傾げた。
変なものを見るというより、その視線は―――憐れみ?
「三島先生!」
その意味を考えあぐねていると、部屋の奥から二人の教師が近寄ってきた。
どちらも同じ一学年担当の松枝清隆と綾倉聡美だった。着任当初から色々とお世話になっている人たちだ。基本無表情な雪春に懲りずに相手をしてくれる、優しい人たちでもある。
しかしいつもはすぎるぐらい元気のいい二人が、今日はなんだか浮かない顔をしていた。
「どうかしたんですか?」
そう尋ねると、松枝が勢いよく頭を下げた。
「すまん!三島先生!守りきれなかった!」
「はい?」
一体何事だ。突然のことに目を白黒させていると、今度は綾倉が泣きそうな顔で雪春の手を握った。
「ごめんねユキくん!ほんっとこのバカが!あんなに勇ましく乗り込んでいったくせにほんっとこのバカが!何言われたか知らないけどユキくんを見捨てるなんてほんっとこのバカバカバカ!」
「い、いや、そんなに言わないであげてください。というか、話が見えないのですが・・・。」
途中から松枝の罵倒に変わっている綾倉をなだめて、もう一度尋ねた。
すると二人は押し黙ってから静かに一枚の紙を渡してきた。
雪春は受け取って目を通す。
幸太郎も後ろから覗き込んだ。
「今日、突然言われて・・・。」
「抗議しに行ったんだけど・・・。」
その紙にはパソコンの文字でこう書かれていた。
“本日より、音楽担当・三島雪春教諭を生徒会執行部の顧問に任命します。”
「・・・は?」
雪春の声が職員室内に虚しく響いた。
①「ハイドンのオラトリオ」・・・「天地創造」も有名ですが。この場面では「四季」を。第二部「夏」の第15曲のアリア「なんという爽やかな感じでしょう」が流れています。脳内で。