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雪春の思惑

今日は二話更新しています。最新話から来られた方は前話からお読みください。

 文化祭二日目。今日も天気は快晴のようだ。一花の出るミスコンと朔太郎が出るファッションショーはふたばホール内で行われるから関係ないが、それでもやっぱり気分が違う。

 ミスコンもファッションショーも二葉亭学園では伝統がある行事だ。その証拠に、中日であるにもかかわらず来賓を招待して、ショーの前に簡単な講話をしてもらうのだ。今年は誰だろう。きっと議会議員とか大学の教授とかその辺だと思うが。

 何にしろ、楽しみなことが多い。今日の予定を思い返して鼻歌交じりに校舎に入った。

「おっはよーユキちゃん先生!」

 後ろから声をかけられて振り返ると、朔太郎が手を振って近寄ってきた。今日も一日一緒に宝探しをするパートナーだ。しっかり挨拶をしなければ。

「おはよう!今日も宝探し頑張ろうな!」

 しかし朔太郎はそれに答えず、まじまじとこちらを見てきた。何かおかしかっただろうか。

「・・・今日はなんだかご機嫌ね?」

「もちろん。文化祭だしな!」

 笑顔で返しても朔太郎はしきりに首をかしげるばかりだったが、気にしないことにした。

 通常なら出勤したら職員室か音楽準備室に向かうが、今日は文化祭なのでそのまま生徒会室へ向かう。

 中に入ると、生徒会役員は既に全員揃っていた。こちらに気がついて口々に挨拶をしてくる。もう一度精一杯の笑顔で挨拶した。

「おはよう!皆早いな!」

 何故か全員先ほどの朔太郎と同じ反応をした。まじまじと見つめてくる視線に、小首を傾げる。顔に何かついているのだろうか。

 すると一人ため息をついた夏目が立ち上がり、腕を掴んできた。

「先生、少しこちらへいいですか。」

 いいですかと言う割に、有無を言わせない動きに引っ張られて生徒会室を出る。連れて行かれた先は隣の空き教室だった。

 中に入って扉を閉めた途端、夏目はこちらを睨みつけてきた。

「・・・何のつもりだ、樋口幸太郎。」

「あ、やっぱりわかるか?」

 てへっと笑うと、夏目は「当たり前でしょう」とため息まじりに言う。

「昨日ユキに言われたんだ。明日は一日体を貸ますよって。」

 雪春に入った幸太郎は昨日のことを思い出した。



「体を貸すって、なんでだ?」

 小首を傾げる幸太郎に、雪春は再び逡巡してから答えた。

「やっぱり幸太郎の未練が何かわからないですし、実体を持って色々と体験してみるのもいいかと思いまして・・・。」

「そうか?」

 一花が心配でこの世に残った幸太郎が、今更文化祭に参加して何かが変わるとは思えないが。

 しかし雪春は慌てて取り繕うように言葉を付け足した。

「それに、文化祭は懐かしいでしょう?たまには色んな人と話してみたらどうですか。」

「俺はユキと話すだけで十分満足してるぞ。」

「それはっ・・・」

 雪春は少しだけ頬を赤くして顔を上げた。

 よく無表情、とか何考えているかわからない、とか言われると雪春が話していたが、幸太郎はそう思えなかった。たしかに頬が上がることは滅多にないが、その分目が色んなことを語ってくるのだ。

 いい音楽を聞いた時の幸せそうな目、からかった時の少し拗ねるような目、誰かの痛みを受け止めた時の悲しそうな目、そして今のような――縋るような目。

 幸太郎には話していないことで、雪春が未だに何かに囚われていることは薄々感づいていた。そういう時、いつもこのように縋るような目をする。でも、決して口には出さない。出すこともまた、どこか恐れている。

「――わかった。」

 微笑みながら同意する幸太郎に、雪春は二回程、目を瞬かせた。

「明日、ありがたく貸してもらうな。」

 ほっとした表情の裏に一体何が隠されているのか、幸太郎にはまだわからなかった。



「――で、現在に至る。」

 と締めくくった幸太郎に、夏目は再びため息をついた。

 そんなにため息ばかりつくと賢仁とキャラが被るぞと思ったが言わないでおいた。後が怖い。

 しかしどうしてそこまで気にするのだろう。雪春の体に入ったのは何も今回が初めてではない。何か他に理由があるのだろうか?

(あ、そうか。)

 幸太郎はあることに思い至り、安心させるように夏目の肩に手を置いた。

「大丈夫だ夏目。心配するな。」

「・・・何がですか。」

 訝しげな目を送ってくる彼に、力強く頷く。

「このままトイレや風呂に入ったりはしない!」

「あ た り ま え だ」

 容赦なく切り捨てられた。なんだ違うのか、と思っていると、夏目が目を伏せて言った。

「前回より、あなたの意識を強く感じる。」

 ボソリとした声で、幸太郎は訊き返した。

「なんだって?」

「前回あなたが三島先生の体に入ったときは、どちらの意識も同じように感じました。それこそ混じり合っているように思えるぐらい。でも今は違う。」

 夏目は拳を握り締める。

「今は、三島先生の存在が希薄だ。――何かあったのか。」

 突き刺さるような視線に、昨日のことを振り返る。昨日は朔太郎と一緒に宝探しのために校内を回ったぐらいだ。特におかしな点は見当たらなかった。たしかに考え込むことは多かったが、雪春は普段から一人で物思いにふけることがある。そんなに珍しいことでもない。

「先生の意識はちゃんとあるんですよね。」

「あぁ。今の会話だって聞こえてるぞ。」

「――先生。」

 夏目が幸太郎の肩を掴み、目を覗き込んできた。

「先生、こんなことしても―・・・」

 幸太郎は夏目の目を見上げる。そこに映っているのは小さな雪春だった。

 夏目はしばらく見つめていたが、続きを飲み込みそのまま離れた。

「いえ、なんでもありません。」


 片隅に感じる雪春の気配が少し揺れたような気がした。


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