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園芸部の仕事

 次の暗号は“二葉亭学園の御三家が住まうところ”だった。

 この文章にはいい加減慣れてきたが、だからと言って解読がスムーズにできるわけではない。

「御三家ってあれよね。芸能人で言うなら野○五郎・郷ひ○み・西城○樹みたいなものよね。」

「ようするに各分野で有力で有名な三者の総称ですね。」

 朔太郎は頬に手を当てて息を吐いた。

「二葉亭学園の御三家ねぇ。聞いたことないわー。支配者とかだったら綜ちゃんだけどね。」

 当てはまりすぎて笑えない。

「でも住んでいるところってなると、学校の外になっちゃうし・・・それはないわね。」

 雪春も頷いて同意した。今までの流れから言って、外に隠されることはないだろう。

「部活で優秀な生徒三人とかだったら、部室とかも考えられるんじゃないか?」

 幸太郎がアドバイスをくれた。

 たしかに他の宝も部室だったし、その可能性は低くない。朔太郎にそう告げて、取り敢えず部室棟に向かうことにした。

 別棟にいたために一度外に出る。模擬店終了時間の五時まで一時間を切っていて、空も大分日が落ちてきていた。模擬店も人がまばらになってきている。中庭の簡易ステージでは現在、吹奏楽部の数名が演奏していた。どこかで聞いたことがあるようなアイドルグループの曲で、それなりに盛り上がっているようだ。

「そういえば、オルゴールなのにどうして外国の歌だとわかったんですか?」

 聞きそびれていたことを思い出して尋ねると、朔太郎は吹奏楽から目を離して答えた。

「龍ちゃんの家に行った時に、龍ちゃんのおじいちゃんに基になった歌を聴かせてもらったことがあるのよ。」

「お祖父さまに?」

「昔、音楽の先生をしていた人みたいで、龍ちゃんもよく聴かされたそうよ。」

 そこまで言うと、朔太郎は立ち止まって少し言いづらそうに目を伏せた。

「実はね、思い出したい理由は、龍ちゃんに渡された時の言葉が気になったからなのよ。」

「言葉?」

「これは、“俺の誓い”だって。」

 小学生が言うには重い言葉だ。よほどの思いが込められた歌らしい。

 しかしそれだけ仲が良かった彼が、どうして今のような態度を取るのだろう。

「志摩くんと再会したのはいつですか?」

「龍ちゃんがこの町に帰ってきたのは今年だから、生徒会役員が決まってからね。なんでも、誰かに会うために一人でこっちに戻ってきたみたいよ。」

「クラスごとのHRで委員会も合わせて決めるから、四月の中頃だな。」

 幸太郎がそっと付け足す。

「最初の頃はお互いわからなくて、その時は龍ちゃんも普通の態度だったのよ。でも私が思い出してついでに大事にしてたオルゴールを無くしてしまったことを謝ったら、急に怒り出しちゃって。」

 朔太郎は辛そうに眉尻を下げた。

「きっと龍ちゃんが突っかかるのも、ちゃんと意味をこめてくれた贈り物を私がなくしたからなのよ。だからせめて曲を思い出して、あの意味がわかれば、昔みたいに仲良くなれんじゃないかと思って・・・。」

 雪春はやっと合点がいった。龍之介があそこまで突っかかっても朔太郎があまり言い返さないのは、後ろめたさがあったからなのだろう。本当は仲良くしたいのに、自分にはそんな資格はないのではと思っていたに違いない。

 これは音楽教師の意地とか言っている場合ではなく、どうにかして何の曲か解明しないと。

 雪春は決意を新たにして、もっと詳しい情報を集めることにした。

「どんな雰囲気の曲ですか?」

「そうねぇ。ゆったりとしてほのぼのして、懐かしい感じの曲だったわ。」

「歌詞の内容とか、何かのキーワードとか覚えているのはなんでも言ってください。」

「えーっと・・・。たしか歌を聴かせてもらった時に、内容も教えてもらったんだけど・・・。」

 朔太郎はしばし悩むように空中を見上げた。雪春と幸太郎は黙って思い出すのをじっと待つ。やがて朔太郎はあ!と声を上げて手を叩いた。

「そうよ!たしか卑猥な歌だったわ!」

 見守っていた目が生暖かくなった。反対に幸太郎は少し感心したように頷いている。

「龍之介のおじいさんの教育方針は変わってるな。」

 そんな訳ないだろう。小学校低学年の男の子二人に卑猥な曲を聴かせるのが教育なら、今頃日本は崩壊している。

「も、もちろんおじいちゃんはそんなこと言っていないわよ?大きくなってまだ覚えていたときに、そんな風に自分が思ったのだけ印象に残っているというか・・・。」

 後半はゴニョゴニョと言葉になっていなかった。

 雪春は自分の中の音楽ライブラリを必死で探した。ゆっくりで、ほのぼのして、懐かしい感じの卑猥な曲?深読みすれば官能的な愛の歌はあるが・・・。

(ん・・・?)

 そういえば、誰かがある曲を指してそんなことを言っていたような気がする。

 いつだったろうと思い出そうとした時、男子生徒の声が雪春の意識を呼び戻した。

「あったぞ!あれが宝じゃないか!?」

 目をやると声の主は龍之介で、隣には亮太もいた。その声に既に何人かが集まっていた。

 朔太郎と顔を合わしてその場所へ近づく。

 龍之介はこちらに気づかずに、困ったように首をひねっていた。

「これって・・・手を突っ込んでいいのか?」

「あ、ちょっと待って。俺道具取ってくるよ。」

 集まっていた人だかりのうちの一人が輪から飛び出してきた。それは園芸部部長の拓哉だった。

 空いた隙間から覗くと、それは中庭に設置されている池だった。色鮮やかな鯉も何匹かいる。どうやら宝は池の中にあるようだ。

 やがて戻ってきた拓哉は長い棒がついた網を手にしていた。そのまま慣れた手つきですくい上げる。龍之介が礼を言って彼から受け取ったものは、少し大きめの鍵だった。宝のリストにも載っているものだ。

 すると見ている雪春たちに気がつき、とたんに勝ち誇ったような顔をした。

「俺たちの勝ちだな。」

 その言葉に朔太郎がムッとしたように反論する。

「最後の宝を見つけた方が勝ちなんだからまだわからないわよ!」

 睨み合う二人に、事情のしらない拓哉がオロオロとしていると、亮太が無言で暗号カードを差し出した。おそらくカードも水に浮かべてあったのだろう。ご丁寧にラミネートまでしている。

 二人は今は争っても仕方ないと判断したのか、大人しくカードを見た。

「“神霊の厩の中に”?」

 朔太郎が読み上げた文章に、龍之介は肩をすくめた。

「まぁこんな時間だし、続きは明日に持ち越しだな。」

 もう五時までいくらもない。一般客は既に帰り始めている。暗号の放送も明日へ持ち越しだろう。

「それにしても、どうしてここに宝があったのかしら。」

「あ、たぶん錦鯉のことだと思うよ。」

 池を見て首を傾げる朔太郎に、拓哉が答える。

「錦鯉でメジャーな紅白、大正三色、昭和三色は“御三家”って言われてるから。」

「なるほどー。詳しいわね。」

 朔太郎のみならず、その場にいた何人かの生徒や一般客も感心したように声を上げる。拓哉は少し恥ずかしそうに頭をかいた。

「鯉の餌やりは園芸部の仕事だから。」

「へぇ。そんなことまでやってるんだな。」

 雪春も知らなかった。てっきり花壇整備だけだと思っていたが違うのか。

「・・・清水先生がいろいろと教えてくれたんです。」

 ポツリと言う拓哉の横顔を、夕日がじりじりと照らしていた。


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