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幼馴染

 運ばれてきたサンドイッチは卵とツナのごく普通のものだったが、既製品には出せない優しい味わいがした。隣のテーブル席に座っていた男性客曰く、奇をてらったものよりこういうのが男心を掴むらしい。

 テーブル一つ一つにクロスをかけたり、不揃いではあるが食器も英国風のものを使用していたりと、細かいところにもこだわりが見える。そういうところも繁盛している理由だろう。幸太郎はバックヤードが気になるのか、カーテンの中に首を突っ込んで中の様子を見学していた。

「そう言えば、先ほどの忘れてしまった曲のことですが、どこで聞いた曲かはわかりませんか?」

 食後の紅茶を飲みながら尋ねると、朔太郎は少し目を泳がせた。

「あー、それは・・・」

「あ、言いたくなければいいですよ。何か参考になるかなと思っただけなので。」

「ううん!大丈夫よ。・・・実は、オルゴールなの。」

 朔太郎はソーサーにカップを置いた。

「昔ね、龍ちゃんにもらったのよ。」

「志摩くんに?」

「小さい時にね、たまたま近くの公園で出会って、それから一緒に遊ぶようになったのよ。たまに龍ちゃんの家に遊びに行ったりもしたわ。」

 やはり幼馴染だったようだ。しかも意外と付き合いが深い。今の二人からは想像できないが。

「でも、少し経ってから龍ちゃんが引っ越すことになっちゃってね?その時のお別れにもらったの。ずーっと大事にしていたんだけど、どこに行くにも持っていたら川に落としちゃって。」

 朔太郎はカップの淵を長い指で撫で、ため息を吐いた。

「ちょうどその時一緒に遊んでた綜ちゃんと賢ちゃんに探してもらったけど、結局見つからなかったの。」

「夏目くんたちとも昔からの付き合いなんですか?」

 判明した事実に思わず気が取られる。

「そうよー。小学校からずっと一緒なの。でも一緒に遊ぶようになったのは龍ちゃんが引越ししてからだから、二人は面識ないけどね。」

「へぇ・・・。」

 通りで朔太郎も賢仁も、夏目の行動に耐性がついているわけだ。賢仁の眉間の皺も、小学校からのものであれば仕方ないと言える。

 オルゴールの曲について聞き出さなければいけないことはわかっているが、雪春はどうしても気になって好奇心を優先させた。

「・・・夏目くんって、昔からああだったんですか?」

「そーねぇ・・・。確かに頭のいい子だったけど、今みたいではなかったわね。外で木登りしたりゲームしたりする、普通の男の子だったわ。」

 それが当然なのだろうが、何だか今の夏目からは想像ができない。

「たしか小学校の4年生の時だったかしら。急に色々とやりだしたのよ。“僕にはやらなければならない使命ができた”とか言って。」

「ああ・・・。」

 そこから今のような感じに向かっていったのか。小学生が言うには可愛らしいが・・・。

 少し遠い目をしていると、朔太郎が確信したように力強く頷いて言った。

「これは私のカンだけど、あれは好きな女ができたに違いないわ。」

 思わず紅茶を吹いた。

「だ、大丈夫?ユキちゃん先生。」

 朔太郎が驚きながらハンカチを取り出す。雪春は動揺に気づかれないように、気管に入っただけだと答えた。動悸が収まり落ち着いてから恐る恐る尋ねる。

「・・・どうしてそう思うんですか?」

「だって、男が変わるのは好きな女の子を守りたい気持ちができたからって、相場が決まってるじゃない。」

「そういうものですか?」

「私はこんな口調だし、たしかにかわいいものは好きだけど、心はちゃーんと男だからわかるわよ。」

 あ、男のつもりだったんだ。

 雪春は密かに引っかかっていたことの一つが解明して少しすっきりした。

「でも、今夏目が好きなのはユキなんだよな?」

 再び紅茶を吹いた。

「せ、先生?本当に大丈夫なの?」

「だ、だいじょう、ぶです。」

 こぼれた紅茶を拭き取るために朔太郎がウエイトレスを呼びつけている間に、雪春はいつの間にか隣にいた幸太郎を睨みつけた。

「どういう意味ですか。」

「どういう意味も何も・・・一昨日告白されていたじゃないか。」

「聞いてたんですか!?」

「いやー本当はもっと前からいたんだけど、なんか入りづらくて・・・。でも、夏目が最後に無理やりキスしそうになった時はちゃんと止めただろ?」

「な・・・。」

 あれを見られていたというのか。今着いたみたいな顔をしておいて。

 雪春は羞恥なのか怒りなのかよくわからないもので一気に体温が上がった。幸太郎は何を勘違いしたのか、小首をかしげながらとんちんかんなことを言った。

「止めない方がよかったか?」

「バカ言わないでください!」

 雪春の突然の大声に、教室内が静まり返った。

「せ、せんせい?」

「あ・・・。」

 慌てて口を抑えてうつむく。

「す、すみません。ちょっと幻聴が・・・。」

「えぇえ?もしかして疲れちゃった?大丈夫?」

「大丈夫です!たまにあるので。」

 弁解しながら隣の幸太郎を睨みつける。しかし何故雪春が大声を出したのかわからないようで、ポリポリと頬を掻いていた。

(あぁもうこの男は!)

 雪春自身もよくわからないが、とてもおもしろくなかった。


「お知らせです。二つ目の宝が見つかりました。場所は別館の写真部部室です。エントリーされている方は、暗号を確認に向かってください。繰り返します―――」


 雪春のせいで止まりかけた空気は、突然の放送によって再び動き出した。

「先越されちゃったわね」

 朔太郎は特に悔しさも見せずに言う。確かに最後の宝が見つかれば優勝はできるのだから、そこまで慌てる必要はない。しかし30分のリーチで勝敗が決定することもあり得るのだ。

「じゃ、そろそろ行きましょうか。」

 立ち上がった朔太郎の言葉に、雪春は慌てて残りの紅茶を飲み干した。


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