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美術と音楽

今日は二話更新しています。最新話から来られた方は前話からお読みください。

 校舎の端という立地条件でも、美術室にはそれなりに人が来ていた。開放した扉から覗くと、入口に設置してある受付用の長机に座っていた女子生徒が、にこやかに挨拶をした。

「わ、すごい量の野菜ねぇ。」

 朔太郎が言ったのは、部屋の中央に設置してある机の上の、野菜の山のことだった。その周りを6、7台のキャンバスが囲っている。そのうち何台かに生徒や一般客が座り、美術部員から指導を受けながら絵を書いていた。

「あの野菜は今日のために頂いてきたんです。ここではあれをモデルに油絵に挑戦できますよ!しかも挑戦者にはあの野菜をプレゼントします!美術部員が手とり足取り丁寧に教えますので、いかがですか?」

 中々いい勧誘をする。野菜も艶があって綺麗であったし、それにつられてやってみようという気になる人も多いのかもしれない。しかしいくら冷蔵庫の中がもやしだけであったとしても、中学の授業以来、一度も筆に触っていない雪春にとって油絵は敷居が高かった。

「すみません、絵は苦手でして。」

 あたりさわりのない文句で断ったが、彼女は気分を害した様子もなくあっさりと引き下がった。

「では展示の絵をごゆっくりご鑑賞くださいね!」

 美術室をぐるりと囲うようにパネルが設置してあり、そこに生徒の作品が展示されていた。ジャンルは油絵や水彩などの絵画から、版画のようなものまで様々だ。

「とりあえず、ヴィーナスっぽいものを探しましょう?」

 朔太郎の言葉で、手分けして展示された作品を眺める。静物画が一番多く、今日のように野菜を書いているものもあった。雪春は絵を描くことはないが見るのは好きで、美術館に行くこともたまにあった。

 美術には、その後の音楽の変化の兆しが見えることがある。印象主義がそのいい例だ。クロード・モネなどの絵画に影響を受けた音楽家たちは、和声や音色を通して、心の奥深くに感じる情感を喚起させようとした。ロマン主義の直接的で力強い表現とは反対に、仄めかすような控えめな表現に頼ったのだ。

 雪春が音楽を知りたいと思うようになったのは、そういう辺りも関わっていた。美術などからの影響、その時代の風潮、あるいはそれに対する反動。長い年月を経て残ってきた音楽にはその時代を懸命に生きた作曲家の息遣いを感じることができる。

 もっとも、好きだと気づいたのは指摘されてからだったが。


―そんなに好きなんだな、音楽。


 その言葉が蘇ってきて、雪春は動きを止めた。

 そういえば、誰に言われたんだったか。かなり昔だったような気がする。

 思い出そうと記憶を振り返ったが、とてもおぼろげで手をすり抜けてしまう。仕方なく雪春は頭を切り替えて、探索を再開した。

 いろんなものをモデルにしているようだが、ヴィーナスのようなものは見つからない。やはりここではないのだろうか。するとパネルの裏側を見ていた幸太郎が、雪春を呼んだ。 

「この石膏像、なんか変な方向むいてないか?」

 そこにはデッサンに使う石膏像が並べて置いてあった。しかし幸太郎が指し示した石膏像は一つだけ離れたところに置かれて、壁の方向をむいている。

「これ、ミロのヴィーナスだな。」

「これがですか?」

「これはアフロディーテをモデルとしているとも言われてるぞ。」

「へぇ・・・。」

 何だか幸太郎が頼もしく見えるのは気のせいだろうか。すると他のものを見終わって近づいてきた朔太郎が、ひらめいたように言った。

「ユキちゃん先生、もしかして偽りって、レプリカのことじゃないかしら。」

 レプリカ、つまり複製品。なるほど、本物ではないから偽りという表現も間違ってはいないのかもしれない。こじつけといえばこじつけだが。

「だから微笑みの先っていうのはこの石膏の視線の先の・・・。」

 揃って目を向けたそこには壁に寄せて置いてある掃除道具のロッカーがひとつ。雪春は朔太郎と顔を見合わせてから恐る恐る開けた。まるで本当に宝箱を開ける時のようにドキドキと心臓が早鐘を打つのを感じる。

 比較的新しいロッカーは、特に音も立てずにすんなりと開いた。モップと箒、バケツの淵にかけられた雑巾、そして―・・・

「あった!これでしょう?」

 宝リストに載っているうちのひとつ、ティアラが置いてあった。

「さっそく一個目ゲットね!」

 朔太郎はとても綺麗なウインクをした。


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