忘れられた曲
喫茶店、お化け屋敷、クラス展示など、様々な模擬店の間を通り抜ける。どこの店もそれなりに繁盛しているようだ。五月の事件で嫌な知名度はできてしまったが、もともと図書館は一般の人も入れることから、地域住民には親しまれている。雪春は人ごみを避けつつ、コンパスの大きい朔太郎の後ろを着いていった。
二階の連絡通路に差し掛かる。ガラス張りになっているここからは中庭の様子も伺えた。簡易の舞台の上でどうやらコーラス部が歌っているようだ。それを横目で見ながら歩いていると、同じく外を眺めていた朔太郎が尋ねてきた。
「ユキちゃん先生は、音楽にも詳しいのよね?」
「それは・・・一応音楽教師なので。」
むしろそちらが専門だ。先ほどの発言は単なる受け売りでしかない。
すると朔太郎は少し困ったような顔をしてこちらに目をやった。
「実は、ずっと思い出せない曲があるんだけど、知らないかしらと思って。」
「どんな曲なんですか?」
その当然の質問に、朔太郎はうなだれる。
「それがねぇ。曲名も作曲者も全く覚えていないのよ~」
「メロディはわからないんですか?」
「それはなんとなくはわかるけど、私音痴だから・・・。」
うろ覚えの曲を歌えと言われたら、誰しもこういう反応になるだろう。しかし、聞いてみないことにはわからない。
「取り敢えず歌ってみてください。何かわかるかもしれません。」
「そ、そう?」
朔太郎は恥ずかしがったが、軽く咳払いをすると口を開いた。
「ラーラ、ラー「あ、やっぱりもういいです。」
ひどいわーという朔太郎の声を背中に、雪春は額に手をやる。想像以上の音程に脊髄反射で止めてしまった。
「今のは何だ?前衛音楽か?」
「しっ!気持ちはわかりますが言っちゃダメです。」
「何をよー?」
「いえべつに。」
何度目かわからないこの言葉でごまかして、朔太郎に向き合った。
「他に何かわかることはありますか?」
「うーん、外国の歌だったはずよ。」
「何語でしょう。」
「英語じゃないことは確かなんだけど・・・。」
あまりにも情報量が少ない。だからこそ今まで朔太郎も思い出せなかったのだろうが。しかし雪春からすれば、愉快犯の気狂いめいた文章より音楽がわからない方が悔しい。
「何か思い出したらすぐに言ってください。」
二割増し力を込めた目に、朔太郎が少し引き気味に頷いた。
あまりにも短いので12時にもう一話更新します。