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夏目の提案

 文化祭初日。二葉亭学園の記念講堂、通称「ふたばホール」には中等部・高等部の全校生徒が集まっていた。これから始まるお祭りに興奮しているようで、いつもよりもざわつきが大きい。クラスと学年ごとに決まった席に着席しても落ち着かないのか、前後左右のクラスメイトとしきりに話し込んでいる。

 すると生徒会のメンバーが舞台上に姿を現した。とたんに水を打ったように静まる会場内。随分と教育されているようだ。

「すごいな夏目は。俺の時はこんなんじゃなかったぞ。」

 幸太郎が感心したように言う。たしかに幸太郎が出ても静まり返ることはないだろう。どちらかというと親しみを持って歓声が上がりそうだ。容易に出来る想像に、雪春は口元が緩むのを感じた。

「でも、あれはあれで心配です。」

 主に夏目の将来が。あの子は今後どこに向かう気なのだろう。

 昨日はあれから“準備”に追われて碌に話はできなかったが、頭は冷えただろうか。下手に話をして刺激をするより、このままうやむやにしてしまった方がいいのかもしれないが。

 雪春は別に夏目が嫌いな訳じゃない。むしろ五月の事件で助けてもらったことを考えると(あくまで生徒としてだが)好きだと思う。ただ、少し苦手なのだ。あのなんでもわかっているような顔を見ると落ちつかなくなる。

 ふと横にいる幸太郎を見て、雪春は考えを巡らせた。


 もし、あの時告白してきたのが幸太郎だったら、自分はどんな風に答えていただろう。


(いやいやいや!)

 浮かんだ想像に慌てて首を振った。

 幸太郎は幽霊だ。もう触れることすらかなわない人間だ。何を馬鹿なことを考えている。

 きっと告白されるという自分にとっての珍事件に、変なテンションになっているのだろう。夏目の気持ちを信じるわけではないが、しっかり踊らされてしまったようだ。

 雪春は自分を落ち着かせるようにため息をついてから、舞台を見上げた。

 そこには、以前“人前に出るのは好きじゃない”と言っていたのが社交辞令だったと断言できるほど、スポットライトが似合っている夏目がいた。彼は流麗な仕草で一礼すると、涼やかな声をマイクにのせた。

「ただいまより、第53回二葉亭学園文化祭を」

 生徒たちはその宣言を聞くために息をこらしている。プログラムを広げる音や、鞄の中を探る音でさえ今は起きないだろうと確信できるほど、全員が舞台上に集中していた。

 夏目は静かに息を吸った。

「開催―――する前に。」

 会場が一気にどよめいた。日頃の教育も忘れて、近くの生徒同士で顔を見合わせながらざわついている。言い終えるとともに歓声を上げようとしていた生徒たちからすれば、出鼻をくじかれたようなものだ。

 夏目は困惑の声を上げる全校生徒の前に手をかかげて場を鎮めると、不敵な笑顔をみせて高らかに宣言した。

「君たちに一つ、ゲームをやってもらいたい。」

 生徒たちの反応を待たずに、後ろにスタンバイしてあった巨大スクリーンに例のメッセージカードが映された。夏目は見えやすいようにスクリ-ンの脇に避けると、台から取り外したマイクを持って説明を始めた。

「この学園内に6つの宝を隠した。暗号に沿って一つずつ見つけていってほしい。宝が隠してあるところに、次の場所を示す暗号カードがおいてある。文化祭二日目のキャンプファイヤーまでに、最後の宝に一番初めにたどり着いた者が優勝だ。」

 再び会場がざわめく。その反応は予想していたのだろう。夏目は気にせず続けた。

「なお、妨害のためにカードを隠されると困るので、見つけた場合は必ず宝だけを持って生徒会室に一度来るように。そこで本物かどうかの確認をしよう。あまり差があってはおもしろくないので、最初に宝を見つけられた時間から30分後に、その場所を放送で案内する。次の宝を探す場合は、放送で告げた場所に行って、暗号の内容を確認してくれ。」

 その方法にすれば、どうしてもその問題が解けなかった人でも次の暗号はわかるかもしれないという期待が生まれるため、脱落者も少ないだろう。しかしゲームをするにあたって一番大事なのは、参加する意義だ。簡単に言ってしまえば賞品の有無。何もないのにわざわざ学園内を探し回りたがる酔狂な人は少ない。生徒たちのそんな心理をわかっているように、夏目は続けた。

「もちろん賞品は用意している。一つの宝を見つける事に、模擬店で使える500円分の金券。そして優勝者には――学食のメニュー半年間全品半額の権利だ。」

 そこで初めて会場内が湧き上がった。生徒にとって学食が安くなるのは魅力的だ。しかもここの学食は雑誌で紹介されるほど美味しいということで有名なのだ。主菜、副菜、汁物、そしてデザートまでついている日替わりランチは、13時には売り切れてしまうほどの人気ぶりだった。

 全校生徒が食いついたのをしっかり確認してから、夏目は続けた。

「エントリーする場合は生徒会室に来てくれ。そこで宝のリストを渡そう。参加条件は二人ペアを組むこと。以上!では君たちの健闘を祈る。」

 静まり返っていた雰囲気はどこへやら、今は全員が立ち上がって歓声を上げていた。年に一度の大イベントにさらにスパイスを加えることになったゲームの存在に、違和感を抱く生徒はいないようだ。

「しかし、あいつもよく考えるよなーこんなこと。まさか全校生徒を巻き込んだ行事にするなんて。」

「そうですね・・・。」

 幸太郎の言葉に同意しながら、雪春は昨日の職員会議を思い出していた。



「宝探しゲーム?」

 夏目の提案を聞いた教師陣は、再びポカンと彼を見つめた。

「そうです。そうしてしまえば一気に探せますし、万が一このことが外にバレても行事の一環だと言えるでしょう?」

「た、確かにそうだが・・・。」

「期限は学園内を歩き回れる一日目と二日目。それなら一般客も参加できます。」

 三日目は文化部などの発表で一日ふたばホールに詰めるからだ。どちらにしろ賞品が模擬店用の金券である以上、それまでに見つけなければならない。

「それから、このゲームは先生方は自由参加ですが、校長か教頭、そして来賓の方々は必ず参加していただきます。」

 続けて言った夏目の発言に、校長が目を丸くして反論した。

「そんなことできるわけないだろう!」

「学校で起こった盗難事件を、生徒だけに関わらすのは問題です。しかし校長や教頭が参加してくださればそれは回避できます。来賓の方々は、一枚かませておいたほうが後でバレても喚かれないでしょう?」

 ようは共犯にしてしまえということか。

 理解はできるが滅茶苦茶な提案だ。しかし反論の言葉を探す教師たちに、夏目は追い討ちをかけた。

「犯人を探すことよりも、今は文化祭をつつがなく終わらせること。そして演劇部の道具を無事取り戻すことでしょう。これが一番効率がいい。違いますか?」

 確信を持って言い放つ生徒会長に、反論できる者はいなかった。


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