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職員会議

 文化祭の準備中というのは盗難が起こりやすい。生徒たちの気も緩んでいるし、私物の管理が甘くなるからだ。毎年教師たちは口を酸っぱくして貴重品などの管理の徹底を促すが、どうしても何件かは起きてしまう。それでも被害が現金ではない場合、最終的には自己責任という形で落ち着いてしまうので、職員会議でもそこまで取りざたされることはなかった。

 しかし今回のようなケースは初めてのことで、教師たちもどう対応するべきなのか困り果てていた。わざわざ盗んだことを公表して、なおかつ挑発してくるような事態は今までになかったのだ。

 第一会議室は空調が効いていたが、それ以上の熱気を持って口々に意見が飛び交った。

「これは泥棒というより愉快犯だな。」

「部室棟は学園内の奥にありますし、さすがに外部犯とは思えないですね。」

「やはり生徒が?」

「こんな面倒なことを・・・いったい誰だ!」

「文化祭の熱にでもやられているんじゃないか?」

「こんなこと警察に届けるわけにも行かないですし・・・第一、これ以上学校の名を汚すようなことは・・・。」

 五月の事件でニュースに取り上げられてしまったことで、二葉亭学園の評価は多少なりとも落ちている。そういう話題は来年の新入生の数に響いてしまうので、私立であるこの学園にとっては痛手だ。一番に気にしてしまう部分がそういうところなのは仕方ないのかもしれない。

 しかしあまりにも話が進まないこの状況に、松枝がイラついたように発言した。

「今は犯人を探すことよりも、現状どうするかです。」

 数人の教師が同意するように頷く。そのうちの一人が綾倉の方を向いて尋ねた。

「演劇部は文化祭の三日目に発表があるでしょう。そちらの方に支障は?」

「いえ、発表で使う道具類は全て舞台袖に運んでありますので発表には差し支えありません。ですが・・・一応、伝統あるものなので、盗まれたままにするわけには・・・。」

 綾倉がうつむく。

「しかし明日から文化祭ですよ。職員全員で探すわけにはいきませんよ。」

 疲れたように反論する教師の発言に、一同は再び考え込んだ。

 そこへ会議室の扉をノックする音が響く。近くの教師が応じると、現れたのは夏目だった。全員に注目される中、棒のようなものを手に優雅に入ってくる。

 いつも思うが、どうして夏目はここまで堂々としていられるのだろうか。まるで「アイーダ」の凱旋行進曲でも聴いているような気分になる。職員会議の突然の参入に、なぜか教師陣の方が動揺しているからおかしい。一番びくついているのは校長だった。

「な、夏目くん?どうしたのかね?」

「会議中失礼します、先生方。これは演劇部のもので間違いないでしょうか?」

 夏目が校長の前の机の上に置いたのは、レプリカの剣だった。綾倉に確認をとると「演劇部のです。」と頷く。

「ど、どこでそれを?」

「カードに書いてあったところへ探しに行ったらありました。」

「カードって、どうして君が知っているのか?」

「今朝部室棟の近くを歩いていたら騒がしかったので事情を聞いたんです。」

 口々に質問する教師に夏目は一つ一つそつなく答える。

「で?どこにあったんだい?」

「図書館ですよ。」

「図書館?」

 教師一同が首を傾げる。あまりにも意外な場所だった。夏目は机の上に置かれていたカードを手に取ると、職員全員に見やすいように掲げた。

「異邦人の集う知識の箱――異邦人とは学園の生徒ではないということ、つまり一般人のことです。そして知識の箱、これは図書館のことでしょう。あそこは一般の人も入れますから。その中のただ一つのオアシスというのは、桜の木が見える窓の近くのソファーが置いてあるスペースのことです。あそこでよく生徒たちは昼寝をしていますから。その机の下に置いてありました。」

 ゲームやアニメでしか出てこないような暗号をスラスラと読み解く夏目を、教師一同はポカンと口をあけて見つめた。

「きっと思考回路が似ているんだな。よく影の支配者とか裏ボスとか言う奴だから。」

 幸太郎が隣で一人納得する。昨日の雪春が思ったことと同じことを言ったので少しドキリとしてしまった。

「それから、こんなカードもありましたよ。」

 そう言って夏目が懐から出したのは、今朝と同じ大きさのカードだった。職員全員には見えないので、校長が代表して読み上げる。

「“赤薔薇を染めた春の女神。その偽りの微笑みの先に”」

 また変な暗号だ。おそらく他の道具が隠されている場所なのだろう。校長はため息をつきながら教師たちにカードを回した。

 雪春のところまできたので、カードを裏返す。そこにはまた“赤い司祭の135番目の瞳”と書かれていた。

「またこれだな。」

 幸太郎の言葉に無言で頷き返した。泥棒の名前なのだろうか?

(ん・・・?)

 記憶の端に引っかかるものを感じたが、教師陣がそろってため息をついたのを聞いて掴み損ねてしまった。

「やはり一つずつ探さなくてはいけないのか・・・。」

「仕方ありません。文化祭中は一般客や来賓の方も多いですし、終わってから手分けして探しましょう。」

「そのことなんですが。」

 とにかく文化祭が終了してからという方向で話がまとまりかけていたのを、夏目が遮った。

「見たところこれは愉快犯です。こういう輩は無視されるのが一番腹が立ちます。逆上して道具を壊されたりしたらまずいのではないですか?」

 たしかに愉快犯というのは大抵、慌てふためいた反応を見るのが楽しくてやっているのだ。このタイミングでやったのもわざとかもしれない。もし文化祭中に何も手を打たなかったら、どんな手段にでられるかわからないのは確かだった。

「それはそうだが、文化祭中に教師が探し回るわけにもいかないでしょう。」

 教師の一人が反論した。それに数人の教師が恐る恐る頷く。文化祭に水を差すことにもなりかねないからだ。

 しかし夏目はこの上なくいい笑顔をして言った。

「そこで僕に提案があります。」

 その時教師たちの心は一つになった。

 

 これは面倒なことになると。

 

①「アイーダ」・・・ヴェルディのオペラです。ファラオ時代のエジプトとエチオピアの戦いの最中、運命に引き裂かれる男女の悲恋物語です。凱旋行進曲は第二幕で演奏されるもっとも有名な曲の一つで、アイーダトランペットという独自のトランペットで舞台上で演奏されます。サッカーの応援歌としても有名です。

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