盗難事件
「先生!大変です!」
その時廊下の向こうから女子生徒が駆け寄ってきた。よく職員室に来て綾倉と話しているのを見たことがあるので、演劇部員だろう。
「何?どうしたの?」
ものすごい剣幕に綾倉も表情を引き締めて尋ねる。女子生徒は小走りに駆けたせいで上がった息を必死に整えてから声を上げた。
「演劇部の部室に、泥棒が入ったんです!」
「泥棒!?」
思わず出た声が廊下に響き渡って、綾倉は慌てて声を抑える。
「どういうこと?」
「それが、ちょっと変なんです。とにかく来てください!」
要領の得ない話に綾倉と雪春は顔を見合わせてから、生徒の後について行った。
連れて行かれた先は、学園の奥に位置する部室棟の一階にある部屋だった。おそらく演劇部員だろう生徒たちが、部屋の入口で困惑の表情を付き合わせている。
「今朝学校に来たら、こんな有様で・・・。」
綾倉に続いて雪春も中を見ると、特に荒れた形跡はなかった。しかし他の壁が道具や衣装を所狭しと置かれているのと比べると、窓際の一角だけ妙にスペースが空いているのが目立った。どうやらそこにあったものが盗まれたらしい。
「道具が結構なくなってるじゃない。」
「そうなんです。小道具から衣装まで。」
入り口脇に立っている男子部員が答える。
「でも荒らされてないし、泥棒とは限らないんじゃないの?部員の誰かが間違えてどっかやっちゃったとか。」
「最初はそう思ったんですけど、こんな紙があって・・・。」
渡された紙は、小さなメッセージカードだった。綾倉に引き続き、雪春と幸太郎も覗き込む。
“親愛なる二葉亭学園の諸君。君たちにちょっとしたゲームをしてもらおう。
暗号を読み解いて、盗まれた七つの宝を全て探し出すことができるかな?
一つ目は『異邦人が集う知識の箱。そのただ一つのオアシスを訪れよ』
さあショーの始まりだ!健闘を祈る!”
「・・・なにこれ。」
「さ、さあ・・・。」
綾倉の呆れたような声に、演劇部員一同はそろって顔を見合わせた。
これはたしかにちょっと変と言うしかない。まるでゲームやアニメに出てくる怪盗のようだ。
雪春はカードを裏返すと、そこにも文字が書いてあった。
“赤い司祭の315番目の瞳”
「これは名前か?」
幸太郎のつぶやきに、無言で首を傾げる。それにしても随分手の込んだ泥棒だ。
「戸締りはしていたの?」
「はい。そもそもここは物置ですし、今回の発表で使うものは全て舞台袖に運んであるので最近は入っていません。着替えもホールの控え室でしていましたし。」
綾倉の質問に部長らしき女子部員がうなだれて答える。
「たまたまこの子が部室に用事があって入ったら、こんな状態だったらしいです。」
部長に示された二年生らしき女子部員は、顔を青くしてうつむいていた。
雪春は唯一の窓を開けて外を見た。少し離れたフェンスの向こうは雑木林になっていて、とても人が通れる雰囲気ではない。第一鍵がかかっていたなら、ここから出ることは不可能だろう。
その時、窓のサッシに触れた手の感触に違和感を感じて、下に目をやった。
(・・・濡れてる?)
部室棟は二葉亭学園の中でも一二を争う程古い建物だ。窓枠もほかの建物とは違い木材で出来ているが、その部分が何故か湿っていた。水が内側に染みるほど昨日は雨なんて降っただろうか?
「ユキ、どうした?」
しかし声をかける幸太郎に聞いてみようと振り返った時、綾倉がパンっと手を叩いた。
「私たちだけで悩んでいても仕方ない。取り敢えず先生方に相談してみるわ。皆は指示があるまでこの事を他の子に話したりしたらだめよ。」
その言葉に部員たちが声を上げて了承するのを聞いてから、雪春の方を見た。
「三島先生、取り敢えず職員会議に行きましょう。」
今日の会議は長引きそうだと、雪春はカードに目を落としてため息をついた。