親と子
今日は二話更新しています。最新話から来られた方は前の話しからお読みください。
翌日。寝起きでしょぼしょぼする目を擦りながら校門をくぐると、清水が花壇に水やりをしていた。毎朝こんなに早起きして結構なことだ。
軽く挨拶を交わして通り過ぎる。
「しかしここの花壇も綺麗になったな。」
幸太郎が花壇を見つめながら言った。
「昔はパンジーぐらいしかなかったのに。」
「そうなんですか?」
それは確かに悲しいかもしれない。校門と言えば学校の顔でもある。それがそこまで寂しげでは印象もあまり良くないだろう。やはり清水の力は大きい。
「おっはよーユキ君。なにブツブツ言ってるの?」
突然後ろから綾倉が声をかけてきた。
どうやら会話を聞かれていたようだ。雪春は慌ててごまかした。
「いえ、なんでもありません。」
「そ?・・・あ、そう言えば、夏目くんとは大丈夫?」
飛び出した名前に思わず足が止まりそうになったが、そこを何とか気力で動かした。しかし踏み出す手足が左右同じになってしまうのは避けられなかった。そのことに気づかれないように祈りつつ、平静を装って尋ねる。
「だ、大丈夫とは?」
「顧問の話よ。あの子結構クセがあるでしょう?」
ああ、そのこと。
一気に蘇った昨日の記憶を頭から追い出し、安堵の息を吐く。いくら夏目でも、他の教師にバレるような行動は犯さないだろう。
綾倉は気づいた様子もなく続ける。
「中等部の頃からずーっと生徒会長してたけど、あの性格でしょう?顧問なんかいなくても成り立っちゃうから、今まで誰も付かなくって。」
夏目のあの様子から、生徒会長になって日は浅くないとは思っていたが、まさか中等部からしていたとは思わなかった。しかし生徒たちの彼の浸透ぶりを見ると頷ける。
「まさかユキ君を所望するとは思わなかったなー。」
「所望って・・・。」
さすが国語教師。嫌になるぐらい表現が絶妙だ。
「まぁやり方は無茶苦茶でも、間違ったことはしないからそこまで心配はしてないけどね。でももし無理難題言われたら教えてね!何とかするから!」
「は、はい。」
告白されて迫られましたとは言えない。警戒態勢を怠らず、夏目の頭が冷えていることを願おう。
雪春は半ば祈るような気持ちで唱えた。
職員用の玄関から入ると、いつもより生徒の気配を多く感じた。この時間帯はいつも静かなのだが、やはり文化祭準備で早くに登校しているのだろう。遠くから笑い声なども聞こえる。
自分の靴箱から内履きを取り出して床に置くと、同じように靴を履き替えていた綾倉が思い出したように雪春に尋ねた。
「そういえば、清水先生のこと聞いた?」
靴箱の扉を閉めながら振り向く。
「今年の教員採用試験がダメだったら、講師もやめちゃうらしいよ?」
「え・・・?なぜですか?」
この間の様子では全くそんな空気はなかったが。
「父親が学校の教師になることに反対しているらしいのよ。それを押し切ってずっと採用試験受けてきたけど、全く受からないからもう諦めろって言われたらしいわ。でも、受からないのも父親が裏で手を回してるって噂なのよね。校長と知り合いみたい。」
「そんな・・・。」
「清水先生はここが母校だから、ここに務めたいそうなんだけどね。」
綾倉残念そうに呟いた。
あの清水が辞めてしまう。あんなに楽しそうに花壇の世話をする彼が。何年かかっても諦めようとはしなかったのは、よほどここに思い入れがあったからであろうに。
「せっかく花壇が綺麗になったのにな・・・。」
幸太郎がポツリと呟く。その言葉の裏には花壇を惜しむ気持ちというよりも、親に理解してもらえないことへの悲しさが感じられた。