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雪春の不安

「あんたは馬鹿か!」

 突然の罵声に、雪春は悟った。

 あぁ、傷つけてしまったと。

 今日は平日なので雪春以外の大学生は来ないと踏んでこの図書館に立てこもっていたが、すぐにバレてしまったようだ。よく考えたら雪春が大学と家以外に来るとしたらたいていここなので、当然かもしれない。周りには利用者がたくさんいたが、突然目の前に現れた女性はお構いなしに声を上げた。

「一人悪者にされて、なんで何も弁解しないわけ!?悔しくないの!?」

 ホットパンツから出ているすらりとした足を床に踏みしめ、勝気な瞳は更につりあがり、全身で怒りを表していたが、彼女の目はどこか悲しそうだった。

 内心彼女に現状を伝えた団員に呆れが生まれる。雪春が悪者に仕立て上げられた時にはフォローもせず黙っていたくせに、自分は悪くないというアピールでも彼女にしたかったのか。何も知らなかった彼女が傷つくことは考えなくてもわかるはずなのに。でも、彼女が傷ついている原因はそこではないことはわかっていた。

「なんで言ってくれないのよ・・・!」

 腰に当てられていた手が握られたかと思うと、力なく落とされた。

「そもそもあの人たちに指導してくれって頼んだのは私なのに!」

 雪春はもともと合唱の指導なんて向いていない。それでも、アマチュアだったことと、ほかでもない彼女が頼んだから引き受けただけだ。音大の先生を紹介して欲しくて彼女に相談した彼らが、結局来たのが学生の雪春で落胆しないわけがない。ましてや元学校の校長や医者で「先生」と崇められてきた年配の方がたが、雪春みたいなひよっこに教わるなんてプライドが傷ついただろう。

 まああんな形で追い出されるとは思わなかったが。

「自分たちが追い出した指導者を呼び戻す口実にあんたを使うなんて馬鹿にしてるわ・・・!」

 前任の指揮者は音楽の先生をしていた方だが、もう耳が聞こえなくなるほどの年だった。団員たちはそれが嫌で彼を辞任させたのだが、学生の雪春よりはましだと思ったのだろう。気がつけば「指揮者を追い出したのは団体を引っ掻き回そうとした雪春で、自分たちは辞めて欲しくなかった」ということになっていた。

 彼女は怒りを思い出したように唇を噛み締めたが、今度は雪春に向かって目を釣り上げた。

「でも!一番腹たってるのは、なんにも言ってくれないあんたによ!」

 雪春は心のどこかで理解していた。きっと彼女に相談したら何とかしてくれるだろう。それどころか、もっと早くに言っていれば円満に退団出来ていたかもしれないと。

「・・・そんなに信用ないの?」

 違う。雪春は信用できないのではなく、怖いのだ。信頼して、心を預けてしまったら、自分は“その先”を望まずにいられるのか。

 いつだって自分を躊躇させるのは、こちらを見ない母親の横顔だった。


①「耳の聞こえない指揮者」・・・ベートーヴェンは「第九」の初演の時には既に聴力を失っていましたが、それでも指揮台に立ちました(といっても正指揮者はちゃんと別にいましたが)。しかし演奏終了後も拍手が聞こえず、初演は失敗したと思っていたのを、みかねたアルト歌手が観客の方を向かせたことで初めて気がついたという有名な逸話があります。しかしこれは正指揮者がちゃんといたことと演奏者たちが優秀だったから可能なのであって、アマチュア団体で耳の聞こえない指揮者はちょっとまずいです。

*今日は12時にもう一話更新します。

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