エピローグ
*
――半年後。
いつものように店仕舞いをして、戸締りをしっかりとし、僕はカフェ『チョッチョリーナ』を後にした。
それから酒場に寄って羊の串焼きを三本買ってクリスの家に向かう。クリスはもうトマト痩身術はやめた(その過酷さゆえ)。
暖かな風が僕の頬を撫でた。紙袋に入った串焼きのにおいがふっと舞い、僕の鼻をくすぐる。食べたいけど我慢だ。夕日がまぶしい。
クリスの家に着くと、僕はノックもせずにドアを開けて中に入った。どうせノックなどしても気付かないのだ。ここの連中は。
案の定――
「馬鹿者! 何をたわけたことをぬかしておるのじゃ!」
「そっちこそ、その理論で宇宙に行けるとでも思って? この偏屈クソジジイがっ!」
「なんじゃと!? 鉄板みたいな胸をして偉そうに!」
「アンタこそっ、実はそのもしゃもしゃ白髪頭はカツラなんでしょ! 可哀想にねっ!」
今日もクリスとジャイルおじいさんが激論を交わしていた。科学の話ではないのは知識がない僕でもわかるけど。
「やあ、クリス、ジャイルさん」
僕が声をかけると、二人はギロッとこちらを睨んできた。帰ったほうがいいかもね。
なぜこの犬猿の仲の二人が共にいるのかというと、半年前のテスト飛行にまで話は遡る。
僕が無理を言ってジャイルおじいさんに作らせた移動式トイレ宇宙型が村長の目に留まって評価された。けれどクリスの飛行機も見事に飛行に成功している。
双方に補助金を出すほどの余裕は村にはないため『二人で共同研究するならば補助金を上乗せする』ということになった。
クリスは補助金の上乗せは願ってもないことだったし、そもそも補助金が全くなかったジャイルおじいさんに至ってはもう断る理由がないも同然だった。
二人とも『共同研究』について甘く考えていたようだ。金だけもらってあとは離れて今までどおり発明していれば問題ないと踏んだのだ。
けれど補助金の額が多額であるため、時々査察が入るようになった。それは開発の進捗状況を見るためというよりは、二人がちゃんと共同で研究しているかどうかの査察だった。
クリスとジャイルおじいさんの仲の悪さは村では有名である。
そんなわけで、二人は一緒に研究開発を行うことになった。
いがみ合っているだけに見えるクリスとジャイルおじいさんだけど、二人は互いの才能を認め合っていると僕は思う。
少なくともクリスはジャイルおじいさんのロケットブースターを絶賛していた。もちろん僕にだけこっそりと教えてくれたことであって、ジャイルおじいさんには絶対に言うなときつく注意されている。言っちゃいたいな。
ジャイルさんもなんだかんだと文句を垂れ流してはいるけれど、彼の目はクリスが書く設計図に釘付けだし、彼の耳はクリスが語る難しい理論にいつも傾いている。
「オルタもこのハゲに言ってやってよ。お前の考えは古いって」
「オルタよ。こんな胸のない女なぞにたぶらかせれてはいかんぞ」
二人ともオルタオルタと僕を連呼して味方につけようとしている。もちろん僕はクリス味方だけど。ジャイルおじいさんには今度レッティを味方に勧めておこう。
でもまあ、今はそんなことよりも――
「とりあえず、晩御飯にしようよ。宇宙は逃げないからさ」