ヤツが来た
*
翌日は快晴に恵まれた。
空はまるで僕の頭の中みたいにまっさらで雲ひとつない上天気。クリスが空を飛ぶための舞台作りがされたかのようだ。
昼過ぎ、村の使われなくなった畑に、多くの村人がつめかけた。
便乗するかのように、屋台や歩き売りまでうろうろしている。まるでお祭りだ。
畑の跡地と言っても、今日のために村長が整地を命じたので、今は雑草一本生えていない平らな地面が広がっている。
僕が来た時には既に飛行機は組み立てられていて、クリスがエンジン周りの最終調整に入っているところだった。
昨日は外されていたプロペラも、今は機体の最前部に取り付けられ、まだかまだかと出番を待っている、ように見える。
彼女の背後ではレッティが真剣な目をしてクリスの手つきを見守っている。
レッティはクリスの助手(自称)で十三歳。学校に通いながらクリスの研究を邪魔――手伝っているらしい。時々クリスの工場に現れるのが鬱陶しいことこの上ない。
でも悔しいが頭は良いようだ。よくクリスと意味不明な科学の話題で盛り上がっている。でもレッティは身長は低いし足も短い。コーヒーもブラックで飲めない。
あとはまあ、とにかく色々駄目なのだ。
どうもこのチビ、クリスに気があるらしい。チビと言っても、六歳差の夫婦など珍しくはないので油断はできない。
現にクリスの信頼を得ているのか、このチビは公式にも助手として飛行機に同乗するという。信じられない。
僕はレッティを無視してクリスに声をかけた。彼女はニコリと笑って振り向いた。
「おはよう、オルタ。来てくれたのね」
「もちろん」
「何も手伝えないくせに来てどうすんだよ」
レッティが何か言った。
「おぉ、レッティか。小さくて見えなかったよ。ゴメンゴメン」
「この野郎っ」
「ふふふ、大人とやろうっていうのかい? いいだろう」
「はいはい二人ともそこまで。オルタは大人気ないレッティはもっと牛乳飲め以上」
クリスはパンパンと手を叩いてまくし立て、僕のほうを向いた。
彼女の目に不安が映ったのを、僕は見てとった。
「なんか柄にもなく緊張しちゃってるの、わたし」
「そりゃ無理もないよ。これだけの人が見物に来てるんだから。村長もいるしね」
「このテスト飛行が成功したら補助金が上がることになってるの」
「ほんとに? それはよかったじゃないか」
「成功したら、ね。失敗したら減額みたいよ」
クリスにしては珍しく表情に暗い影を落とした。
「「大丈夫、僕がついてるから」」
僕とレッティが声をそろえて言った。チビめ。
クリスがプッと噴出した。
「二人がいれば心強いわ。なんでもできそうな気がするわね」
衆人環視のもと、クリスは飛行機を見事空に舞い上がらせた。
飛行機は滑走路となった元畑を、騒々しいエンジン音とプロペラ音を響かせて走行し、やがてふわりと飛翔した。
まるで吸い込まれるように空に向かっていった。
村人達が歓声を上げた。
僕も大きな声をあげて万歳をしようとしたのだが、上げかけた腕を中途半端なところで止めた。
クリスが飛行機の操縦席から僕のほうを見たからだ。奇妙な表情で。
僕にはその顔に見覚えがあった。
クリスがあんな顔をするときは、決まって〝あの状態〟になったときだ。普段ならめでたいことだけど、よりにもよってこんな大事なときとは……。
――そうだっ。