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村一番の偏屈者

       *


「ジャイルさん、もう閉店なので」

 ジャイルおじいさんにそう告げると、彼は眉間に皺を寄せた。

 半ば彼の指定席になっている店の一番奥、カウンターの左端に腰を落ち着けて動こうとしない。

「あ? 閉店? まだ夕方じゃろうに。夜は長いぞ」

「うちはバーではありませんので」

「カフェが夜になったらバーの営業に切り替えるなぞ、みやこじゃ常識じゃ」

「ここは都じゃなくて村です」

「ふんっ」

 カフェ『チョッチョリーナ』は一年前――僕が十九歳のときに父親から継いだお店だ。父親は腰を悪くして長時間の立ち仕事が難しくなったので、僕にお店を任せたのだ。

 それまでも僕はずっと『チョッチョリーナ』を手伝っていたので、大したことはないと高をくくっていたのだけれど、いざ店主になってみると、その重責に眩暈を覚えた。

 店の帳簿付けから仕入れ先のお店や農家との付き合い、ご近所との情報交換など、実にたくさんの覚えなければならない仕事が僕を待ち受けていた。

 とくに仕入先やご近所との付き合いなんかは、なかなか大変だった。大人たちの間で、僕の知らない情報(コーヒー豆の原価から村長の愛人の噂など多岐にわたる)が飛び交っていたのだ。

 田舎の小さな村だと思っていたけど、奥が深いようだ。

 けれど、ジャイルおじいさんはただの田舎の小さい村だと思っているらしい。

「この村の人間はどいつもこいつも進化しようとせんのがいかん。昔からのしがらみに絡め取られて身動きが取れんのじゃ。これだから田舎者は困る」

「ははは」

 僕はあたまをぽりぽりとかいて苦笑した。

 この店にはなぜか気難しい人が多く来店する。そのほとんどが文学かぶれの人たちで、文章の機微だの感性がどうたらこうたらと言葉を雑にぶつけ合っている。

 そんな偏屈者の中でもジャイルさんは唯一の科学かぶれで、一番の偏屈者だった。

「ワシを見よ。常に進化の一途を辿っておる。頭の中じゃ新たな発明の妙案が次々と浮かんでいるのじゃ。やはり人類で最初に宇宙を飛ぶのはこのワシで決まりじゃな」

 得意げに語るジャイルおじいさんの話を聞き流しつつ、僕はテーブル席を布巾で拭いて回った。あ、ホコリが転がってる。

「……オルタ、ワシの話聞いておるのか?」

「聞いてますよー」

 僕は適当に答えた。ホコリを摘み上げて窓の外に投げた。

「ではワシは何の話をしていた?」

「ジャイルさんが宇宙規模の偏屈おじいさんってところまでは覚えてます」

「そんな話しとらんわ!」

 ありゃ、怒らせてしまった。

 僕はへらへらと笑い、さりげなくジャイルおじいさんの空のコーヒーカップを下げた。ジャイルおじいさんは長居を諦めたのか、ハァと溜息をついてよろよろと立ち上がった。

「まったく、この村の連中は無礼者ばかりじゃ」

 ジャイルおじいさんは雲のようにふさふさの白髪に手を突っ込んでクシャクシャとかき回した。

「前からお訊きしたかったんですけど、ジャイルさんはどうして都の研究所にいたのにこの村に引っ越してきたんですか。ここよりも、都のほうが研究向きだと思うのですが」

「ふんっ、ワシがあまりにも優秀だったから若い研究員たちの活躍の場を奪ってしまっていてな。だからワシは若人わこうどたちの未来を考えて研究所を出ていってやったんじゃ。ウム」

「なるほど。若い人たちのほうが優秀だから用済みになって追い出されたんですね」

「お前は接客のなんたるかを学べ!」

 ジャイルおじいさんは僕の小粋なジョークにプリプリと怒りながら、店のドアに向かって歩いた。ドアノブに手をかけ、やっと出ていってくれるかなと思ったら、立ち止まってしまった。まだ話が続くのかな。 

「オルタよ」

「なんですか」

「あんな器と胸のちっこい女なぞはとっとと捨ててしまえ」

 クリスのことを言っているらしい。

 ジャイルおじいさんはクリスのことをライバル視しているのだ。

「胸はともかく、器はとても大きいですよ、彼女」

「空なんぞ目標にしているやつの、どこが器が大きいんじゃ」

「大きいと思いますけど」

「小さいわい。大体あやつがこの前作った移動式トイレはなんじゃ。ちぃとも空っぽくないではないか」

「あれは都の工事で働く労働者のために作ったんですよ。近くにトイレがないからって依頼されたんです。リヤカーで運べて便利らしいですよ」

「ふんっ」

 ジャイルおじいさんは鼻息を鳴らし、店のドアを乱暴に開けて出ていった。

 さ、掃除しよっと。

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