夏のアイデンティティ
夏休みが明けてすっかり騒がしい教室に潜り込んだところで、彼女は、はた、と動きを止めた。
「久しぶり。」とか、「休み長かったね。」とか、自分の周りで高い声をあげる友人たちを、彼女はどこか冷めて見つめた。そして、急に湧き上がる冷や汗に驚いていた。
窓の外で死にかけの蝉が鳴いて、彼女はなぜ自分がここにいるのかわからなくなっていることに気がつく。友人たちの名前も顔もわかるのに、どこか他人のように感じる自分に焦っていた。
久しぶりの友人たちに引きつった笑顔を向けながら、自分はどんな個性だったろう、と必死に記憶を掘り返す。友人たちがそれぞれに演じている個性ーーわたしはどんなだったろう。
長い休みで、彼女は自分をすっかり忘れてしまっていた。
出し抜けに、窓から涼しい風が吹き込んだ。汗でヒヤリと冷えた体に、ぐいとチカラを入れて、彼女は即興で個性を演じ始める。
これでいいのか、あっているのか。
誰が教えてくれるでもない答えを手探りで探しながら、ついに彼女はその日を演じきる。
そうして、自分が自分を演じていることにぼんやりと気がつくのだ。
そう。
夏のアイデンティティは、いまここに。