二つ目のお話
私はただ考える
何故私は生まれてきたのかを
私は誰なのかを
「という訳でまた来ました」
来客だと言われ、現れたのは昨日会ったばかりの人。とりあえず、椅子を提供し、自身も彼の目の前の椅子に座った。
「はあ……」
アイラはどうしていいのか、困り果てた。まさか本当にここまた来れるとは、思ってもみなかったのだ。
「あなた様は何者ですか?」
相手の真意を探るように、瞳をまっすぐ見つめると、彼もまた困ったように首を少しだけ傾けた。
少し間を置いてから彼は答えをくれた。
「残念ですがただの軍人です」
「何が残念なのですか?」
「あの……? 家柄の話ではないのですか?」
「家柄? 家に柄か何かついているのですか?」
「いえ、そういうわけでは。はは……」
素っ頓狂な返事を返されて、ナシカは困ってしまった。
アイラは、世間というものを知らな過ぎる。この純粋さが可愛く思えるも、どこか悲しい。
苦笑いをする彼を見てどうするべきなのかを、アイラは見失った。自分の話の能力のなさに苦い気持ちになる。
彼を喜ばせることができたら、傍に居ることができるのだろうか。
いや、と思う。
変な希望を持ったら、それこそ奪われていく。
「ああ、そうだ。私のことはナシカとお呼び下さい」
「えっ、あっ、はい。」
突然の申し出に驚いてしまった。
「アイラ様は」
「私のことはアイラとお呼び下さい。私もナシカと呼ばせていただくのですから」
ナシカには、口の端をわずかながらに緩めているのができた。
アイラは、嬉しかったのだ。
「よろしいですね?」
その上品な笑みに、ナシカは顔が火照るのを感じた。元々、あまり表情に出ない人種だったため、アイラは気がつかなかったのだが。
こういうところを見ると、やはり姫様なのだなとナシカは思った。
「アイラは何でこんな場所から出ていけないのですか?」
「父と母の命令ですから」
アイラは、自分で言った言葉に対して吐き気を催した。
――あの女を母などと呼んでしまった。
自分の境遇、おかしな両親。悲しさだけ、感じる。
「アイラ……」
ナシカが手を伸ばしてきた。
その手は、一度だけ躊躇った様に宙で止まり、そのまま伸ばされた。髪に触れるか触れないかの感触があり、頭を撫でられたのを感じた。
「今日の服はおかわいらしい」
「そうですか?」
言われた内容は脈絡がなく、アイラはきょとんとした。
自分の服を見る。服だけはきちんとしたものを与えられる。
今日は濃紺のドレスだ。腰に大きなリボンが付いており、それに合わせて同じようなリボンがエナメルの濃紺の靴に付いている。
「お綺麗です」
優しげな目線で見られて、気恥ずかしくなり俯いた。そして、満面の笑顔で言った。
「ありがとう」
そんな言葉に、彼は一瞬呆けた後、下を向いて何かを考え始めた。
アイラは彼をじっと見つめてみた。
まつげは長く一見女の子のよう。ただ紳士であるし、剣の腕もたつらしい。女性から、目をかけられそうな容姿だ。世情に疎いアイラが思うのだから、よっぽどなのだろう。
唐突に黒い感情が駆け抜け、そして思った。
知りたい。
彼が何者なのか知りたい。
「ナシカは何が好きですか?」
アイラは、こんなことを人に聞くのは初めてだったのだが、彼のことが知りたくてたまらなかった。
そして、一抹の不安を覚えた。もしかして変なことを聞いたのではないか?
俯いていた彼の顔をちらりとみてみると、不思議と落ち着いた彼がいた。とても、暖かい微笑みを向けて、アイラを見ていた。
「何と言われましても……困りますね。しいて言えば、大根かな?」
「えっと、大根ですか?」
好きなもの、と聞かれて「大根」という返答を返してくる人は少ないのではないかと、アイラでさえ気づいた。
変わっている人だ。
私なんかに会いにここまで来る、変な人なのだ。
「アイラは?」
私の横に移動し、上目遣いで見上げてくるナシカにアイラは答えた。
「私は……パセリです」
その後、多愛もない話を交わし、一刻もしないうちに彼は帰っていった。
時間が過ぎるのがこんなに早いなんて。
どきどきと胸がなる。また、会いたい。
「また一人……」
「あら、アイラはいつも一人じゃないの。」
はっと、振り返ると、あの女が壁に凭れ掛かっていた。
「……」
今日は悪い日じゃなかったな。明日もこうだといいのに。
**
「やはり女王が魔女だというのは本当か?」
城の一角でこんな話が行われていた。
「まだ確かではありません。ただ……」
「ただ?」
彼は間をおき、ゆっくりと言葉を述べた。
「私はなんだかそのような気がしてならないのです」
どこか不安げな、悲しげな表情を浮かべた。
その会話をしている一人は、ナシカだった。
**
「またまた来てしまいました」
「ひゃっ」
考えごとをしていたらしく、後ろから現れた私に驚いたアイラ。
なかなか新鮮な反応だなあ。そんなことを考えていたのが顔にでたのだろうか。少し怒ってしまわれた。
「可愛らしい」
とても困った顔をしている。
「あのぅ……」
「くくっ、すみませんね。」
笑いがこみあげてくる。
私にもこんな感情があろうとは。まさかな。私は血を自ら浴びて生きている。同族を恨むわけではなく、ただ飢えを満たしていたのだ。この姫は何も知らない。私が〈黄金色の悪魔〉と呼ばれていることも、人を何人殺したか……も。
これからするひどい仕打ちも。
「ナシカ?」
名前を呼ばれることの喜びも。
彼女は知らない。
「すいません。何でしょうか?」
「考えごとですか?」
ちょっとしたことで疑問を投げかけられることだって嬉しいことを。
彼女は知らない。だが、私だって、このお姫様のことを知っているわけではない。
「ええ。少し」
そっけない返事だとは思った。とっさのことだ。
だが、彼女は笑顔で応えてくれる。
「考えるってすごいことですよね。」
「は?」
突拍子もないことを言われ、動揺する。
何が言いたいのですか?
「人間はすごいですよね」
眼が輝いている。こんなアイラは初めてだ。色々な表情を見せてくれるようになった。まだ、会って間もない私に、彼女は心を許してくれているようだった。
それが嬉しいのに。
嬉しいから、彼女のことをもっと理解したいのに。
まだ理解できていない私を見て、彼女はうつむいた。
「何でもないです」
さらによくわからなくなってしまった。何が言いたいのだろうか。
「もうお帰りになる時間でしょう。さようなら、ナシカ」
「はい。失礼いたします」
追い出された気がするが、仕方ないだろう。私が悪いはずだから。
**
「アイツは帰ったの? アイラ」
「はい、帰られました」
あまりこの女にあの方を近づけたくはない。
私があの方に少しでも好意があるとわかれば、きっと何かしてくるだろう。
「そうですか。では、あなたの父に会わせてあげましょう。感謝なさい」
「ありがとうございます。」
私の牢の壁には骸骨と十字架の絵が飾ってある。
黒と朱と白で描かれた絵。この後ろには、王座につながる道がある。
女が、絵を左右に分けると、扉があった。
この向こうには、父がいる。
私を愛してはいない、だけど会いたい、愛して欲しい、そんな父が。
「行きなさい」
先に進めことはできるけど
私はいつでも立ち止まる
後ろは振り向けないから
ただ一歩踏み出そう
愛と間と哀と曖の物語
悲劇は喜びだ