始まりのお話
このお話はずっとずっと昔のお話です。
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「アイラ。こちらへ来なさい、アイラ」
静かな、閉ざされた牢の中で私は返事をする。
目の前にいるのは、ピンヒールを履いた化粧の濃い女性だった。
「はい。何でしょう?」
「まだ生きていたのね。しぶといわ。今日はあなたに人を紹介しにきたのよ。あなたのお父様はなんて優しいのでしょうね!」
うるさい女だ。もういいでしょ。ほっといて!
「はい。とても嬉しいです」
表情は固いままで、知っている限りの丁寧な言葉を並べる。
「つまらないわね」
底意地の悪い笑みを浮かべたまま、彼女は後ろを振り返って手招きをする。
彼女は、私の言葉なんか耳に入っていないようだ。
「おいでなさい」
ぞっとするような、艶のある声を聞き、私はこれから起こることに恐怖した。いままで、彼女が何かするときに、私が無事にいられたためしは無い。
「失礼します」
私でも、彼女でもない、第三者の声がした。
ぬっと、薄暗い闇の中から一人の男が現れた。
「ナシカと申します。どうぞ、おみしりおきを」
デカブツカタブツどっかいけ。
アイラより二つぐらい年上だろうか。童顔で、金髪に真っ青の瞳をもち、背は170センチぐらいだろうか。ただ笑いもせず、簡単な形式上の言葉を発する彼に、アイラはため息を吐いた。
「私は忙しいから失礼するわ」
そう言ってあの女は姿を消した。決して口元の笑みは消さない彼女に、体が冷えていく。何がそんなに楽しいのだろうか。私の不幸? これから起こることへの期待?
それに、彼は一体何者なのだろう。
不安からか、先に話しかけたのはアイラだった。
「ナシカ様は、どうして私のところへいらしゃったのです?」
正直、別にどうでも良かったけれど。どこかの軍人であるだろうことは、おおよそ想像がつく。
「あの……。私はアイラ様、貴女の婚約者なのですが」
ナシカは怪訝な顔をして、そう答えた。
「え!?」
これにアイラは驚いた。初めて会う人が婚約者で軍人で……。私は、どこまでイジメを受ければいいのだろう!?
「もしかして知らなかったのですか?」
「はい」
彼は、私の言葉を聞き、真っ青になった。
オコッテイル?
アキレテイル?
ワタシヲナグル?
「アイラ……様……」
どうして、そんなにも悲しげなのだろうか。
「あなた様は私に愛していると言えますか?」
「え……」
「私は言えません。そして貴方も言えないと思います」
私は愛されたことなどあったのだろうか……? そんな人間が人を愛せるわけが無い。
昔読んだ本のお姫様は、可愛く幸せそうだったけれど。優しいお父様に、素敵な王子様。そんな夢物語を、私は得られるなんて思ってない。
すると彼は声を出して笑いだした。
「え……!?」
これが笑顔というものなんだろうか。アイラはなんだか恥ずかしくって頬を膨らませた。
「強気な女性は好みですが……」
「はあ!?」
いきなり爆弾発言をされ、もともと対人に対するキャパシティが高くないアイラは、混乱に陥った。
「ではお聞きしますが、アイラ様は愛していると言われたいのですか?」
そんなこと……。アイラが答えられずにいると、ナシカはふと優しい笑みを漏らした。
「わかりません」
でも、求めている気がした。ナシカが笑ってくれると、胸の奥がきゅっと締め付けられる気がした。
それは同時に、絶望でもあった。
「もう、会うことはないでしょう」
「何故ですか?」
「何故って…」
父は、あの女は、この男をまた私に会わせてくれるだろうか。……わからない。
「私はアイラ様に興味が湧いたので、また来ます」
あるお話の始まり
火と妃と陽と悲の物語
出会いは別れだ