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悪役令嬢に転生したけど、前任者も転生者でした

掲載日:2025/12/26

 目を覚ますと、私は見知らぬ部屋にいた。


 天蓋付きの豪華なベッド。絹のシーツ。窓からは広大な庭園が見える。


 ——え、なにこれ。


 昨日まで、私は普通のOLだったはずだ。

 残業帰りに、横断歩道で——


「お嬢様、お目覚めですか」


 ドアが開いて、メイド服の女性が入ってきた。


「お嬢様? お加減はいかがですか?」

「あ、えっと……」


 私は、混乱しながらも周囲を見回した。


 鏡があった。

 そこに映っているのは——金髪碧眼の美少女。


 ——これ、私?


 記憶が蘇る。

 この顔、この部屋、このシチュエーション。


 前世でプレイした乙女ゲーム『永遠の薔薇の誓い』。

 その悪役令嬢——セレスティア・ヴァンフォード。


 私は、彼女に転生していた。


---


 数日が経ち、状況を把握した。


 セレスティアは公爵令嬢。王太子レオンハルトの婚約者。

 そして——ゲームでは、ヒロインをいじめた罪で断罪され、国外追放される運命。


 最悪だ。


 私は、自分の部屋で頭を抱えた。


「断罪なんて、されてたまるか……」


 そう呟いた時——本棚の隅に、古びた日記帳が見えた。


 なぜか気になって、手に取る。


 表紙を開くと——


『この日記を読んでいる人へ。あなたも、転生者ですか?』


 ——は?


 心臓が跳ねた。


 私は、続きを読んだ。


『私の名前は、田中美咲。前世は日本人のOLでした。三十二歳で交通事故に遭い、気づいたらこの世界のセレスティアになっていました』


 ……私と同じだ。


『最初は希望を持っていました。ゲームの知識があるから、断罪を回避できると。でも——』


 ページをめくると、文字が震えていた。


『何をしても、駄目でした。王子に近づいても、距離を置いても、ヒロインと仲良くしようとしても——全て、悪い方向に転がっていく。まるで、運命が私を断罪に導いているかのように』


 背筋が寒くなった。


『私は諦めます。でも、もし次にこの体に誰かが来るなら——私の失敗を繰り返さないでください』


 日記は、そこで終わっていた。


 ——前任者がいた。


 彼女も転生者で、断罪回避に挑んで、失敗した。


 私は、彼女の遺志を継ぐことになったのだ。


---


 日記には、前任者の失敗が詳細に記されていた。


『王子に媚びを売ると、逆に怪しまれる』

『ヒロインと仲良くしようとすると、周囲から「狡猾」と思われる』

『大人しくしていると、存在感がなくなってヒロインに居場所を奪われる』


 ——なるほど。どれも、私が最初に思いつく手だ。


 でも、日記の最後に、こんな一文があった。


『私が唯一、断罪を遅らせられたのは——王子ではなく、騎士団長に助けを求めた時でした。彼だけは、私の味方でいてくれた。でも、私はそれに気づくのが遅すぎた』


 騎士団長。


 ゲームには登場しないキャラクターだ。


 ——会ってみよう。


---


 騎士団の訓練場を訪れると、男たちが剣を振るっていた。


 その中心に——一人の男がいた。


 黒髪に、鋭い碧眼。

 引き締まった体。

 汗で濡れた前髪が額に張り付いていて——


 ——かっこいい。


 思わず見とれてしまった。


「——公爵令嬢殿?」


 男が、私に気づいた。


 近づいてくる。長身の彼を見上げる形になる。

 鍛えられた胸板が、目の前にある。


「騎士団長の、クロード・レイヴンと申します。何かご用でしょうか」


 低い声。落ち着いた口調。


 ——この人が、前任者を助けてくれた騎士団長。


「あの……少し、お話があるのですが」

「承知いたしました。こちらへ」


 クロードは、私を訓練場の隅に案内した。


 周囲の視線から隔たれた場所。

 木陰で、二人きり。


「どのようなご用件でしょう」


 クロードが、私を見下ろした。


 碧眼が、まっすぐ私を見つめている。

 近い。吐息がかかりそうな距離。


 心臓が、ドクドクと速く鳴る。


「あ、あの……」


 私は、言葉を選んだ。


 前任者のことは言えない。でも——


「私、断罪されるかもしれないのです」

「……は?」


 クロードの眉が、わずかに動いた。


「王太子殿下との婚約が、うまくいっていなくて……このままでは、私は……」

「お待ちください」


 クロードが、一歩近づいた。


 ——近い。


 彼の影が、私を覆う。

 見上げると、真剣な表情がそこにあった。


「あなたが断罪される? それは、誰が決めたことですか」

「え……」

「王太子殿下ですか? それとも、宮廷の誰かですか」


 クロードの声が、低くなった。


「教えてください。私が——」


 彼の手が、私の肩に触れた。


 大きな手。温かい体温。


「あなたを、守ります」


 ——心臓が、止まりそうだった。


 クロードの碧眼が、私を見下ろしている。

 真剣な表情。まっすぐな視線。


 ——近い。吐息がかかりそうな距離。


 黒髪の隙間から見える、引き締まった顔立ち。

 互いの鼻先が触れそうな位置に、彼の唇がある。


 ——キスされる、と思った。


 でも、クロードはすぐに離れた。


「失礼いたしました。詳しいお話は、改めて」


 そう言って、一歩引く。


 ——なんで、離れるの。


 心臓が、まだドクドクと高鳴っている。


---


 それから、クロードは私の味方になってくれた。


 社交界のパーティーでは、さりげなく私の傍に立ってくれる。

 悪意のある噂が流れれば、真実を調べて否定してくれる。

 疲れた時は——


「お嬢様、少しお休みになってください」


 クロードが、私を庭園のベンチに座らせた。


「無理をなさっています」

「でも、断罪を回避するには——」

「それは、私の仕事です」


 クロードが、私の隣に座った。


 肩が触れ合う。

 彼の体温が、服越しに伝わってくる。


「あなたは、笑っていてください。それだけで——私は、戦えます」

「クロード……」


 私は、彼を見上げた。


 碧眼が、優しく細められている。

 いつも鋭い彼が——今は、柔らかい表情をしている。


 ——どうして、この人は私にこんなに優しいの?


「クロード、なぜ私を助けてくれるの?」


 思わず、聞いてしまった。


 クロードは、少し黙った。


 そして——


「あなたは、覚えていないでしょうが」


 クロードが、遠くを見つめた。


「十年前、私はまだ騎士見習いでした。孤児で、誰にも期待されていなかった。辞めようと思っていた時——ある令嬢が、私に声をかけてくれた」

「……」

「『あなたは、強くなる。私には分かる』と」


 クロードが、私を見た。


 碧眼が、まっすぐ私を捉えている。


「それが、あなたでした」


 ——え?


 私は、記憶にない。

 でも——それは、前任者かもしれない。


「あの言葉のおかげで、私は騎士団長になれた。だから——今度は、私があなたを守る番です」


 クロードの手が、私の手を取った。


 大きな手。剣だこがある、温かい手。


「お嬢様——いえ」


 クロードが、私の手を自分の唇に近づけた。


「セレスティア。あなたを、守らせてください」


 唇が、私の手の甲に触れた。


 柔らかい。温かい。

 背筋が、ゾクゾクと震える。


 クロードの碧眼が、私を見上げている。

 いつもの鋭い目はどこにもなくて——熱を帯びた、甘い視線。


 ——心臓が、爆発しそうだった。


「クロード……」

「……失礼いたしました」


 クロードが、私の手を離した。


 ——あ……。


 なぜだろう。離れたのに、まだ手の甲が熱い。

 触れられた場所が、じんじんと痛むみたいに、感覚を主張している。


---


 断罪イベントの日が近づいていた。


 でも——状況は、前任者の時とは違っていた。


 クロードのおかげで、悪い噂は消されていた。

 王太子レオンハルトとの関係も、悪くない。

 ヒロインとも、敵対せずに済んでいる。


 ——これなら、断罪を回避できるかもしれない。


 そう思った矢先——


「セレスティア」


 廊下で、王太子レオンハルトに呼び止められた。


 金髪に、紫の瞳。整った顔立ち。

 ゲームでは、悪役令嬢を断罪する役だ。


「殿下……」

「少し、話がある」


 レオンハルトが、私の腕を掴んだ。


 そのまま、人気のない部屋に連れ込まれる。


「殿下、何を——」


 壁に押し付けられた。


 レオンハルトの手が、壁についている。

 ——壁ドン。


「最近、お前に近づく騎士がいるな」

「え……」

「クロード・レイヴン。あいつと、何かあるのか」


 レオンハルトの目が、鋭くなった。


 ——嫉妬?


「いえ、彼は私の護衛で——」

「護衛? 護衛が、婚約者の手にキスをするのか?」


 レオンハルトが、私の顎を持ち上げた。


 顎クイ。


 紫の瞳が、至近距離で私を見つめている。


「セレスティア。お前は、俺の婚約者だ」

「……」

「他の男に、取られるつもりはない」


 レオンハルトの顔が、近づいてくる。


 唇が——触れそうな距離。


「っ——!」


 私は、思わず目を閉じた。


 ——でも。


「……まだ、その時ではないな」


 レオンハルトが、離れた。


「お前が、俺を見てくれるようになるまで——待っている」


 レオンハルトが、部屋を出ていった。


 私は——壁にもたれかかって、心臓を押さえた。


 ——なに、今の。


 ゲームの王子とは、全然違う。

 冷たい婚約者じゃなかった。

 むしろ——


 私に、執着している?


 あの紫の瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。

 顎クイされた時の、彼の指の感触。

 あと少しでキスされそうだった——


 顔が、熱い。


---


 断罪イベント当日。


 舞踏会の会場に、全ての関係者が集まっていた。


 ヒロイン。王太子。攻略対象たち。

 そして——私。


 ゲームでは、ここで王太子がヒロインの肩を持ち、悪役令嬢を断罪する。


 でも——


「皆様にお知らせがあります」


 王太子レオンハルトが、壇上に立った。


 私の心臓が、ドクドクと鳴る。


 ——来る。断罪が来る。


 でも——


「私は、婚約者セレスティア・ヴァンフォードを——」


 レオンハルトの紫の瞳が、私を捉えた。


「——愛しています」


 ——は?


 会場が、ざわめいた。


「彼女は、悪役などではない。誰よりも優しく、誰よりも強い女性だ。私は、彼女を妻に迎えることを——改めて宣言します」


 私は——言葉を失った。


 断罪じゃなかった。

 プロポーズだった。


「セレスティア」


 レオンハルトが、壇上から降りてきた。


 私の前に跪く。


「俺の妻になってくれ」


 ——夢?


 これは、夢?


「……はい」


 私は、気づいたら頷いていた。


 レオンハルトが、立ち上がった。

 そして——私を抱きしめた。


 会場から、拍手が起こった。


---


 舞踏会の後——


 私は、庭園のベンチに座っていた。


 月明かりの下、一人で。


「——お嬢様」


 クロードが、現れた。


「おめでとうございます」


 クロードの声は、いつも通り落ち着いていた。


 でも——どこか、寂しそうに聞こえた。


「クロード……」

「王太子殿下が、あなたを幸せにしてくれるでしょう。私の役目は——終わりました」


 クロードが、頭を下げた。


「今までありがとうございました。これからは——」

「待って」


 私は、クロードの手を掴んだ。


「あなたのおかげで、私は断罪を回避できた。前任者の願いを、叶えられた」

「前任者……?」


 私は、全てを話した。


 日記のこと。前任者のこと。彼女が、クロードに助けられていたこと。


 クロードは、黙って聞いていた。


「……そうでしたか」


 クロードの目が、少し潤んでいた。


「あの方も、戦っていたのですね」

「うん」

「そして——あなたが、彼女の遺志を継いでくれた」


 クロードが、私を見た。


 月明かりに照らされた碧眼が、優しく光っている。


「ありがとうございます。あなたに出会えて——私は、幸せでした」


 ——幸せ「でした」?


「クロード、まだ——」

「お嬢様」


 クロードが、私の手を取った。


「あなたは、王太子殿下の妃になる。私とは——もう、会えません」


 クロードの目が、悲しそうに細められた。


「でも——最後に、一つだけ」


 クロードが、私の手を自分の胸に当てた。


 心臓の音が、伝わってくる。

 速く、強く、鳴っている。


「私も——あなたを、愛していました」


 私は——息を呑んだ。


「でも、身分が違う。私は騎士で、あなたは公爵令嬢。王太子の婚約者。だから——言えなかった」


 クロードが、私の手にキスをした。


「さようなら、セレスティア。幸せに」


 クロードが、離れていこうとした。


「——待って!」


 私は、クロードの腕を掴んだ。


「私——」


 言葉が、詰まる。


 レオンハルトは、私を愛していると言ってくれた。

 クロードも、私を愛していると言ってくれた。


 二人のイケメンに愛されている。

 前任者なら、どうしただろう。


 ——彼女は、クロードに助けられながら、その気持ちに気づかなかった。


 だから、後悔した。


 私は——同じ後悔はしたくない。


「クロード」


 私は、彼を見上げた。


「レオンハルトに、正直に話す。あなたのことも、私の気持ちも」

「お嬢様……」

「断罪は回避した。でも——本当に欲しいものは、まだ手に入れてない」


 私は、クロードの手を握った。


「私、あなたと一緒にいたい」


 クロードの目が、大きく見開かれた。


「——本気ですか」

「本気」


 私は、笑った。


「前任者の分も、幸せになる。それが——彼女への恩返しだと思うから」


 クロードが——笑った。


 初めて見る、彼の笑顔。


「……分かりました」


 クロードが、私を抱きしめた。


 大きな腕。温かい胸板。

 騎士の鎧越しに、心臓の音が伝わってくる。


「私も——あなたと一緒にいたい」


 クロードの唇が、私の額に触れた。


 柔らかい。温かい。


 そして——唇が、私のこめかみに移動する。


「っ……」


 耳元で、クロードの低い声が囁いた。


「セレスティア。愛しています」


 耳に息がかかる。

 背筋が、ゾクゾクと震えた。


 クロードの唇が、私の耳たぶに触れた。


「っ——!」


 思わず、声が出そうになった。


「……可愛い」


 クロードが、低く笑った。


 私は——クロードの胸に顔を埋めた。


 泣いていた。

 嬉しくて、幸せで。

 それから——恋する唇に触れられて、心臓がどうかなりそうで。


 ——やった。


 断罪を回避して、愛も手に入れた。


 前任者の願いを、叶えた。


---


 その夜——


 私は、夢を見た。


 真っ白な空間に、一人の女性が立っていた。


 金髪碧眼。私と同じ顔。


 ——前任者だ。


「あなたが、私の後継者ね」


 彼女が、微笑んだ。


「日記、読んでくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ。あなたのおかげで——」

「ううん」


 彼女が、首を振った。


「私は失敗した。でも、あなたは成功した。それだけで——私は、幸せ」


 彼女の目に、涙が浮かんでいた。


「クロードを、選んでくれてありがとう。私が選べなかった人を——あなたが、選んでくれた」

「……」

「私の分も、幸せになってね」


 彼女が、私を抱きしめた。


 温かかった。

 同じ体のはずなのに、懐かしい温もりを感じた。


「ありがとう。さようなら——私」


 彼女の姿が、光に包まれて消えていった。


 ——ありがとう。


 私は、心の中で呟いた。


 ——あなたの分も、幸せになる。絶対に。


---


 翌朝——


「お嬢様、お目覚めですか」


 クロードの声で、目が覚めた。


 ——え、なんでここに?


 隣を見ると、クロードがベッドの横に座っていた。


「く、クロード!? なんで——」

「昨夜、庭園で眠ってしまわれたので。お部屋までお運びしました」

「そ、そう……」


 私は、顔が熱くなるのを感じた。


「あの、それで、昨夜の話——」

「覚えていますよ」


 クロードが、微笑んだ。


「あなたが、私を選んでくれた」


 クロードの手が、私の頬に触れた。


 大きな手。温かい手。


「今日、王太子殿下に話しに行きます。婚約破棄の交渉を」

「……大丈夫?」

「大丈夫です」


 クロードが、私の額にキスをした。


 そして——唇が、私の唇に近づいてきた。


「っ……!」


 思わず、目を閉じた。


 柔らかい感触が、唇に触れた。


 ——クロードの唇。


 温かい。柔らかい。

 ほんの少し、強引で。


 唇が離れると、クロードが私を見下ろしていた。


 碧眼が、熱を帯びている。


「あなたを守る。何があっても」

「クロード……」

「そして——一生、離さない」


 クロードが、もう一度私の唇にキスをした。


 今度は、さっきより深く。


 私は——幸せだった。


 断罪を回避して。

 前任者の願いを叶えて。

 愛する人を手に入れて。


 これが——悪役令嬢の、ハッピーエンド。


(完)

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