ユニークスキル<因果応報>で、フェルディナンド皇子は今日も善行の押し売りに忙しいようです。
「―― おい、そこのキミ、新入りの給仕か何かか? 何か困ったことがあれば、かならずこの第四皇子であるフェルディナンドを頼るのだぞ、いいな」
宮廷の長く広い廊下で、見知らぬ使用人に声をかけるフェルディナンド。彼はこのセルヴァリア帝国の末の皇子である。
「あれはいったい何事なのでございましょうか。第四皇子を名乗られていらっしゃられましたが、なにゆえ……?」異国の外交官が、案内役の官吏の男に訊ねた。
「ああ、フェルディナンド殿下は先日、洗礼の儀をお受けになられたばかりでして……」すこし口ごもる官吏の男。
「ほぉ、洗礼の儀を?」
「少々、変わったユニークスキルを神より、お賜りになられたようで……」
フェルディナンドが、運命の神・エルディアから授かったユニークスキルは、<因果応報>。善行にせよ、悪行にせよ、自分がしたことは自分に返って来るというのが、因果応報であるが、このスキルは少々変わっていた。返って来る善行と悪行の結果のタイミングを自分自身で選択できるというものであった。
フェルディナンドは、洗礼を受けるまで、傍若無人なワガママ皇子であった。しかし、洗礼と共に自分でも確認できるようになったステータスの値に、彼は戦慄した。<負のカルマ値>が、すでに大犯罪人と、たいして変わらない数値を示していたためである。
そこから彼は、必死に善行を積むことに励みだした。たとえ、それが押し売りであろうとも、少しでもカルマの負債を減らさねばならぬと……。
「おい、そこのおま、キミ……どこかの国の外交官あたりだと見受けるが、何か困ったことはないか?」
外交官が、案内の官吏から委細を聞き出していると、フェルディナンドが声をかけてきた。
「はい、お初にお目にかかります。フェルディナンド皇子。わたくしはサルディーン王国の外交官・ムスタファに御座います。以後、お見知りおきを」
―― これが、フェルディナンドとムスタファの最初の出会いとなった。
◇
セルヴァリア帝国には、四人の皇子がいた。
上から、オットー、マクシミリアン、レオポルド、そしてフェルディナンドである。彼らは、みな仲が悪く、口を開けば、皮肉をぶつけ合っていた。だが、フェルディナンドが洗礼の儀によって、豹変。その態度は、三人の兄たちの冷笑を買った。
「ふふふ、本当に馬鹿みたいではないか、フェルディナンドのやつ」
「また下っ端の官吏や給仕にまで声をかけよって……これでは帝室の威信も揺らぐわ」
「高慢ちきな弟ではあったが、これは最早憐れであるな……さっさと廃嫡してやった方が、あいつのためなのではないか?」
愚弄の声は、フェルディナンドの耳にも届いていた。だが、一度、怒り狂って花瓶を壁に叩きつけた時に、近くにいたメイドに傷を負わせてしまい、負のカルマ値が「2」も上昇する事件が起きてしまった。―― それ以来、フェルディナンドは自戒し、いっさいの怒りを胸に仕舞い込むことにしていた。
◇
内乱が発生した。
まずは、第二皇子であるマクシミリアンが、ルーベンス公爵家の後押しから蜂起し、それに続く形でレオポルドも挙兵した。オットーも含め、三人の兄弟たちが骨肉の帝位継承戦争を繰り広げることとなった。
だが、フェルディナンドは、その争いにはいっさい加わろうとはしなかった。なぜなら、戦争は彼にとって、恐ろしい<負のパンドラの箱>にも思えるものであったためである。―― 彼は、私財を投げ打って、戦禍に巻き込まれた民や、傷ついた兵たちの救済にひたすら奔走した。早くこの戦乱が去るのを祈りながら。
◇
内戦は、第二皇子・マクシミリアンの勝利で幕を閉じることとなった。公爵家が持つ、圧倒的な軍事力と財力を背景にクーデターをまんまと成功させてしまったのである。
通常の国であれば、至尊の位の簒奪は、それ自体が大罪のはずであったが、先帝であるフリードリヒもまた、簒奪による帝位であったため、誰も諫める者はいなかった。
マクシミリアンは、兄弟たちの斬首を早々に決定した。そこには ―― フェルディナンドの名も含まれていた。
◇
処刑当日。
広場は、群衆で埋め尽くされていた。
前日に首を落とされたオットーとレオポルドの時は、拍手喝采も起こったが、この日は何やら様子がおかしかった。
「なぜ、此度の内戦に参加されなかったフェルディナンド様が死なねばならぬのだ?」
「彼は今回の戦争で常に民の味方であられたのだぞ、なにゆえに!」
「三人のうち、敗者が処刑となるのは理解できるが、フェルディナンド様は……くそっ!」
―― こういった声は、群衆のものだけではなかった。
今回の刑の執行に関与する全ての者たちが苦虫を噛み潰していた。その光景を見て、新皇帝となったマクシミリアンもまた、怒りが堪え切れなくなっていた。
「見よ、この民どものフェルディナンドへの憐憫の姿を!これだから、あやつを生かしてはおけぬのだ。分かるであろう、グスタフよ」
マクシミリアンは、彼の横に立つ、新たに軍務尚書職にも就いた、ルーベンス公爵家の長子・グスタフに吐き捨てるように同意を求めたが、グスタフは何も応えなかった。
(そろそろ潮時やもしれぬな、この男も……さてどうする?)
―― っ!!
広場から、ひときわ大きなどよめきが起こった。
手錠を掛けられたフェルディナンドが、悠然とひとり、断頭台の前に現れたのである。刑の執行人たちは、手荒な真似はいっさいせず、ただ、彼の後ろに付き従っていた。
何か悟りを開いたような表情で、集まった群衆を見つめるフェルディナンド。その姿を見て、各所から嗚咽が漏れはじめ、それはすぐに広場全体へと波及していった。
「民よ ―― 」
フェルディナンドは、小さな声でつぶやくように言ったが、一瞬で広場が静寂に包まれた。彼の最期の言葉を聞き逃してはならぬと、皆が唇を嚙みしめた。
「そしてこの帝国の臣民たちよ。この愚かなる皇子フェルディナンドの最期の姿を見るために、こうして集まり、泣いてもくれてありがとう。これでこの内戦の全てが終わる。明日からはまた安心して暮らすがよいぞ」
晴れやかな顔で群衆を見つめるフェルディナンドのその姿に、さらに爆発的な嗚咽の声が起こり、その熱は、その場にいた全ての者たちの突き動かすこととなった。
◇
「―― では陛下、そのように」
「ああ、よろしく頼む……」
退出する、冷酷なる帝国宰相グスタフの背を見送り、新皇帝は深く息を吐き、窓の外を眺めた。断頭台の前に立つこととなった日を思い出しながら、広場を見下ろし、コーヒーを飲んだ。
あの日、フェルディナンドのまさに死の直前に、マクシミリアンがグスタフの手によって、弑逆された。そして、天覧の座席よりマクシミリアンの首を掲げ、「フェルディナンド様こそが真なる皇帝である!」と、グスタフが叫んだ。―― 一瞬の静寂のあと、平場は歓喜の声で包まれることとなったのであった。
「……よくもまあ、あそこから生き残れたものだな」
フェルディナンドは、苦笑混じりに、そう独り言ちした。自身の強運に驚きながらも、サルディーン王国との技術者交流についての文書の策定に、またデスクに戻ることにした。
フェルディナンドは、未だに<因果応報>のスキルの効果を一度も使ってはいなかった。ただひたすら、<正のカルマ>の貯金と、負のカルマの返済のため、彼はこの後も帝国に尽くし、多大なる繁栄をもたらすこととなった。
―― 結果、彼は教皇庁から皇帝としては初めて<聖人>の称号を、その死後に贈られることとなった。そして、彼が生前貯め込んだカルマは、様々な形で、今なお、この帝国に影響を与え続けている。
fin.
結局<因果応報>は、一度も使われることなく、フェルディナンドを生涯を終えたわけだが、さて、他の皇子たちが得ていたスキルは、いったい何だったのだろうか? オットー、マクシミリアン、レオポルド、彼らが持つスキルについては、読者様方にお任せということで終幕です(手抜き過ぎんか、それ)。
あと、後半けっこう端折ったので、後で加筆修正するかもですね。たぶんせんけど(なんでやねん)。




