第二章過去と家族その5
予想以上に事態は深刻だった。誰もが無言のまま、険しい表情を浮かべている。
「このままでは埒が明かない。裁判所から取り寄せた記録の写しは黒塗りだったが、原本は違うかもしれない。例の裁判所の倉庫に行くぞ。」
ベテラン刑事(銀さん)の切り替えの早さには驚かされる。これほど冷静でいられるのは、一体どんな修羅場をくぐり抜けてきたからだろうか?
「そんなに険しい顔をして、何か引っかかることでもあるんですか?」
「ああ、全員が同じ裁判所に関係している。それがどうにも妙だ。」
彼とアテーナは頭に「?」がついた。アテーナは困惑しながら疑問を投げかけた。 「別にここが住んでいる所だったらそうじゃないのか?」
「ここの県民ではない、全員バラバラだ」
「そんなことってあり得るんですか?」
「いや、刑事裁判ならざらにあるが、民事裁判ではあまり聞いたことはない。それに、妙な話、裁判長の記録も一緒だ」
歩きながら話を進めていた中、目的の裁判所に着いた。その裁判所は、住宅街と高層ビルが立ち並ぶ街にひっそりと佇んでいる。建物は築30年以上で、古めかしい雰囲気が漂っていた。彼が見覚えがあるのは、それだけ長く存在しているからだろう。
「ここがさっき話していた、例の裁判所だ。」
書庫には無数のファイルがびっしりと並んでおり、紙の匂いと湿気が混ざった独特の空気が漂っていた。三人がかりで裁判記録を調べ始めたが、どれも膨大な量だった。粒子をかぶった古い記録を手に取るたびに、小さな粒子が空気中に上昇し、鼻を刺激する。
「あったぞ、記録。やっぱりこの書類、黒塗りされている。聞いたことない」
銀さんは、被害者『高橋 陽翔』の裁判記録を発見した。アテーナもまた当て、続けて彼も記録を見つけた。だが、そのほとんどの記載が黒塗りで、露出しているのは裁判長ほか数名の名前ばかりだった。
「収穫なし、、、一旦基地に戻ろう」
ふりだしに戻り、事態は切羽詰まっていた。犯人がまだ野放しである。今日殺すかもしれない、明日殺すかもしれない、そんな恐怖を煽られながら銀さんの言う通りに戻ろうとしていた。そんな時、銀さんの携帯に一本の電話が甲高い音で鳴った。
「どうした。」
『手がかりになるかも、3番目の容疑者の首にRCOONaの物質が出てきたわ』
「なんだ、その化学式は。」
「主に石鹸に使われている物質よ。」
「石鹸が付いていたなら手袋していないだろう。だったら指紋は出ていないのか?」
『ええ、だけど指紋は検出されなかったわ。』
犯人は一体どのようにして被害者の首を掴んだのか疑問を持っていたのもつかの間、銀さんがすぐさま答えを導いた。
「水やすりか」
『ええ、私もその結論に至ったわ』
「となるとプロの殺し屋だな」
たったその情報だけでプロの殺しだと断言できる判断力は凄まじいと彼は思った。
「他にも出てきたらまた報告するわ」
電話を終え、次のことを話していた。とはいえ手がかりという手がかりもなく途方に暮れていた。
「もうすぐで12時だ。昼飯にするぞ」
「いいですね。何にします?」
「それは決まってるでしょう。「「そば!」」」
そう聞かされ、彼らは町外れにある十八番という蕎麦屋に着いた。
暖簾をくぐると、小さな鈴が可愛らしい音を立てた。店内は薄暗く、カウンター席のみ。厨房からは、蕎麦をゆでるジュージューという音と、蕎麦つゆを煮詰める香りが漂ってきた。その中に腰の曲がったおじいさんが一人、黙々と作業をしている。見たところ他の従業員は見えず、一人で切り盛りしているようだ。カウンターの所に立つと作り置きしていたそばがあり、ここからでもそばの香りが漂っていた。それぞれ注文をして席についた。蕎麦を完食し、ふと一息ついたところで、銀さんは一旦署に帰って裁判所の件をもう一度洗い出すということで、別れた。
「どうしましょうか、待っている間、犯人の手掛かりを追うこともできませんね。すいませんが、一度お聞きしたかったことがあるんですが。このようなこと、ずいぶんと慣れているようですが、以前から警察関係か自衛隊にでも所属していたんですか。」
「その顔で敬語をつかわれるのはやめろ、違和感を覚えるんだよ。だから敬語禁止な。 そうだな、拾ってもらったんだよ。中学の時やらかしたんだ。ダチを助けるためにやったんだがやりすぎてな。でも後悔はしてない。今はここでよくやらしてもらってる。」
爽やかな笑顔で、窓の外の青い空を見上げていた。まるで、過去の暗い出来事をすべて忘れ去りたいと言わんばかりに。
「なぁ、お前もなんか言えよ。優等生ぽいとはいえ、な。」
彼は記憶を頑張って絞り出し、敬語を使わないよう気をつけながら語った。
「職場体験で車の整備工場とのことでね、タイヤ交換を任されたけど、ホイールを傷つける形で倒してしまった。それで職人さんにこっぴどく怒鳴られたんだ。でも、そのあと優しく慰めてくれたのが鈴木さんだった。その後から仲良くさせてもらったよ。で、その人面白いですよ。身長2mあるって屈強な人なのに、目茶苦茶スイーツ好きとか。そして、、、家族の話とか、、、」
あることを思い出した。鈴木さんの話が虐待されていたということ、人相、動機がわかるが、どうやって虐待かそうでないかの見分けるのは難しい。一体情報を入手できるのか。
「おい、どうした?黙り込んでよ」
「なぁ頼む、今すぐ電話してくれ。犯人がわかったかもしれない。」
「冗談だろ?さっき言ってたその人じゃあないよな?」
「後、根拠はもう一つあります。それは、自動車整備士だからです。仕事の関係上、手に油が嫌でも付きます。油をとるために石鹸を使うのですが。」
「それが柑橘系のにおいということか。」
突然携帯が鳴りだした。銀さんからだった。
「お前らか、過去の未解決事件を洗い直したら似たような事件があることがわかった。殺し方が胴体真っ二つに切れている。そこで、切れた断面に金属の残留物を調べてみたら、今回の連続殺人と一致した。だが、犯人はわかっていない。あと遺体をもう少し調べたらトウモロコシ穂軸という成分が出たそうだ。」
トウモロコシ穂軸は角質を除去するために使われる微細な粒子である。職場体験で使った際、成分表示を見た時に記載されていたのを覚えている。もし犯人が鈴木さんだとすると、今回の事件は個人的な復讐というよりか、過去の嫌な記憶を払拭するためにしているのだろう。
「ありがとうございます。それで、犯人が分かったかもしれません。まだ確証はないですが。」
「よし、わかった。もし違っても責任は俺が取る。すぐに行って来い。」
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