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第9話 大使館と夜に届いた報告

 国道沿いを走る車の窓から、街路樹の根元や舗道の割れ目にしゃがみ込んで何かを採取している人々が見えた。葉をむしり、根を掘り、枝を折って袋に詰めている。果実を摘む者、川辺で小魚をすくう者、海岸で貝を拾う者もいる。俺は長吉に訊いた。


「向こうで何をしてるんだ?」


 長吉は運転しながら肩越しに答えた。声は淡々としているが、言葉の端に疲労が滲んでいた。


「食料や水や塩、建材や衣類の原料、家畜の餌、調理や暖房に使う燃料になるものを集めてるんだ。政府機関の調査で来週あたりで物資が枯渇する可能性があるという報告が出てから、政府は市民達に街や山や野原や川や海に出て狩猟や漁労や採集を行うことを推奨してる。徴兵されなかった人たちも、生きるために必要な物資を得る努力をしてるんだ」


 俺はその言葉を聞いて、ここが単に復旧作業の現場というだけでなく、人々の生存のための必死の営みの場でもあると理解した。スコットランドの田舎で見た採集の光景を思い出し、胸の奥が少し締め付けられた。


 大使館の門は厳重だったが、今は警備の人数も限られているらしく、職員が車を案内してくれた。敷地に入ると、すぐに大使館の職員が現れ、駐日大使の待つ部屋へ案内された。部屋は簡素だが整っていて、窓の外には小さな庭が見えた。


 部屋に入ると、四十代くらいに見える女が座っていた。彼女は静かに立ち上がり、にこりともせずに言った。


「私の名はヴィクトリア・マーガレット・バクスターです。駐日大使を務めています。これまでのことを、詳しく聞かせてください」


 俺は起こったことを順を追って話した。核攻撃の発生から今に至るまでの出来事を、できるだけ正確に伝えた。話すたびに、彼女は黙って頷き、時折メモを取ったように見えたが、俺にはそれが確かな記録なのか、それとも単なる所作なのかは分からなかった。


 話し終えると、彼女は静かに訊いた。


「何か、私に聞きたいことはありますか?」


 俺は迷わず口を開いた。


「今のイギリスはどうなっているんだ?家族は無事なのか」


 彼女は顔を曇らせ、言葉を選ぶように答えた。


「イギリスからの情報は、核攻撃以降まったく届いていません。通信が途絶え、外務省や他国のイギリス大使館本部とも連絡が取れない。私たちも断片的な情報を集めていますが、確かなことは言えません」


 その答えは、俺の胸に冷たい影を落とした。だが同時に、ここでできることを探すべきだという思いが湧いた。俺は続けて別の問いを投げた。


「魔法という秘術を、あなたはいつ認識したのですか?」


 彼女は少し間を置いてから言った。


「核攻撃後に初めて目撃しました。ただ、昔からイギリスの公文書館に、術を使う人々に関する記述がされた文書があるという噂はありました。機密文書として扱われていたらしいという話を、私は若い頃に聞いたことがあります。ですが、それが現実に戻ってくるとは思っていませんでした」


 彼女の声には驚きと困惑が混じっているように聞こえた。俺は彼女が公的な立場であるがゆえに、情報の扱いに慎重になっているのだろうと推測した。


 さらに俺は訊ねた。


「これからどう行動すればいいと思いますか。スコットランドへ帰るには、何をすべきか」


 彼女は少し考え、ゆっくりと答えた。


「世界の復興のために各国が協力できる体制を作ることに貢献できるように行動すべきだと思います。ですが各国の統治システムや事情が違う以上、簡単にはいかないでしょう。まずは情報の収集と、各国の代表者同士の連絡網を再構築することが必要です。あなたのように現地で動ける人間は貴重です」


 彼女の言葉は現実的で、同時に重責を含んでいるように感じられた。俺は自分がただ故郷へ帰りたいだけではなく、ここで何か役に立てるのかもしれないと考えた。だが次に言葉を続けようとした瞬間、彼女が言った。


「私も話したいことはまだありますが、日が沈む前に帰った方が安全だと思います。今日はここまでにしませんか?」


 その提案は理にかなっていた。俺は短く頷き、礼を言って部屋を出た。彼女の表情は冷静だったが、目の奥に疲労が見えた。俺はそれを見て、国を代表する者の重さを改めて感じた。


 大使館を出ると、再調査チームの車が待っていた。乗り込むと、現場へ戻るが日没のため作業は中止、港区の駐屯地へ向かうという連絡があった。車は瓦礫の間を抜け、やがて駐屯地の門をくぐった。


 兵舎で入浴を済ませた後夕食が配られると、テーブルには簡素だが温かい料理が並んだ。食事中、隣に座った者たちと話すうちに分かったことは、再調査チームの多くが核攻撃前は建設作業員や運転手や医療従事者や武術講師だったということだ。皆がそれぞれの技術や経験を持ち寄り、今の仕事に生かしているらしい。俺は自分が柔道や海外での経験を持っていることが、ここで何か役に立つかもしれないと考えた。


 全員が食事を終えた頃、兵舎の入口付近に一台の車が滑り込んできた。兵士が車から降り、兵舎の前で立ち止まると、今日入ってきた情報を報告すると告げた。皆の視線が集まる。


 最初の報告は、9月8日に北海道稚内市で起きた事件についてだった。ロシア軍の潜水艦の乗組員が食料調達を理由に商業施設を襲撃し、多数の死者が出たが、北海道の術師達や自衛隊、海上保安庁、警察が協力して撃退に成功したという。数人の術師が謝罪要求のためにロシアへ渡航したという話も含まれていた。報告を聞きながら、俺はこの混乱が国境を越えて広がっていることを実感した。


 続いての報告は、9月9日に韓国の済州島が謎の武装集団に占領されたというものだった。その勢力がどの陣営に属するのかは不明で、地域の安全がさらに不安定になっているらしい。俺は遠く離れた場所での出来事が、ここにも影響を及ぼすのだと考えた。


 さらに、明日からは物資の運送手段として馬や牛、驢馬や駱駝などの家畜も導入するという報告があった。車両や燃料が不足する中で、古来の輸送手段が再び重要になるという現実が、俺の頭に古い地図のように浮かんだ。


 次に兵士は言った。


「正規兵と国道一号線調査チームに、いい知らせがある」


 その言葉で部屋の空気が一瞬だけ変わった。皆が顔を上げ、次の言葉を待つ。俺は窓の外に広がる暗い空を見上げ、明日何が起きるのかを思い巡らせた。スコットランドへ帰る道は遠い。だがここでの一日一日の積み重ねが、いつか帰郷への道筋を作るのだと、俺は信じていた。

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