第8話 作業内容
再調査チームの兵士の男が俺たちに作業の説明を始めた。兵士の声は短く、要点だけを伝えるようだった。説明を聞きながら、俺は自分が何を期待されているのかを整理した。
「この作業は、周囲の一ヶ月前から現在までの風景を映しだす球を使って、核攻撃前の敷地や歩道や車道の境界線を特定する。杭を打って目印を残し、後から来る道路復旧チームがすぐに作業を始められるようにするんだ」
兵士の言葉を聞いて、俺は球の使い方が単なる視覚的確認だけでなく、時間の痕跡を呼び出すような応用もあるのだと理解した。彼は続けて、半壊した建物の扱いについても説明した。
「国道一号線側に倒れかけている半壊した建物を見つけたら、まず波で建物内に人が残っていないか調べる。人がいたら救出してから取り壊す。取り壊しで粉塵が出ると危険だから、周囲に一時的に雨を降らす効果を持つ球を使って飛散を抑えること」
説明を聞きながら、俺は波と球の組み合わせで救助と復旧を同時に進める現場の合理性を感じた。兵士の口調からは、手順を守ることが生死を分けるという緊張感が伝わってきた。
説明が終わると、兵士は書類を差し出した。その書類にはこんなことが書いてあった。
国道一号線再調査チーム人員リスト
調査チームリーダー 大道 修造 男 83/02/22 土日月火水出勤義務
調査チーム副リーダー 藤家 偉道 男 89/12/20 月火水木金出勤義務
作業員 又吉 隼 女 07/11/02 金土日月火出勤義務
作業員 松尾 竹士 男 92/03/22 水木金土日出勤義務
作業員 稲葉 風護 男 00/04/11 火水木金土出勤義務
作業員 澤田 聡 男 99/01/11 月火水木金出勤義務
作業員 中丸 ダビド 男 02/09/29 木金土日月出勤義務
作業員 野茂 万代 女 90/11/21 日月火水木出勤義務
作業員 篠崎 刀子 女 04/10/05 火水木金土出勤義務
作業員 パドリグ クラーク 男 08/09/01 火水木金土出勤義務
輸送員 前田 長吉 男 81/03/30 火水木金土出勤義務
輸送員 後藤 林檎 女 11/02/14 日月火水木出勤義務
輸送員 上部 譲二 男 91/07/19 月火水木金出勤義務
輸送員 下地 鉄平 男 96/02/27 月火水木金出勤義務
体調不良を申告すれば出勤義務日でも休養可能。出勤義務日以外も任意で作業参加は可能。
書類を見て、俺は自分がここで何を期待されているかを改めて噛み締めた。
兵士がふと笑って言った。
「じゃあ名前書くぞ!」
そう言うと兵士はガムテープを取り出し、俺と刀子の服の後ろに貼って名前を書き始めた。冷たい風が背中を撫でる。ガムテープに書かれた自分の名前を鏡で見ることはできないが、貼られた感触が現実を示しているように思えた。兵士は自分の服の後ろを見せて誇らしげに言った。
「これが俺の名だ!再調査チームの人員はすべて服の後ろに名が書いてある」
背中には大きく、大道 修造と書かれていた。書類の調査チームリーダーの欄と一致する。修造の態度からは、現場を回す責任の重さと、それを受け止める自負が感じられた。
修造はさらに小さな缶を取り出し、俺たちに差し出した。
「魔剤だ。飲んでみろ」
俺は一瞬ためらったが、刀子が先に口をつけるのを見て缶を受け取った。口に含むと、甘く炭酸の効いた味が広がった。コーラに似ていると感じて顔を上げると、修造が笑いながら説明した。
「五日前に福岡県の太宰府にある日本術師会本部から送られた魔剤のレシピが、あのメーカーのコーラに近い材料だったらしい。味が似てるのも無理はない」
魔剤の効果は説明されなかったが、飲んだ後に体が少し軽く感じ、集中が増したように思えた。修造の目は真剣で、俺はこの場での小さな安心感を受け取った。
それから俺と刀子は、調査チームリーダーや作業員の指示を聞きながら作業を続けた。
作業に加わって一時間ほど経った頃、長吉が再び車で現れた。彼は息を切らしながら車を止め、窓を開けて言った。
「上から作業員を追加する命令が来た。三人、連れてきた」
車のドアが開き、三人が一人ずつ降りてきた。最初に現れたのは森主だった。彼は深く一礼するようにして自己紹介した。
「俺は裁判の有罪判決の処罰で再調査チームへ転属になった、宮良 森主です。再調査チームの皆さん、よろしくお願いします」
森主の声には緊張と決意が混じっているように聞こえた。俺は彼が裁判でどのように弁明したのかを想像したが、詳細は分からない。ただ、彼がここにいることが重要だと感じた。
次に降りてきたのは、橋の上で通行料を取っていた義勇兵の一人だった。彼は俺と刀子に向かって頭を下げ、言葉を続けた。
「パドリグさん、刀子さん、さっきはごめんなさい。僕はあの義勇兵二人に脅されて、通行料金を取る悪事に加担してしまった。裁判で裁判官が、人の記憶を調べる球を使ってあいつら2人の記憶を調べたら、品川区にある違法な賭博場での賭博で負けてほとんどの金を失っていたことが分かって、奴らは禁固刑になった。僕は裁判の処罰で再調査チームへ転属になった、トゥラ・ザウ・ミンです。ミャンマー出身で、先月まで日本企業のタイの現地法人で働いていて、今月から日本で働き始めたばかりでした。再調査チームの皆さん、よろしくお願いします」
彼の言葉を聞き、俺は義勇兵たちの内情が単純な悪意だけではないことを推測した。混乱の中で追い詰められ、選択を誤った者もいるのだろう。彼の謝罪は真摯に聞こえた。
最後に降りてきたのは十代後半くらいの男だった。彼は少し照れくさそうに自己紹介した。
「僕は橋石 起輪二です。学校の寮で自転車が盗まれたと聞いて現場に行ったら、捜査していた警官から、犯行現場に落ちていた僕宛の封筒の中に、森主が書いたと思われる謝罪文が入っていたと聞きました。その謝罪文を裁判所に持っていったおかげで、森主の処罰は再調査チームへの転属になりました。裁判官も森主も今日初めて会う人ばかりの環境だと不安だろうからと、高校で森主と同じ組だった僕も転属になりました。再調査チームの皆さん、よろしくお願いします」
彼の声には仲間意識と、どこか誇らしげな響きがあった。俺は彼が森主を助けるために動いたのだと推測した。小さな行為が人の運命を変えることがあるのだと、現場の空気が改めて教えてくれる。
三人の紹介が終わると、長吉が俺に向き直り、少し躊躇するように言った。
「イギリスの駐日大使がパドリグさんに会いたいそうだが、大使館に行ってみるか?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に複雑な感情が湧いた。故郷の国の代表がこの混乱の中で自分に会いたがっているという事実は、帰郷への道筋に新たな意味を与えるように思えた。だが俺は言った。
「作業時間中に抜けていいのか?」
すると近くにいた修造が言った。
「明るいうちに行け」
「ありがとうございます」
俺は短く頷き、車に乗り込んだ。
車が動き出すと、窓の外に広がる風景が再び流れていく。瓦礫と仮設の標識、そして作業に励む人々の姿が交互に現れる。俺は大使館で何が待っているのかを考えながら、スコットランドへ帰るための一歩がまた一つ積み重なっていくのを感じていた。




