第7話 裁判と再調査
午後一時、仮設裁判所の区画に車が入ると、周囲は一瞬だけ静かになった。休憩時間の始まりを告げる鐘のような合図はないが、人々の動きが食事やトイレを済ませるための忙しさに変わっていくのが分かった。俺たちは一時間の休憩の間に食事やトイレ等を済ませた。
午後二時頃、裁判所の職員に呼ばれ、俺たちはそれぞれ別の裁判室へと案内された。廊下の壁には仮設の掲示板が貼られ、裁判の予定表が手書きで貼られている。紙の端が風でめくれ、そこに書かれた文字が現実味を帯びて見えた。
俺の裁判は短かった。罪状は脱走兵隠匿幇助。森主を助けたこと、彼をバイクに乗せて移動したことが問題視されたのだろう。法廷の空気は形式的で、判決は淡々と告げられた。判決文を聞きながら、俺は自分の行為を説明したときの警察官の表情や声を思い出していた。
判決は有罪。しかし、処罰は免除された。裁判官の言葉は冷静だったが、俺にはその裏にある事情が透けて見えた。臨時政府は復興を優先しており、復興に資する行為を示した者には寛容に振る舞う。俺たちが行った救助や復興に資する行為が、最終的に情状酌量につながったのだろうと俺は推測した。
裁判を終え、敷地の入り口付近へ向かうと、刀子が既にそこにいた。彼女は片足を気にしている様子はあるが、表情は落ち着いている。森主の姿は見えない。俺は彼がまだ裁判室にいるのだろうと考えた。長引いているのか、あるいは別の事情があるのか。刀子も同じように考えているようで、二人でしばらく待つことにした。
刀子の裁判もすぐ終わったそうだ。彼女の罪状も脱走兵隠匿幇助と不法投棄。収納ボックスを歩道に置いた件が問題になったらしい。だが彼女もまた有罪ながら処罰は免除された。俺は、刀子が講師としての立場や、橋での行動が裁判官に評価されたのだろうと推測した。
森主がいない理由を二人で話し合うと刀子は、
「裁判が長引いているのかもしれない」
と言った。俺は彼の性格を思い返した。逃げ出した理由、家族への思い、そして自分の過ちを正直に話す姿勢。彼なら弁明に時間をかけているのだろうと俺は考えた。だから待つしかない。
そのとき、国道一号線の再調査チームの車が近づいてきた。車が止まり、兵士の男1人が窓を開けて名乗る。彼は前田 長吉と名乗り、俺と刀子の顔を確認すると、簡潔に状況を説明した。千代田区の調査は完了し、現在は港区エリアを調査しているという。彼の声は事務的だが、どこか疲労が滲んでいた。俺はその声の端々から、再調査の重要性と急務さを感じ取った。
長吉は俺たちに車に乗るよう促した。乗り込むと、後部座席にシートベルトが無いことに気づいた。俺が指摘すると、長吉はすぐに言った。
「この車は四十年前のモデルで、当時は後部座席のシートベルト設置が義務化されてなかったんだよ」
その説明に、俺は苦笑した。安全の感覚が変わった世界だと改めて思う。だが刀子は淡々と座席に収まり、俺も隣に座った。
ここで長吉が刀子に尋ねる。
「国道一号線の簡易的な初回調査は篠崎 毬華という人が1人でやっだようだけど、刀子さんの親戚か?」
と軽く尋ねる。刀子はすぐに答えた。
「それは母です」
その一言で、俺の中に小さな違和感が生まれた。母親が一人で初回調査をやったという事実は、普通の人物像を超えている。あの絨毯に乗って空を滑る女が、ただの母親であるはずがないと、俺は直感的に感じた。刀子の母は只者ではない。そう思った瞬間、俺の胸の奥に新たな疑問と期待が混ざった。
車はほどなく調査現場に到着した。そこには数人の兵士が作業に従事しており、瓦礫をどかし、簡易の標識を立て、呪文詠唱して出した球を路面に落としたりしている。彼らの動きは無駄がなく、目的に向かって淡々と進んでいる。俺は窓越しにその光景を見ながら、遠いスコットランドへ帰る道が、こんなにも多くの人の手と時間に依存していることを改めて思った。
車のドアが開き、冷たい空気が流れ込む。俺と刀子は降り、再調査チームの一員として歩を進めた。まだ先は長い。だが今は、目の前の仕事をこなすことが、帰郷への一歩になると信じている。




