第3話 橋が壊れた原因を調べようとしたら…
刀子が球の詠唱を始めようとした瞬間、橋の下からかすかな声が聞こえた。風と水音に紛れていたが、確かに人の声だ。俺は慌ててバイクを止め、刀子と同時に声のする方へ目を向けた。
「助けてくれ! こっちだ!」
橋の下には漂流物が渦を巻いていた。その隙間から覗き込むと、若い男が折れ曲がった橋桁の陰に必死にしがみついていた。胸まで水に浸かり、顔には擦り傷が見える。必死さが声に滲んでいた。
「人がいるわ!」
刀子は迷わず抗を発動した。歯を強く噛み合わせると、彼女の体に硬質な光が走り、足元の感覚が変わったように見えた。次の瞬間、彼女は水面へ駆け出した。着水した足が沈まず、まるで固い道を踏むように反発している。抗の効果で体の強度と反発力が増し、水上を走れるのだと理解した。
「水の上を走ってる……昨日の説明動画で見た通りだ」
俺は思わず声を漏らした。
刀子は橋桁の下に到達すると、片腕で男を抱え上げた。男は力なく彼女にしがみつき、刀子はそのまま水面を走り岸付近で高く跳び、岸を跳び越え歩道に戻ってきた。男は膝をつき、大きく息を吸った。背中にはなぜかゴルフバッグが背負われている。刀子は収納ボックスから毛布を取り出し、男に掛けた。男は腹を押さえ、目を輝かせて言った。
「腹減った……」
刀子が収納ボックスを開けると、非常食や飲料が整然と並んでいた。男は迷わずカップラーメンとスポーツドリンクを取り出し、湯を注ぐことなく乾いた麺をかじった。
「うめえ……」
続けてドリンクを一気に飲み干すと、満足そうに息を吐いた。俺と刀子は思わず顔を見合わせ、苦笑した。
「落ち着いた? 名前は?」
「宮良 森主」
「俺はパドリグ・クラーク」
「私は篠崎 刀子」
自己紹介を交わすと、森主は立ち上がり、橋から落ちた経緯を早口で語り始めた。息を整えながらの話しぶりから、必死さが伝わってくる。身長は俺と刀子の中間ほどだ。
「船橋の高校に通ってる。両親は沖縄の西表島にいて、兄はイタリアでサッカーをしてる。家族の安否が心配で、西へ行けば情報があると思って駐屯地を抜け出し、自転車で移動してた。立入禁止の看板はあったけど暗くて橋が崩れてるのに気づかず、そのまま進んで落ちたんだ」
刀子が英語に直して俺に伝える。俺は驚きと同情を覚えた。
「駐屯地って……軍に入ったのか?」
俺が問うと、森主は首を振った。
「強制みたいなもんだ。臨時政府が復興を急ぐために法を変えて、警察や消防まで防衛省の管轄に入れた。自衛隊は臨時政府軍に改称され、徴兵制も導入された。憲法違反だけど最高裁も復興優先だと判断して、市民の声は無視されてる。高校生まで対象だから学校も休校だ。でもこの状況じゃ仕方ないと思ってる」
刀子が再び英語に直す。俺は息を呑んだ。
「そんなことが……じゃあ俺も雇われてるってことか?」
「ええ。術師化施術意思表示確認所でサインした書類に書いてあったはず。外国人は義勇兵扱い。義勇兵の雇用期間は臨時政府が平時に戻り、日本国になるまでよ」
俺は刀子に彼女自身の立場を聞こうとしたが、彼女は手を上げて制した。
「橋の原因調査が先。ここで時間を無駄にしても仕方ない」
俺たちは森主の協力を得て崩落箇所の調査を始めた。刀子はまず球を投げて届くか試したが、橋の中腹あたりには届かず水面に落ちて消えた。俺も試したが同じだった。ここで森主が言った。
「発動に2回接触が必要な球なら、打った瞬間が1回目になる。何かで打てば遠くまで飛ぶはずだ」
「私は球技は得意じゃない」
刀子は苦笑したように見えた。
森主はゴルフバッグからドライバーを取り出した。
「だったら俺がやる」
軽く息を吐き、球を詠唱して掌から出す。ふわりと投げ上げ、球が地面付近にきた瞬間にドライバーで打ち返した。完璧なタイミングだった。球は鋭い弧を描いて橋の中腹に接触し、効果を発動させた。
「ぶつかったのは船だ。操縦してた人が居眠りして、気づいた時には回避できず、減速も間に合わず衝突した」
森主はそう言った。確信めいた声だった。
「船の衝突……それで左側の橋が折れたのね」
森主は続けた。
「昨日の説明動画と一覧書を記録して暗記すれば十分だ」
刀子も納得したように見えた。俺は胸の中で少し安堵した。原因が分かったことで次の行動が見えてきた。しかし同時に、森主の語った政治の話や義勇兵としての立場が、これからの旅が単なる帰郷では済まないことを予感させた。




